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第一章 学園編
24.アデル・クルシュルージュ
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『――お前、今日から俺のもんな』
かつて、一人一人に向けて放たれた言葉は、彼らの胸に深く刻まれ、色褪せることが無い。例え、どれだけ時が経とうとも、忘れることなどありはしない。
勇者一族の勇者に対する忠誠心は、〝血の契約〟という別称がつく程強固である。五千年前の悪魔を倒した勇者たちの血を受け継いだ勇者一族と、血をかけているのだ。
勇者一族に生まれた者は、自らが勇者と認めた者に対して、永遠の服従と忠誠を誓い、決して裏切らない。
〝血に誓って〟――彼らは勇者一族の血族であることに誇りを持っている。故に、その血に誓って結ばれた契約を裏切ることなど、絶対にあり得ないのだ。
********
跪く彼らをジッと見下ろすと、ユウタロウは徐に口を開く。
「チサトと生徒会長とルルが行方不明だ」
「「っ!?」」
ユウタロウが冷静に告げると、集まった彼らは驚きで思わず顔を上げた。
「手分けして捜索したい。三人とも同じ場所に連れ去られたとは限らないからな」
「ちょっと待て。連れ去られたと言ったが、犯人はまさか……」
「通り魔事件の犯人だろうな」
ハヤテの問いかけに、ユウタロウは簡潔に答えた。途端、彼らは事の深刻さを実感し、口を噤む。
「取り敢えず俺はチサトをどうにか……」
「――ティンベル様とルル様のことは、ヒメたちに任せて欲しいの」
「「っ……」」
唐突で、可憐なその侵入者に、ユウタロウたちは一瞬息を呑む。
彼らの状況を理解し、突如現れ、不意打ちでそんな提案をしてきた彼女――ヒメを知る者は、勇者一族においてユウタロウしかいない。故に彼以外の四人は、何が起きているのか理解できず、茫然自失としてしまう。
ヒメの後ろには仲間の皓然とディアンもおり、彼らの困惑は深まるばかり。
「お前ら……」
「お頭、知り合いっすか?」
「……コイツらが、噂のレディバグって奴らだ」
「「っ」」
彼らの正体を尋ねたライト含め、彼ら全員は驚きで目を見開く。
「……ルルと生徒会長を任せて欲しいっていうのは、どういう意味だ?」
「……皓然。どういう意味だったの?」
「てめぇの意見じゃねぇのかよ」
ユウタロウはヒメに尋ねたのだが、彼女は答える術を持っておらず、秒で皓然に救いを求めた。思わず、ユウタロウは眉を顰めながらツッコんでしまう。
「もう、ヒメちゃんは相変わらずですね……さっきも説明したのに。
あ、こんにちは。勇者一族の皆様。俺は孫皓然と言います。どうぞよろしく」
「自己紹介は良い。手短に説明してくれ」
こんな状況でも清々しい程爽やかな笑みを忘れない皓然は、初対面の彼らに丁寧な挨拶をした。
「はい。現在行方不明のお三方がそれぞれ別の場所に連れ去られている場合、犯人側は恐らく、チサト様を監禁している場所に高い戦力を集中させているはずです」
「その根拠は?」
「ユウタロウ様は間違いなく、チサト様を自らの手で救出なさるでしょう?そして犯人側からすれば、ユウタロウ様が最も厄介な敵。ユウタロウ様を確実に仕留めたいと思うのなら、チサト様の傍に多くの戦力を置くはず。俺が犯人だったらそうしますね」
「……」
皓然の意見は尤もで、反論など出来なかった。だが、それ自体が不可解でユウタロウは様子を窺ってしまう。
――何故レディバグは、ここまで勇者一族の関係性に詳しいのか?
――何故ユウタロウが、誰よりもチサトを特別視していることを知っているのか?
そんな疑問が彼の頭を占領し、ユウタロウは皓然の意見を素直に聞くことが出来ない。
「故に、ユウタロウ様にはご自身の力に加え、勇者一族の方々の力を携えた上で向かって欲しいのです。ティンベル様とルル様のことはご安心ください。
俺たちが必ず、お二人を救い出すと誓いますから」
「……俺は、あんたらレディバグのことを良く知らねぇ」
「?」
穏やかに微笑む皓然に対して、ユウタロウはどこか浮かない相好である。不意に呟かれた言葉に、皓然は首を傾げた。
「知らねぇから、あんたらを悪とみなすつもりはねぇが、無条件に信用することも出来ねぇ」
「……」
「分かりやすく言うぞ?俺の大事なダチを任せられる程、あんたらは俺の信用に値しねぇんだよ」
吐き捨てるように言ったユウタロウの顔色は優れない。信用し、何もかも任せられればどんなに楽だったことか。
それでも、昨日今日見知った程度の彼らを信用できる程、ユウタロウは脳内お花畑な人間ではない。
そして、ユウタロウは嫌という程理解していた。私腹を肥やし、自らの欲を満たす為なら、簡単に他者を裏切り、貶めることができる人間がいるということを。
僅かでも、ティンベルやルルが害される可能性があるのなら、ユウタロウが首を縦に振ることなど出来るはずも無かったのだ。
「……はぁ……分かったの。仕方ないの」
「ヒメちゃん?」
根負けした様にため息をついたヒメに、思わず皓然は疑問を呈した。
「勇者様に一つ、良いことを教えてあげるの。聞けばきっと、さっきの言葉を撤回したくなるはずなの」
「ほう?」
「ちょっとヒメちゃん……いいの?」
ヒメの言う〝良いこと〟の正体を察しているのか、ディアンは不安気に尋ねた。
「構わないの。どうせもう、すぐバレるの。早いか遅いかの差しか無いなら、別に今言ったって、マスターは咎めないの」
頑固とも捉えられるヒメの強固な意志を感じ、これ以上説くのは時間の無駄だと察したディアンは、それ以上何も言わなかった。
ユウタロウに例の〝良いこと〟――真実を告げる為、ヒメは彼をジッと見上げると、
「勇者様は背が大きいの。しゃがんで欲しいの」
そう言って、自らの目線に合わせることを懇願した。
彼女の意図を察したユウタロウは、言われた通りにしゃがみ込む。するとヒメは、一気に近づいた彼の耳元に口を寄せ――。
「……――」
ユウタロウにのみ聞こえる声で、その真実を紡いだ。
「っ!…………」
瞬間、あまりの衝撃にユウタロウは言葉を失い、目を見開いたまま硬直してしまう。ヒメが彼の耳元から離れても、ユウタロウは僅かな挙動すら見せない。
ユウタロウは段々と正気を取り戻していくと、引き攣った笑みを浮かべながらヒメを見上げた。
「……本当か?それ」
「本当なの。だから安心して欲しいの」
「……分かった。お前らレディバグを信じる」
「っ……!いいのか?ユウタロウ」
ユウタロウがあっさりと意見を翻したことが信じられず、ハヤテは当惑気味に尋ねた。
「あぁ……何つーか、妙な納得感があってな」
「?」
真実を伝えられていないハヤテたちには、彼の言葉の真意が分からず、首を傾げる他ない。
「――では、俺たちはティンベル様、ルル様の救出。勇者一族の皆様は、チサト様を救出するということでよろしいですか?」
皓然は、最終確認するように尋ねた。
「あぁ。俺はチサトがどこにいようが見つける自信があるからいいが、あんたらは生徒会長の居場所に目星でもつけてんのか?」
「とっておきの目星があるの」
「あっそ。ならいいけどよ」
簡潔に答えたヒメに倣うように、ユウタロウも素っ気無く返す。
その対応こそが、ユウタロウの信頼の証であることに気づけない者は、この場において少数派であった。
********
その頃。学園の理事長室では、二人の人間が相対していた。
昼間だというのに、カーテンが閉めきられているせいでその部屋は暗く、ジメジメとした嫌な空気が蔓延っている。重苦しいその空気で、窒息してしまいそうなほど。
二人の内一人――理事長の皮を被ったその男は、余裕の笑みを浮かべながら、もう一人の人物を見下ろしている。
そしてそのもう一人は、行方不明となったルル。
ルルは、首と手首が鎖で繋がれた奇妙な拘束具をつけられ、床に座り込んでいた。拘束具は部屋の柱に繋がれており、彼が逃げないよう細工されている。
「――どうかな?その拘束具の感想は。中々の出来だと思わないかい?」
余裕綽々とした相好で、偽の理事長は尋ねた。対するルルも、この状況で何故か冷静さを保っており、自らを縛る拘束具に意識を向ける。
「……なるほど。拘束された者が物理的な力を加えたり、拘束具にジルの干渉を施すと、この首輪が作動して首が刎ねられる仕組みであるか。
……流石に首を刎ねられれば、我とて死んでしまう。……確かに、我を足止めするにはこれ以上ない道具であるな」
不敵に微笑すると、ルルは感嘆の声を上げ、その拘束具を評した。
そこに鎮座しているのは最早、ユウタロウたちの知るルル・アリザカという人間では無い。その姿形以外に、ルル・アリザカの存在を証明する手立ては無かった。
「そうだろう?それを作った私の仲間も、完成させるまでに凄まじい時間と労力を費やしたと漏らしていたよ……。対象に装着すると、一日後には消滅してしまう儚い拘束具ではあるが……一日もあれば、事を済ませるには十分すぎる」
男はニタニタと、不気味な笑みを浮かべた。そんな彼の、醜く歪むように弧を描く口元を、ルルは冷ややかな瞳で捉える。
「……ティンベルとユウタロウ殿を、殺すつもりであるか?」
「あぁ。私たちの崇高なる目的達成に、彼らは酷く邪魔な存在だ。世界を真に救う為には、多少の犠牲は付き物だからね。その尊い犠牲として、彼らには死んでもらう。そしてそれは、君とて同じこと……。
……寧ろ、君が最大の障害と言っても過言ではない……そうだろう?」
彼は意味深な空気を孕んだ声で呟くと、ルルの瞳を真っすぐと見据える。対するルルも、偽理事長から決して目を逸らさなかった。
「――レディバグの主……アデル・クルシュルージュくん?」
その真実を、核心の言葉を、男は言い放った。
「……よく、我がアデル・クルシュルージュだと分かったな」
ルル――アデルは、一切目線を逸らすことなく、泰然自若とした態度で呟いた。自らの正体を言い当てられたというのに、アデルは冷静さを欠いてはいなかった。
「ルル・アリザカの暗殺を依頼したというのに、暗殺者が任務達成の報告に来なかったからね……おかしいとは思っていたんだよ。それで何となくね。
結局あの暗殺者はどうしたんだい?殺したのかな?」
「いや。あらかた情報を吐かせて、遠い国へと飛ばしたのだ」
「それはそれはお優しいことで」
あくまでも不必要な殺生は避けようとするアデルに、男は「反吐が出る」とでも言いたげな相好で吐き捨てた。次の瞬間、男は何かに気づいたように、ぱぁっと顔色を明るくさせていく。
すると男は、舐め回すような目線でアデルを凝視し始めた。
「あぁ、そうだ……君は今、身動きすることが出来ないんだよね?
……なら、今ここで私が殺したって……問題は無いということだよねっ!?」
偽理事長は懐から小型剣を抜くと、勢いよくその刃を振り下ろす。刃はアデルの首元――拘束具で覆われていない、素肌を晒したままの首へと一直線に向かう。
だが――。キンっ!
その刃が首を刎ねることは無く、小型剣は何かに弾かれ、地面に転がった。思わず、男は目を見開く。
「っ……!なにっ……」
「結界を張っただけである。拘束具自体には干渉しておらぬのでな」
小型剣を遮ったのは、アデルが張った結界だった。悪魔の愛し子であるアデルは、自らの力でジルを生み出すことができるので、そのジルを使って瞬時に結界を張ることができるのだ。
「へぇ……なら、別に拘束具が作動しても問題ないということにならないかい?」
「無理であるな。この拘束具は首にぴったり接している故、隙間に結界を張ることが出来ぬのだ」
「あぁ……だから奴は、やたらと首のサイズを気にしていたのか。仲間ながら恐れ入るよ、その抜かりの無さに」
アデルの解説で漸く合点がいき、男は自らの仲間――拘束具の制作者を称賛した。
「まぁ、殺せないのなら仕方がない。君はここで、愛しい妹と仲間が殺されていくのを、指をくわえて待っていればいいさ」
「……我の仲間を見くびるでない。ユウタロウ殿もティンベルも、黙って殺されるような器では無いのだ」
「君こそ、私の仲間を見くびっているんじゃないか?この国に滞在しているレディバグの構成員の戦闘力は、ある程度把握している。当然、それ以上の戦闘員を用意した。君の仲間が勝つのは不可能だよ」
鋭い眼光で見上げるアデルと、自らの勝利を確信する彼の、見下ろす視線が交錯する。
偽理事長は得意気な表情を浮かべているが、対するアデルは俯くと、彼を嘲笑うように口元に弧を描いた。
「……?何がおかしい?」
「やはり、お前たちは我の仲間を侮っているのだ。それに、ヒメたちを倒せばそれで終わりなどと、驕った考えを持っているのなら、目的を達することなど出来ないぞ」
「どういう意味だ?」
「お前たちは我らを、レディバグを知らなすぎるということだ。
……まぁそれは、我らも同じことではあるが」
アデルの意味深な呟きに、男は思わず首を傾げる。
「我らもお前たちの目的を。……自らを犠牲にしてまで果たしたいその目的を、何も知らないのでな」
アデルが言い放つと、男は僅かに眉を顰めた。
初めて偽理事長が感情を動かし、それを態度に示してしまった瞬間。そのミスを、アデルは見逃さなかった。
この時、アデルは確信した。
通り魔事件を起こす彼らが、〝世界を救う為〟などという大それた、粗末な常套句で覆い隠そうとしている、その動機こそが。
彼らにとって最も暴かれたくない、彼らの琴線――彼らの核であるということを。
かつて、一人一人に向けて放たれた言葉は、彼らの胸に深く刻まれ、色褪せることが無い。例え、どれだけ時が経とうとも、忘れることなどありはしない。
勇者一族の勇者に対する忠誠心は、〝血の契約〟という別称がつく程強固である。五千年前の悪魔を倒した勇者たちの血を受け継いだ勇者一族と、血をかけているのだ。
勇者一族に生まれた者は、自らが勇者と認めた者に対して、永遠の服従と忠誠を誓い、決して裏切らない。
〝血に誓って〟――彼らは勇者一族の血族であることに誇りを持っている。故に、その血に誓って結ばれた契約を裏切ることなど、絶対にあり得ないのだ。
********
跪く彼らをジッと見下ろすと、ユウタロウは徐に口を開く。
「チサトと生徒会長とルルが行方不明だ」
「「っ!?」」
ユウタロウが冷静に告げると、集まった彼らは驚きで思わず顔を上げた。
「手分けして捜索したい。三人とも同じ場所に連れ去られたとは限らないからな」
「ちょっと待て。連れ去られたと言ったが、犯人はまさか……」
「通り魔事件の犯人だろうな」
ハヤテの問いかけに、ユウタロウは簡潔に答えた。途端、彼らは事の深刻さを実感し、口を噤む。
「取り敢えず俺はチサトをどうにか……」
「――ティンベル様とルル様のことは、ヒメたちに任せて欲しいの」
「「っ……」」
唐突で、可憐なその侵入者に、ユウタロウたちは一瞬息を呑む。
彼らの状況を理解し、突如現れ、不意打ちでそんな提案をしてきた彼女――ヒメを知る者は、勇者一族においてユウタロウしかいない。故に彼以外の四人は、何が起きているのか理解できず、茫然自失としてしまう。
ヒメの後ろには仲間の皓然とディアンもおり、彼らの困惑は深まるばかり。
「お前ら……」
「お頭、知り合いっすか?」
「……コイツらが、噂のレディバグって奴らだ」
「「っ」」
彼らの正体を尋ねたライト含め、彼ら全員は驚きで目を見開く。
「……ルルと生徒会長を任せて欲しいっていうのは、どういう意味だ?」
「……皓然。どういう意味だったの?」
「てめぇの意見じゃねぇのかよ」
ユウタロウはヒメに尋ねたのだが、彼女は答える術を持っておらず、秒で皓然に救いを求めた。思わず、ユウタロウは眉を顰めながらツッコんでしまう。
「もう、ヒメちゃんは相変わらずですね……さっきも説明したのに。
あ、こんにちは。勇者一族の皆様。俺は孫皓然と言います。どうぞよろしく」
「自己紹介は良い。手短に説明してくれ」
こんな状況でも清々しい程爽やかな笑みを忘れない皓然は、初対面の彼らに丁寧な挨拶をした。
「はい。現在行方不明のお三方がそれぞれ別の場所に連れ去られている場合、犯人側は恐らく、チサト様を監禁している場所に高い戦力を集中させているはずです」
「その根拠は?」
「ユウタロウ様は間違いなく、チサト様を自らの手で救出なさるでしょう?そして犯人側からすれば、ユウタロウ様が最も厄介な敵。ユウタロウ様を確実に仕留めたいと思うのなら、チサト様の傍に多くの戦力を置くはず。俺が犯人だったらそうしますね」
「……」
皓然の意見は尤もで、反論など出来なかった。だが、それ自体が不可解でユウタロウは様子を窺ってしまう。
――何故レディバグは、ここまで勇者一族の関係性に詳しいのか?
――何故ユウタロウが、誰よりもチサトを特別視していることを知っているのか?
そんな疑問が彼の頭を占領し、ユウタロウは皓然の意見を素直に聞くことが出来ない。
「故に、ユウタロウ様にはご自身の力に加え、勇者一族の方々の力を携えた上で向かって欲しいのです。ティンベル様とルル様のことはご安心ください。
俺たちが必ず、お二人を救い出すと誓いますから」
「……俺は、あんたらレディバグのことを良く知らねぇ」
「?」
穏やかに微笑む皓然に対して、ユウタロウはどこか浮かない相好である。不意に呟かれた言葉に、皓然は首を傾げた。
「知らねぇから、あんたらを悪とみなすつもりはねぇが、無条件に信用することも出来ねぇ」
「……」
「分かりやすく言うぞ?俺の大事なダチを任せられる程、あんたらは俺の信用に値しねぇんだよ」
吐き捨てるように言ったユウタロウの顔色は優れない。信用し、何もかも任せられればどんなに楽だったことか。
それでも、昨日今日見知った程度の彼らを信用できる程、ユウタロウは脳内お花畑な人間ではない。
そして、ユウタロウは嫌という程理解していた。私腹を肥やし、自らの欲を満たす為なら、簡単に他者を裏切り、貶めることができる人間がいるということを。
僅かでも、ティンベルやルルが害される可能性があるのなら、ユウタロウが首を縦に振ることなど出来るはずも無かったのだ。
「……はぁ……分かったの。仕方ないの」
「ヒメちゃん?」
根負けした様にため息をついたヒメに、思わず皓然は疑問を呈した。
「勇者様に一つ、良いことを教えてあげるの。聞けばきっと、さっきの言葉を撤回したくなるはずなの」
「ほう?」
「ちょっとヒメちゃん……いいの?」
ヒメの言う〝良いこと〟の正体を察しているのか、ディアンは不安気に尋ねた。
「構わないの。どうせもう、すぐバレるの。早いか遅いかの差しか無いなら、別に今言ったって、マスターは咎めないの」
頑固とも捉えられるヒメの強固な意志を感じ、これ以上説くのは時間の無駄だと察したディアンは、それ以上何も言わなかった。
ユウタロウに例の〝良いこと〟――真実を告げる為、ヒメは彼をジッと見上げると、
「勇者様は背が大きいの。しゃがんで欲しいの」
そう言って、自らの目線に合わせることを懇願した。
彼女の意図を察したユウタロウは、言われた通りにしゃがみ込む。するとヒメは、一気に近づいた彼の耳元に口を寄せ――。
「……――」
ユウタロウにのみ聞こえる声で、その真実を紡いだ。
「っ!…………」
瞬間、あまりの衝撃にユウタロウは言葉を失い、目を見開いたまま硬直してしまう。ヒメが彼の耳元から離れても、ユウタロウは僅かな挙動すら見せない。
ユウタロウは段々と正気を取り戻していくと、引き攣った笑みを浮かべながらヒメを見上げた。
「……本当か?それ」
「本当なの。だから安心して欲しいの」
「……分かった。お前らレディバグを信じる」
「っ……!いいのか?ユウタロウ」
ユウタロウがあっさりと意見を翻したことが信じられず、ハヤテは当惑気味に尋ねた。
「あぁ……何つーか、妙な納得感があってな」
「?」
真実を伝えられていないハヤテたちには、彼の言葉の真意が分からず、首を傾げる他ない。
「――では、俺たちはティンベル様、ルル様の救出。勇者一族の皆様は、チサト様を救出するということでよろしいですか?」
皓然は、最終確認するように尋ねた。
「あぁ。俺はチサトがどこにいようが見つける自信があるからいいが、あんたらは生徒会長の居場所に目星でもつけてんのか?」
「とっておきの目星があるの」
「あっそ。ならいいけどよ」
簡潔に答えたヒメに倣うように、ユウタロウも素っ気無く返す。
その対応こそが、ユウタロウの信頼の証であることに気づけない者は、この場において少数派であった。
********
その頃。学園の理事長室では、二人の人間が相対していた。
昼間だというのに、カーテンが閉めきられているせいでその部屋は暗く、ジメジメとした嫌な空気が蔓延っている。重苦しいその空気で、窒息してしまいそうなほど。
二人の内一人――理事長の皮を被ったその男は、余裕の笑みを浮かべながら、もう一人の人物を見下ろしている。
そしてそのもう一人は、行方不明となったルル。
ルルは、首と手首が鎖で繋がれた奇妙な拘束具をつけられ、床に座り込んでいた。拘束具は部屋の柱に繋がれており、彼が逃げないよう細工されている。
「――どうかな?その拘束具の感想は。中々の出来だと思わないかい?」
余裕綽々とした相好で、偽の理事長は尋ねた。対するルルも、この状況で何故か冷静さを保っており、自らを縛る拘束具に意識を向ける。
「……なるほど。拘束された者が物理的な力を加えたり、拘束具にジルの干渉を施すと、この首輪が作動して首が刎ねられる仕組みであるか。
……流石に首を刎ねられれば、我とて死んでしまう。……確かに、我を足止めするにはこれ以上ない道具であるな」
不敵に微笑すると、ルルは感嘆の声を上げ、その拘束具を評した。
そこに鎮座しているのは最早、ユウタロウたちの知るルル・アリザカという人間では無い。その姿形以外に、ルル・アリザカの存在を証明する手立ては無かった。
「そうだろう?それを作った私の仲間も、完成させるまでに凄まじい時間と労力を費やしたと漏らしていたよ……。対象に装着すると、一日後には消滅してしまう儚い拘束具ではあるが……一日もあれば、事を済ませるには十分すぎる」
男はニタニタと、不気味な笑みを浮かべた。そんな彼の、醜く歪むように弧を描く口元を、ルルは冷ややかな瞳で捉える。
「……ティンベルとユウタロウ殿を、殺すつもりであるか?」
「あぁ。私たちの崇高なる目的達成に、彼らは酷く邪魔な存在だ。世界を真に救う為には、多少の犠牲は付き物だからね。その尊い犠牲として、彼らには死んでもらう。そしてそれは、君とて同じこと……。
……寧ろ、君が最大の障害と言っても過言ではない……そうだろう?」
彼は意味深な空気を孕んだ声で呟くと、ルルの瞳を真っすぐと見据える。対するルルも、偽理事長から決して目を逸らさなかった。
「――レディバグの主……アデル・クルシュルージュくん?」
その真実を、核心の言葉を、男は言い放った。
「……よく、我がアデル・クルシュルージュだと分かったな」
ルル――アデルは、一切目線を逸らすことなく、泰然自若とした態度で呟いた。自らの正体を言い当てられたというのに、アデルは冷静さを欠いてはいなかった。
「ルル・アリザカの暗殺を依頼したというのに、暗殺者が任務達成の報告に来なかったからね……おかしいとは思っていたんだよ。それで何となくね。
結局あの暗殺者はどうしたんだい?殺したのかな?」
「いや。あらかた情報を吐かせて、遠い国へと飛ばしたのだ」
「それはそれはお優しいことで」
あくまでも不必要な殺生は避けようとするアデルに、男は「反吐が出る」とでも言いたげな相好で吐き捨てた。次の瞬間、男は何かに気づいたように、ぱぁっと顔色を明るくさせていく。
すると男は、舐め回すような目線でアデルを凝視し始めた。
「あぁ、そうだ……君は今、身動きすることが出来ないんだよね?
……なら、今ここで私が殺したって……問題は無いということだよねっ!?」
偽理事長は懐から小型剣を抜くと、勢いよくその刃を振り下ろす。刃はアデルの首元――拘束具で覆われていない、素肌を晒したままの首へと一直線に向かう。
だが――。キンっ!
その刃が首を刎ねることは無く、小型剣は何かに弾かれ、地面に転がった。思わず、男は目を見開く。
「っ……!なにっ……」
「結界を張っただけである。拘束具自体には干渉しておらぬのでな」
小型剣を遮ったのは、アデルが張った結界だった。悪魔の愛し子であるアデルは、自らの力でジルを生み出すことができるので、そのジルを使って瞬時に結界を張ることができるのだ。
「へぇ……なら、別に拘束具が作動しても問題ないということにならないかい?」
「無理であるな。この拘束具は首にぴったり接している故、隙間に結界を張ることが出来ぬのだ」
「あぁ……だから奴は、やたらと首のサイズを気にしていたのか。仲間ながら恐れ入るよ、その抜かりの無さに」
アデルの解説で漸く合点がいき、男は自らの仲間――拘束具の制作者を称賛した。
「まぁ、殺せないのなら仕方がない。君はここで、愛しい妹と仲間が殺されていくのを、指をくわえて待っていればいいさ」
「……我の仲間を見くびるでない。ユウタロウ殿もティンベルも、黙って殺されるような器では無いのだ」
「君こそ、私の仲間を見くびっているんじゃないか?この国に滞在しているレディバグの構成員の戦闘力は、ある程度把握している。当然、それ以上の戦闘員を用意した。君の仲間が勝つのは不可能だよ」
鋭い眼光で見上げるアデルと、自らの勝利を確信する彼の、見下ろす視線が交錯する。
偽理事長は得意気な表情を浮かべているが、対するアデルは俯くと、彼を嘲笑うように口元に弧を描いた。
「……?何がおかしい?」
「やはり、お前たちは我の仲間を侮っているのだ。それに、ヒメたちを倒せばそれで終わりなどと、驕った考えを持っているのなら、目的を達することなど出来ないぞ」
「どういう意味だ?」
「お前たちは我らを、レディバグを知らなすぎるということだ。
……まぁそれは、我らも同じことではあるが」
アデルの意味深な呟きに、男は思わず首を傾げる。
「我らもお前たちの目的を。……自らを犠牲にしてまで果たしたいその目的を、何も知らないのでな」
アデルが言い放つと、男は僅かに眉を顰めた。
初めて偽理事長が感情を動かし、それを態度に示してしまった瞬間。そのミスを、アデルは見逃さなかった。
この時、アデルは確信した。
通り魔事件を起こす彼らが、〝世界を救う為〟などという大それた、粗末な常套句で覆い隠そうとしている、その動機こそが。
彼らにとって最も暴かれたくない、彼らの琴線――彼らの核であるということを。
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色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
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