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第二章 過去との対峙編
52.クルシュルージュ家の謎1
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アデルを経由して渡った、ティンベルからの頼みを引き受けたギルドニスは徐に顔を上げ、口を開く。
「では。私は早速、始受会に赴き、その手紙を入手して参りますので……」
「っ?……もう行ってしまうのか?」
「っ……!!」
アデルが落胆混じりの声で尋ねた刹那、ギルドニスはハッと息を呑んだ。
今しがた再会したばかりだというのに、もう出立してしまうのかという寂しさから湧いた問い……確かに頼み事をしたのはアデルの方なのだが、それはもう少しここでゆっくりした後でも出来ることである。
アデルにとっては、何てことない問いに過ぎなかった。だが、その何てことなさが、ギルドニスにとっては一大事だったのだ。
「あ、アデル様…………そ、それは、つまり……」
「?」
「わ、わたっ、私と離れることを、す……少しは厭ってくれているということでしょうか……?」
ギルドニスはガタガタと声を震わせながら、恐る恐るアデルに尋ねた。対するアデルは、キョトンと首を傾げており、その表情からは、何を今更そんなことを尋ねているのだ?という、彼の純粋な疑問が犇々と伝わってくる。
(あ、なんか嫌な予感するわ……)
そんなアデルの相好を眺めていたリオは、本能的に嫌な予感――この先の展開を察してしまい、ため息ついでに顔を引き攣らせてしまう。
「?……うむ。ギルドニスは大事な仲間なのだ。またしばらく会えなくなるのは、少し寂しくなってしまうな」
「ぐはっ……!」
アデルが正直に答えた途端、ギルドニスは妙な奇声を上げ、同時に大量の鼻血を噴き出しながら後方へと倒れていった。ガタンっと身体が打ち付けられる音で全員がハッとすると、彼らは急いで席を立つ。そのままギルドニスの相好を覗き込むと、彼は白目を剥きながら失神しており、美丈夫が台無しな情けない面を晒していた。
だが、顔は噴き出た鼻血と大差ない程赤く上気しており、何故かとても幸せそうな表情を浮かべていた。
「「…………」」
突然の出来事に、ユウタロウたちが目を点にする中、事情を理解しているレディバグ面々は「やれやれまたか」とでも言いたげな呆れた様子で、ギルドニスを見下ろしている。
奇妙な沈黙が流れる中、最初に口を開いたのはユウタロウだった。
「……おい。コイツ急に鼻血噴いて倒れたけど、大丈夫か?」
「あぁ。大丈夫大丈夫。ギル坊が嬉々とした興奮のあまり鼻血出すのはいつものことだから。……もう、今回のは盛大だったわねぇ……。
んもう、アデルん。前にも言ったでしょ?ギル坊にそういうこと言うのはやめてって。すぐ鼻血出しちゃうんだから」
リオはギルドニスの傍にしゃがみ込むと、ハンカチで彼の鼻血を拭き取ってやった。あの自由人のリオに世話を焼かれているギルドニスを、どうしてもユウタロウは怪訝そうな眼差しで見下ろしてしまう。
リオに苦言を呈されたアデルは、イマイチ自身の非を理解していないのか、微かな不満を込めて首を傾げる。
「?……だが我は、ギルドニスを始めとした仲間たちのことを愛しているのだぞ?」
「……それ、ぜっっったいにギル坊に言っちゃ駄目よ?ギル坊マジで死んじゃうから。アデルんだって、ギル坊を殺したくないでしょ?」
「う、うむ……分かったのだ」
リオはアデルとの距離をグイっと縮めると、かなりの至近距離から釘を刺した。下から見上げられる形だというのに、リオからは凄まじい気迫が感じられ、アデルは押され気味に首肯する他無かった。
一方、若干痙攣さえしているギルドニスをガン見していたユウタロウは、我慢できなくなったように本音を零してしまう。
「……気持ち悪いなコイツ」
「だから言ったじゃないか、キモイって」
「あぁ。お前は間違ってなかった」
先のエルの毒舌が、決して行き過ぎた発言では無かったことを実感したユウタロウは、何故かエルに対して妙な親近感を抱いていた。
「謎の共感を生み出さないでくれるかしら?
……ナギ助ぇ。ギル坊運ぶの手伝ってぇ」
リオは倒れたギルドニスを何とかソファまで運ぼうと試みているが「ふぬぬ……」と情けない声で彼の腕を引っ張るばかりで、彼の身体はビクともしていない。
助けを求められたナギカは無言のまま歩み寄ると、ギルドニスの首根っこを掴み、そのままソファへとブンっと一直線に投げた。ギルドニスは見事にソファへと着地し、全員が感嘆の拍手を送った。
「わー……ナギ助力持ちぃ」
「リオ様は貧弱ですからね。それよりは幾分かマシかと」
「ひどーい」
リオは操志者なので、ジルによる身体強化術を施せばギルドニス一人程度難なく運べるのだが、この程度のことで身体強化術を使いたく無かったのだろう。純粋な力では、ただの人間であるリオが亜人のナギカに勝てる道理など無く、リオは不満げな声を上げるのみだった。
********
ギルドニスの奇行によって話の流れがプツンと断絶されてしまったが、彼らが席へと戻ったことで何とか仕切り直すことが出来た。
「……そういや。元を辿ればこの変態連れてきたの、生徒会長なんだよな。……悪いな。コッチの事情に気ぃ遣ってもらって」
アデルはティンベルに頼まれてギルドニスを呼びつけたので、ユウタロウの意見は的を射ていた。因みに、ユウタロウがギルドニスを変態扱いした件については、総スルーであった。
「勇者一族の問題について、私が今できる精一杯はここまでです。……通り魔事件の調査に協力してもらった借りを、これで返せるとは思っていませんが……」
「いいんだよ、んなことは。……助かった。ありがとう」
「っ!いえ……」
ユウタロウが素直に謝辞を述べたことが想定外だったのか、ティンベルは当惑したように目を見開いた。
だが、その素直さは同時に、彼のロクヤに対する思いの強さを意味していた。それだけ大事な存在だからこそ、少しでもロクヤの為になればと思い、行動したティンベルに対して、隠しようのない感謝の念を抱いたのだ。
「――それでは、通り魔事件について。私なりにまとめてみましたので、今現在判明していること、はっきりとさせなければならない問題を、一度皆様と共有したいと思います」
仮面の組織による一連の騒動には、様々な問題が複雑に交錯しており、一度綺麗に整理しなければ、真面に思考を働かせることすら困難な程だ。故にティンベルは、そのような提案をした。
「まず彼らの目的は、悪魔に対する差別意識を増長させ、悪魔の生き辛い世界を作り上げることだと考えられます。そしてこれは、彼らの慕うあの悪魔の愛し子が望んでいたことであり、彼らはその意志を継ぎ、このような事件を起こしていると思われます」
「眠っている訳じゃ無さそうだったが、意識があるようにも見えなかったからな」
ナオヤを尾行する際鉢合わせた悪魔の愛し子――ジャニファスを思い起こしたユウタロウは、自らの考えを語った。
「えぇ。この時点で既に多くの疑問が残っています。まず一つ、何故あの悪魔の愛し子はそのような状態に陥ってしまったのか。もしかすると、その原因も事件に関わりがあるのかもしれません。
そしてもう一つ、何故悪魔の生き辛い世界を作る必要があるのか。悪魔への差別が増長すれば、愛し子だってその被害を受けてしまうというのに。
つまり、あの愛し子は、自分が犠牲になってでもその目的を達したいと思っていたのでしょう。……彼にそこまで思わせる理由が、未だに分かりません」
やはり最大の謎は、その動機であった。ここまで大掛かりな計画を立て、多くの人々を犠牲にしてまで果たしたい目的は分かったが、彼らを突き動かす動機に全く見当がつかず、ティンベルは厳しい面持ちになってしまう。
「そして、残念なことに、頭の痛い問題が発生してしまいました」
「?」
ティンベルはため息をつくと、頭痛のする頭に片手を添えて言った。思わず、彼らは首を傾げてしまう。
「勇者一族だけでなく、我がクルシュルージュ家も、事件に関わっている可能性が出てきました」
「「っ!?」」
ティンベルから告げられた新事実に、一同は強い衝撃を受け、目を泳がせた。驚きも一入ではあるが、何故今回の事件にクルシュルージュ家が突然関わってくるのか理解できず、困惑する気持ちの方が強いのだ。
「ティンベル。それはどういうことであるか?」
「私がこのように考える理由は、大きく分けて二つあります」
アデルの問いに対し、ティンベルは開口一番そう切り出した。
「まず、私やチサト様が仮面の組織に攫われる少し前、ユウタロウ様たちに渡そうとしていた通信機器が足りなかったことを覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ。そのせいで状況把握に時間がかかったからな」
別行動の為、離れていても連絡が取れるよう、ティンベルが用意していた通信機器が、武闘大会開催直前に、足りなくなってしまった出来事を思い出し、ユウタロウは呟いた。
『――……通信機器を四つ入れていたはずなのですが……何故か二つしかありません』
あの時のティンベルは明らかに動揺しており、彼女の過失による事故には見えなかった。それよりも「何故通信機器が足りないんだ」という純粋な疑問――本気で理解できないという困惑が、犇々と伝わってきていたのだ。
「私はその日、確かにユウタロウ様、チサト様、ルル様、自分用の四つの通信機器を鞄の中に入れていました。……人為的に抜かれた可能性が高いです。
家を出てからは、その鞄を肌身離さず持っておりましたので、抜かれたのは私の住んでいる別邸だと思われます」
「それでクルシュルージュ家が関わってるってことか……。そういや、何で二つだけ抜かれてたんだ?」
ティンベルがクルシュルージュ家の関与を疑った一つ目の理由については理解できたが、ユウタロウはふと疑問を覚えてしまい、彼女に尋ねた。ティンベルは僅かに眉を顰めると、思考を深めるように口元に手を添える。
「……これは単なる憶測でしかありませんが……犯人側の心理を読み解くと、恐らく、それが最善手だったからかと」
「最善手?」
解説を求めるように、ユウタロウは尋ねた。
「えぇ。通信機器を抜いた本来の目的は、私が取りに戻る際、一人になった場面を狙って攫うことです。私の場合、わざと引っ掛かったのですが。……二つの通信機器を残した場合だと、犯人側にも予想できるのですよ……誰にその通信機器が行きわたるのかが」
「なんでだ?」
「まず、所有者である私が一つを所持するのは容易に想像できるかと。クルシュルージュ家の人間であれば私の性格をそれなりに理解しているでしょうし、私は家に向かうために、学園からかなり離れなければなりませんから。
そして私の身に何かあった場合、一番に連絡を取りたいと思うのはユウタロウ様です。これも犯人側には容易に想像が出来ます。あなたが一番強く、頼りになるので。
犯人は私を攫う際に、通信機器を壊す腹積もりだったのでしょう。ですがあの通信機器は常に繋がっている状態ですので、壊す際、相手に高周波の雑音が流れてしまいます。それで私の危機を察知されては元も子もない……ですが、相手がユウタロウ様であれば話が変わってきます」
「っ!俺が武闘大会に出てたからか」
ハッと顔を上げると、ユウタロウはその答えに辿り着く。ユウタロウはティンベルと別れた後、武闘大会に出場していたので、通信機器を手放さなければいけない時間が否が応でも訪れてしまう。つまりユウタロウがもう片方の通信機器を持っていれば、ティンベルの通信機器の異変に気づく者が現れることは無いのだ。
「えぇ。大会中、所持品はロッカーに預けざるを得ない。恐らく犯人は武闘大会が始まったタイミングを見計らって、私を襲撃したのでしょう。もし一つだけ抜き取り、三つの通信機器が残された場合、私とユウタロウ様の他に一人、通信機器を渡される人物が現れ、その方には壊す際の雑音を聞かれてしまいますから」
これまで二人の会話を静かに聞いていたリオだったが、どうしても引っ掛かることがあり、尋ねる為に口を開く。
「ねぇねぇ。それならさ、もういっそのこと全部抜き取った方が手っ取り早かったんじゃない?壊したり、壊す時の雑音について考慮する手間が省けるんだから」
「いえ。それは駄目です」
「「?」」
ティンベルによってバッサリと否定されたことで、彼らはキョトンと首を傾げてしまう。リオの意見は一理あるだけあって、彼女が全否定する理由に見当がつかなかったのだ。
「あれはそれなりに小さい通信機器ではありますが、ある程度の重量を持っています。四つすべての通信機器が無くなれば、外出する以前に重さの違いで私に気づかれますから」
ティンベルが用意していた通信機器は、過去に販売されていた物よりかなり小さくなっているが、それでもトランシーバーほどの大きさだ。それなりに重量もある為、ある程度の数が増減すると、重さの違いが顕著になってくるのだ。
「なーるほどね……ティンカーベルちゃんが通信機器を抜き取られたことにギリギリ気づかず、かつ通信機器を所持する人間を出来るだけ抑えた場合の最善手が、あの数字だったってわけね」
漸くティンベルの推論を理解したリオは、しみじみと納得の声を漏らすのだった。
「では。私は早速、始受会に赴き、その手紙を入手して参りますので……」
「っ?……もう行ってしまうのか?」
「っ……!!」
アデルが落胆混じりの声で尋ねた刹那、ギルドニスはハッと息を呑んだ。
今しがた再会したばかりだというのに、もう出立してしまうのかという寂しさから湧いた問い……確かに頼み事をしたのはアデルの方なのだが、それはもう少しここでゆっくりした後でも出来ることである。
アデルにとっては、何てことない問いに過ぎなかった。だが、その何てことなさが、ギルドニスにとっては一大事だったのだ。
「あ、アデル様…………そ、それは、つまり……」
「?」
「わ、わたっ、私と離れることを、す……少しは厭ってくれているということでしょうか……?」
ギルドニスはガタガタと声を震わせながら、恐る恐るアデルに尋ねた。対するアデルは、キョトンと首を傾げており、その表情からは、何を今更そんなことを尋ねているのだ?という、彼の純粋な疑問が犇々と伝わってくる。
(あ、なんか嫌な予感するわ……)
そんなアデルの相好を眺めていたリオは、本能的に嫌な予感――この先の展開を察してしまい、ため息ついでに顔を引き攣らせてしまう。
「?……うむ。ギルドニスは大事な仲間なのだ。またしばらく会えなくなるのは、少し寂しくなってしまうな」
「ぐはっ……!」
アデルが正直に答えた途端、ギルドニスは妙な奇声を上げ、同時に大量の鼻血を噴き出しながら後方へと倒れていった。ガタンっと身体が打ち付けられる音で全員がハッとすると、彼らは急いで席を立つ。そのままギルドニスの相好を覗き込むと、彼は白目を剥きながら失神しており、美丈夫が台無しな情けない面を晒していた。
だが、顔は噴き出た鼻血と大差ない程赤く上気しており、何故かとても幸せそうな表情を浮かべていた。
「「…………」」
突然の出来事に、ユウタロウたちが目を点にする中、事情を理解しているレディバグ面々は「やれやれまたか」とでも言いたげな呆れた様子で、ギルドニスを見下ろしている。
奇妙な沈黙が流れる中、最初に口を開いたのはユウタロウだった。
「……おい。コイツ急に鼻血噴いて倒れたけど、大丈夫か?」
「あぁ。大丈夫大丈夫。ギル坊が嬉々とした興奮のあまり鼻血出すのはいつものことだから。……もう、今回のは盛大だったわねぇ……。
んもう、アデルん。前にも言ったでしょ?ギル坊にそういうこと言うのはやめてって。すぐ鼻血出しちゃうんだから」
リオはギルドニスの傍にしゃがみ込むと、ハンカチで彼の鼻血を拭き取ってやった。あの自由人のリオに世話を焼かれているギルドニスを、どうしてもユウタロウは怪訝そうな眼差しで見下ろしてしまう。
リオに苦言を呈されたアデルは、イマイチ自身の非を理解していないのか、微かな不満を込めて首を傾げる。
「?……だが我は、ギルドニスを始めとした仲間たちのことを愛しているのだぞ?」
「……それ、ぜっっったいにギル坊に言っちゃ駄目よ?ギル坊マジで死んじゃうから。アデルんだって、ギル坊を殺したくないでしょ?」
「う、うむ……分かったのだ」
リオはアデルとの距離をグイっと縮めると、かなりの至近距離から釘を刺した。下から見上げられる形だというのに、リオからは凄まじい気迫が感じられ、アデルは押され気味に首肯する他無かった。
一方、若干痙攣さえしているギルドニスをガン見していたユウタロウは、我慢できなくなったように本音を零してしまう。
「……気持ち悪いなコイツ」
「だから言ったじゃないか、キモイって」
「あぁ。お前は間違ってなかった」
先のエルの毒舌が、決して行き過ぎた発言では無かったことを実感したユウタロウは、何故かエルに対して妙な親近感を抱いていた。
「謎の共感を生み出さないでくれるかしら?
……ナギ助ぇ。ギル坊運ぶの手伝ってぇ」
リオは倒れたギルドニスを何とかソファまで運ぼうと試みているが「ふぬぬ……」と情けない声で彼の腕を引っ張るばかりで、彼の身体はビクともしていない。
助けを求められたナギカは無言のまま歩み寄ると、ギルドニスの首根っこを掴み、そのままソファへとブンっと一直線に投げた。ギルドニスは見事にソファへと着地し、全員が感嘆の拍手を送った。
「わー……ナギ助力持ちぃ」
「リオ様は貧弱ですからね。それよりは幾分かマシかと」
「ひどーい」
リオは操志者なので、ジルによる身体強化術を施せばギルドニス一人程度難なく運べるのだが、この程度のことで身体強化術を使いたく無かったのだろう。純粋な力では、ただの人間であるリオが亜人のナギカに勝てる道理など無く、リオは不満げな声を上げるのみだった。
********
ギルドニスの奇行によって話の流れがプツンと断絶されてしまったが、彼らが席へと戻ったことで何とか仕切り直すことが出来た。
「……そういや。元を辿ればこの変態連れてきたの、生徒会長なんだよな。……悪いな。コッチの事情に気ぃ遣ってもらって」
アデルはティンベルに頼まれてギルドニスを呼びつけたので、ユウタロウの意見は的を射ていた。因みに、ユウタロウがギルドニスを変態扱いした件については、総スルーであった。
「勇者一族の問題について、私が今できる精一杯はここまでです。……通り魔事件の調査に協力してもらった借りを、これで返せるとは思っていませんが……」
「いいんだよ、んなことは。……助かった。ありがとう」
「っ!いえ……」
ユウタロウが素直に謝辞を述べたことが想定外だったのか、ティンベルは当惑したように目を見開いた。
だが、その素直さは同時に、彼のロクヤに対する思いの強さを意味していた。それだけ大事な存在だからこそ、少しでもロクヤの為になればと思い、行動したティンベルに対して、隠しようのない感謝の念を抱いたのだ。
「――それでは、通り魔事件について。私なりにまとめてみましたので、今現在判明していること、はっきりとさせなければならない問題を、一度皆様と共有したいと思います」
仮面の組織による一連の騒動には、様々な問題が複雑に交錯しており、一度綺麗に整理しなければ、真面に思考を働かせることすら困難な程だ。故にティンベルは、そのような提案をした。
「まず彼らの目的は、悪魔に対する差別意識を増長させ、悪魔の生き辛い世界を作り上げることだと考えられます。そしてこれは、彼らの慕うあの悪魔の愛し子が望んでいたことであり、彼らはその意志を継ぎ、このような事件を起こしていると思われます」
「眠っている訳じゃ無さそうだったが、意識があるようにも見えなかったからな」
ナオヤを尾行する際鉢合わせた悪魔の愛し子――ジャニファスを思い起こしたユウタロウは、自らの考えを語った。
「えぇ。この時点で既に多くの疑問が残っています。まず一つ、何故あの悪魔の愛し子はそのような状態に陥ってしまったのか。もしかすると、その原因も事件に関わりがあるのかもしれません。
そしてもう一つ、何故悪魔の生き辛い世界を作る必要があるのか。悪魔への差別が増長すれば、愛し子だってその被害を受けてしまうというのに。
つまり、あの愛し子は、自分が犠牲になってでもその目的を達したいと思っていたのでしょう。……彼にそこまで思わせる理由が、未だに分かりません」
やはり最大の謎は、その動機であった。ここまで大掛かりな計画を立て、多くの人々を犠牲にしてまで果たしたい目的は分かったが、彼らを突き動かす動機に全く見当がつかず、ティンベルは厳しい面持ちになってしまう。
「そして、残念なことに、頭の痛い問題が発生してしまいました」
「?」
ティンベルはため息をつくと、頭痛のする頭に片手を添えて言った。思わず、彼らは首を傾げてしまう。
「勇者一族だけでなく、我がクルシュルージュ家も、事件に関わっている可能性が出てきました」
「「っ!?」」
ティンベルから告げられた新事実に、一同は強い衝撃を受け、目を泳がせた。驚きも一入ではあるが、何故今回の事件にクルシュルージュ家が突然関わってくるのか理解できず、困惑する気持ちの方が強いのだ。
「ティンベル。それはどういうことであるか?」
「私がこのように考える理由は、大きく分けて二つあります」
アデルの問いに対し、ティンベルは開口一番そう切り出した。
「まず、私やチサト様が仮面の組織に攫われる少し前、ユウタロウ様たちに渡そうとしていた通信機器が足りなかったことを覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ。そのせいで状況把握に時間がかかったからな」
別行動の為、離れていても連絡が取れるよう、ティンベルが用意していた通信機器が、武闘大会開催直前に、足りなくなってしまった出来事を思い出し、ユウタロウは呟いた。
『――……通信機器を四つ入れていたはずなのですが……何故か二つしかありません』
あの時のティンベルは明らかに動揺しており、彼女の過失による事故には見えなかった。それよりも「何故通信機器が足りないんだ」という純粋な疑問――本気で理解できないという困惑が、犇々と伝わってきていたのだ。
「私はその日、確かにユウタロウ様、チサト様、ルル様、自分用の四つの通信機器を鞄の中に入れていました。……人為的に抜かれた可能性が高いです。
家を出てからは、その鞄を肌身離さず持っておりましたので、抜かれたのは私の住んでいる別邸だと思われます」
「それでクルシュルージュ家が関わってるってことか……。そういや、何で二つだけ抜かれてたんだ?」
ティンベルがクルシュルージュ家の関与を疑った一つ目の理由については理解できたが、ユウタロウはふと疑問を覚えてしまい、彼女に尋ねた。ティンベルは僅かに眉を顰めると、思考を深めるように口元に手を添える。
「……これは単なる憶測でしかありませんが……犯人側の心理を読み解くと、恐らく、それが最善手だったからかと」
「最善手?」
解説を求めるように、ユウタロウは尋ねた。
「えぇ。通信機器を抜いた本来の目的は、私が取りに戻る際、一人になった場面を狙って攫うことです。私の場合、わざと引っ掛かったのですが。……二つの通信機器を残した場合だと、犯人側にも予想できるのですよ……誰にその通信機器が行きわたるのかが」
「なんでだ?」
「まず、所有者である私が一つを所持するのは容易に想像できるかと。クルシュルージュ家の人間であれば私の性格をそれなりに理解しているでしょうし、私は家に向かうために、学園からかなり離れなければなりませんから。
そして私の身に何かあった場合、一番に連絡を取りたいと思うのはユウタロウ様です。これも犯人側には容易に想像が出来ます。あなたが一番強く、頼りになるので。
犯人は私を攫う際に、通信機器を壊す腹積もりだったのでしょう。ですがあの通信機器は常に繋がっている状態ですので、壊す際、相手に高周波の雑音が流れてしまいます。それで私の危機を察知されては元も子もない……ですが、相手がユウタロウ様であれば話が変わってきます」
「っ!俺が武闘大会に出てたからか」
ハッと顔を上げると、ユウタロウはその答えに辿り着く。ユウタロウはティンベルと別れた後、武闘大会に出場していたので、通信機器を手放さなければいけない時間が否が応でも訪れてしまう。つまりユウタロウがもう片方の通信機器を持っていれば、ティンベルの通信機器の異変に気づく者が現れることは無いのだ。
「えぇ。大会中、所持品はロッカーに預けざるを得ない。恐らく犯人は武闘大会が始まったタイミングを見計らって、私を襲撃したのでしょう。もし一つだけ抜き取り、三つの通信機器が残された場合、私とユウタロウ様の他に一人、通信機器を渡される人物が現れ、その方には壊す際の雑音を聞かれてしまいますから」
これまで二人の会話を静かに聞いていたリオだったが、どうしても引っ掛かることがあり、尋ねる為に口を開く。
「ねぇねぇ。それならさ、もういっそのこと全部抜き取った方が手っ取り早かったんじゃない?壊したり、壊す時の雑音について考慮する手間が省けるんだから」
「いえ。それは駄目です」
「「?」」
ティンベルによってバッサリと否定されたことで、彼らはキョトンと首を傾げてしまう。リオの意見は一理あるだけあって、彼女が全否定する理由に見当がつかなかったのだ。
「あれはそれなりに小さい通信機器ではありますが、ある程度の重量を持っています。四つすべての通信機器が無くなれば、外出する以前に重さの違いで私に気づかれますから」
ティンベルが用意していた通信機器は、過去に販売されていた物よりかなり小さくなっているが、それでもトランシーバーほどの大きさだ。それなりに重量もある為、ある程度の数が増減すると、重さの違いが顕著になってくるのだ。
「なーるほどね……ティンカーベルちゃんが通信機器を抜き取られたことにギリギリ気づかず、かつ通信機器を所持する人間を出来るだけ抑えた場合の最善手が、あの数字だったってわけね」
漸くティンベルの推論を理解したリオは、しみじみと納得の声を漏らすのだった。
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これでワクワクしない方が嘘である。
そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。
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