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北欧大戦 イマジンゴッドウォー

犠牲と消費の違い

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 現れた2機の機影は辺りに散乱するAPの亡骸と惨状を目の当たりにする。
 多くのAPが爆散した焦げ跡が見受けられる。
 それだけ事の異常さがよく分かる。
 現代戦ではミサイルは殆ど使われない。
 ミサイルを使うにしてはHPM対策として静電遮蔽用にミサイルに金属装甲を施す。
 対HPM遮蔽塗料を塗るなど対策を取らねばならず、そのせいでHPM前の戦争に比べれば、ミサイルの重量が上がり射程は下がり速度も落ちミサイル単価も高騰している。
 お手軽に撃てる武器ではないのだ。

 その意味では前回の天音のミサイル支援は奇襲になったのが前回のルシファー事変ではあったが、それでも真面に効果を及ぼす事は昔に比べて低い。
 そして、ミサイルを使うという事は爆薬を使うという事だが、述べた通り現代戦でミサイルはほとんど使われない。
 爆薬で焦げ跡がつく事はAP戦に限ってはほとんどない。
 にもかかわらず、辺りには焦げ跡がついたAPが散乱している。
 この2人のパイロットは戦闘区域でミサイルが使われていない事を確認している。
 つまり、この戦場で何か異常な事が起きていたと分かるのだ。



「これは……」

「一体何が……」



 シンとアリシアが来た時には後の祭りだった。
 だが、何か異様な事が起きた事は確かだ。
 2人の機体のTSは主の意向そっちのけで互いの存在を確認すると互いに示し合わせたように現状の確認を行う。



『大規模な爆発の痕跡、機体の爆散具合からして自爆と推移出来ます』



 アストの推論にテリスが続く。



『此方も同じ結論です。私の見立てではPMC側の自爆特攻と考えられます』



 互いの機体の通信が勝手に開いている(この2人のTSが勝手に開いた)事は普通なら問いただすのだが、この2人は何に言い知れぬ暗黙の了解でもあるように互いを受け入れそのまま会話に加わる。



「あなたは何の為に来たの?」

「お前と同じだ」

「ふぇ?あなたも何か作るの?」



(作る?一体何の話だ?明らかに目的が違うような……)



「いや、すまない。やはり違うな」

「アスト、彼を手伝うって事で……良いんだよね?」

『それで問題ありません』

「ふーん、シン、作戦目標?」



 アリシアはシンに尋ねた。
 彼は「AD撃破だ」と簡潔に伝えた。



「……」



 アリシアは黙り込んでしまった。
 特に驚く様子もないが、内心は驚き困惑しているとアストは感覚的に捉えていた。
 だが、アリシアは自分の中にある不安やAD怖い、勝てそうにないと言う想いを黙々と自分の中で陳謝する。

 彼女は自分を救ってくれた人の事を信じている。
 その人が「やれば、できる」と言ってくれたのだ。
 それに現にやってみれば出来た事も多い。
 それに「出来ない」とか「無理」とか「何でここに壁があるんだ!」と不平不満を漏らすのも好きではないし逆に何も出来なさそうなので口にしたくはない。
 とにかく、どうやれば攻略できるかその一点で考える。



「この後のアテは?」

「無い」

「……どうしようか?」



 早速、つまずいた。
 シンに会った事は良いが、何をすれば良いかの目通しが早くも消えた。
 その時、アリシアは不意に1機のワイバーンMkⅢの残骸を見た。
 肢体は削れ、未だコックピットブロックが残り、中が見えている状態だった。
 そこには血が流れていた。

 コックピット越しに人の形が見えた。
 だが、目を凝らして事実を認識した時、それがもう人の形はしていなかった事が分かった。
 何処の誰かは分からないが分かった事があった。
 それは自分と同い年くらいの男の子の頭だった。

 胴体があるかは定かではない。
 アリシアは思わず口を塞ぐ。

 慣れてはいた。
 シュミレーターで実戦でも少なからず見た光景だ。

 慣れているはずなのに何か思うところがあるせいか、何かいつもと違うモノを見たような不快感を覚えた。
 アリシアは吐きそうな気持ちを堪え、ゴクリと飲み込む。
 慣れてはいるがやはり兵士としてもメンタル適正が低いせいか、今でも完全には慣れていない。



「大丈夫か?」



 シンは気遣う様に尋ねた。
 それなりに経験を積んでいるのもあり、今の素振りでアリシアがどんな人間か理解できた。
 無理をしてでも目的を遂行するタイプだ。
 そう言うタイプは危うさを窺わせる。



「えぇ……大丈夫。少し驚いただけだよ」

「そうか」



 シンはそれ以上詮索しなかった。
 下手に人の心を抉るのも良くはない。
 誰しも弱点はある。
 味方になってくれるかも知れない人間の弱点をわざわざ、抉る必要などない。
 あるとしても遠回しに言えば良いだけだ。
 わざわざ、ストレートに言っても個人の自己主張と思われるだけだ。
 尤も敵なら番外戦術で容赦なく抉るかも知れないが……。



「何処も変わらないな。奪われる者はより奪われ、得る者はより得る」

「この子達は一体?」

「放火を知っているか?」

「……!」



 アリシアの顔が急変した。
 その言葉で真実が見えたからだ。
 その仕草をシンは感じ取る。



「どうやら知っているんだな」

「じゃあ。この人達は……」

「おそらく……な」

「まさか……無理矢理……」

「無理矢理なんて生易しいものじゃない。薬や催眠術何かを使って反抗意志すら奪ったんだろう。只の命令だけだと確実に自爆しないからな。胸糞悪い話だ」



 シンはまるですべてを知っているかの様に断言して答えた。
 その話を聴くと自分はまだ、反抗意志を抜き取られていなかっただけマシに思えた。
 あそこで反発していなければ、自分はここまで強くなろうとも思わなかっただろう。
 ここまで自分に冷酷に振る舞う事もしなかった。
 不幸な事ではあったが、反抗意志を残してくれた目に見えない誰かには感謝したくらいだ。



「あなたは何度も見て来たの?」

「今回の件とよく似た事は何度も見て来た。証拠は無いが放火犯が良く使う手だ。戦災孤児ならゴミのようにいると考えてるのさ。奴らはな」

「よく使う手……」



 アリシアは急に不安になって来た。
 自分とは違い放火の被害を受けた親友達はどうなったのか、気になり始める。
 今回の様な事に利用されて死んでいないか?将又何かの実験台にされたりされていないか?もしくは既に自分が討ってしまったのでは……そんな嫌な連想ゲームが続いてしまう。



「何を考えてるか想像が付くが今は考えるな。どの道お前が生きていないと何も出来ないぞ。自分が生きる事を考えろ。自分を救えない者は何も救えない。それは他者すら傷つける」



 彼の言わんとする事が分かる気がした。
 かつて、鬱だった自分は自分が自分で居られる様にする為に相手の機嫌や様子を伺い相手に奉仕する事を考えていた。
 しかし、違う。

 それは相手に縋っているだけで相手の為にやっている様で実は相手を傷つけ、次第に相手を遠ざけるのだ。
 だから、人からどう見られるか関係ない。
 自分を大切にする事が相手を大切にする事なのだ。

 アリシア自身は今の自分の扱いは自分を大切に思うが、故にやっている事だ。
 吉火から度が過ぎる過酷な訓練と言われようとそうなのだ。
 だから、シンが言わんとする事が分かる。
 きっと彼も似たような経験をしたのだと思う。



「分かった。ゴメン。目が覚めたよ」

「いや、ちゃんと立ち直れるなら良い」



 シンは相変わらず不愛想に素っ気なく答える。
 アリシアとしても無駄口を叩くよりも寡黙、謹厳な人間の方が好きだ。
 そう言うタイプの男性が好みとも言える。



「あなたって優しんだね」



 アリシアは微笑んで彼に答えた。
 その言葉にシンは言葉が詰まり、微かに眉が動く。
 何か不意を突かれたような顔で見つめる。



「どうしたの?」

「あ、いや、何でもない」

『褒められる事に慣れていないだけです。お気になさる事はありません』



 シンの微かな仕草をテリスが説明した。



「お、おいやめろ!」



 シンは慌てて誤魔化そうとする。
 そう言われる事に慣れていない事と恥ずかしさがある様だ。



「それよりも今後の行動だ。どうするか……ペイント支部潰してみるか?今なら反撃されずに攻められる」



 彼は殊更、話を逸らすように次の行動を提示した。
 アリシアはさっきの事をさほど気にしていないので深く詮索はしなかったが、その行動に対してはしっかり意見を述べる。



「いや、やめた方が良いと思うよ。汚職していてもこの辺の治安維持はペイントによって成り立ってるし余計な被害が出る」

「余計な被害?必要経費じゃないのか?」



 彼は多少、怪訝な態度を取る。
 何かに苛立っているようにも思えた。



「どう言う事?」



「この地域の治安維持の為に彼らは犠牲に成った。それはこの地区の人間が望んだ事だ。その対価を支払うのが同義だ」



 アリシアの彼の意図を理解した。
 彼の言い分は何か異様な真っすぐさを感じた。
 人によっては歪な価値観かも知れない。
 でも、アリシアはそうは思わなかった。
 要するにシンは治安維持の為に何の罪もない彼らが死んだのは治安維持を行った者、強いてはそれを望んだ者達の意志行為なのだからその対価を支払うのが当然であり、彼らが後に被害を受けるのは必要経費だと言っているのだ。

 更に言えば、「商売において何かを買う為に無料で支払いする事は合法か?それは泥棒であり法的な罰則を受けるべきではないか?」ともシンは遠回しに言っているのだ。
 だから、シンにとって市民が死のうと知った事ではないと言う結論に成る。



「それはダメだよ」

「何だ?否定するのか?」



 シンは更に訝しげに不機嫌な顔をする。



「違うよ。あなたの意見を聴いた上で言っているの。確かに必要経費だけどそれを許容しちゃいけないよ」

「他人を犠牲にするなとか、正義の為とかか?」

「そんな訳ないでしょう」



 アリシアはハッキリと答えた。
 アリシア自身も人の正義感などどうでも良いと思っている。
 だが、問題はそこではない意識の問題だ。



「貴方の必要経費を許容すれば犠牲は確実に出る。でも、それって戦いを広げる事だよ。どんな事であれ犠牲を作れば犠牲を作る事を肯定してしまう。それが新たな犠牲を生む。それをしたら私達はニジェール支部とやっている事は変わらない。犠牲を出すなとは言わないけどそれを肯定してはいけない。少なくともそれが原因で私は戦う事に成った」



 シンは微かに眉を動かす。
 荒だった心を鎮めるような彼女の力ある声に押される。



「大義の為の犠牲でも対価の為の犠牲でも同じだよ。結局、犠牲に成る人間がいてその所為で戦いが広がる現実がある。犠牲をゼロには出来ないと思う。どれだけ取り繕っても目を背けても犠牲が生まれる。だけど、それに目を背けたら私は……私達は消費と言う犠牲を正当化してしまう事になる」



 アリシアの静かな静謐な声色と澄んで潤むような瞳が真っ直ぐシンを見つめる。
 シンは何かが心を刺激する様な感覚に襲われ、自分の信念が揺れた。
 それでいて彼女の言葉がストンと自分の心の中に落ちていく感覚だ。



「たしかにこの状況は人の意志でできた事だよ。その罪は償う事にはなると思う。でも、自分を犠牲にしないで他人を消費ぎせいするやり方に何の意味があるの?」

「それはイケナイよ……それを肯定したら……私達は、大義の為に消費ぎせいを容認する人達と同じに成ってしまう!」



 アリシアは涙ながらにシンに訴えかける。
 彼女はシンを否定するのではなく多くの人間の命よりもシンの魂のあり方を救おうと必要な言葉をぎこちないながらも懸命に伝えようとする。
 足りない言葉ではあったかも知れないが、懸命に伝えようと頑張っている姿はシンと今まで話した誰よりも誠意が深く、シンにはそれが心地よかった。




「やるなら、まず、自分の犠牲してからだよ。それでもダメならその時に裁くなりなんなりすれば良い」



 彼女の言葉がはシンの心に大きな振動を与えた。
 上手く伝えられない中でも必死に伝えようとする彼女の言おうとしている事が伝わる。




(消費を肯定するな……目を背けるなか……確かにそれをしてしまったら俺はあの悪魔と同じに成ってしまう……そんな事は!)



 彼の中には反面教師達がいた。
 その内の1人の女は平和主義を掲げながら戦いを巻き起こした台風の目の様な女……本人は本気で平和を……誰もが望む平和とやらを突き通そうとした。

 だが、それはシンにとって悪意のない悪意を振りまく質の悪いモノでしか無かった。
 純粋に感情的にそんな女と同族に成りたくは無かった。
 あの女は自分を変えるぎせい事はせず、世界ばかりを変えようとした悪魔なのだから……それにここまで自分の事を思い懸命に伝えてくれたアリシアの想いを無駄にすれば本当に自分は悪魔と変わらなくなる。



「そうだな……すまない。お前がいなかったら俺は……」

「良いの。気づいてくれたなら」



 アリシアは自分の事の様に嬉しそうに涙を拭う。
 やはり、彼には死んで欲しくはないとどこかで思っていた。
 殆ど、初対面なはずなのに彼の魂が死んでいく様を見ていられなかった。
 無意識に自分の体を労わる以上に彼の事を気にかけていた。



「アリシア。お前は変わっているな」

「よく言われるよ」

「俺もそうだ。だから何だろうな。俺の意見なんてまともに聴く奴はいなかった。今みたいな事を言えば、反論するか受け流すのが普通だ。「市民が犠牲に成っても良いなんてお前は碌でなしだ。悪だ」なんて言われた事もあった。そいつ等の言いたい事は理解できた。だが、俺は受け入れられなかった。だから、俺は同じ意見を通し続けた」

「わたしにはその人達の気持ちは分からないよ。正義、大義、常識の前にどんな消費でも正当化される。そこまでして守る価値がそれにあるのか?そんな事を考えてる。だから、思うんだ。この世に正義の味方なんていない。アニメみたいな正義の味方もいちゃいけなんだと思う。そんな人間がいたらその人は戦わずに済む戦いまで正義を成す為に戦う事を肯定する人だと思うから……少なくとも私はそんな人に命を預けたくない。無駄な戦いを増やす様な人といてもリスク多いだけだしそれなら貴方みたいに人に命を預けたい。正義の味方でない人の方が信用できる」



 シンは彼女の意見を黙って聴いた。
 彼女の意見は新鮮味があり、在り来たりな感じが無かった。
 自分だけの信念、彼女だけの正義がそこにある。

 彼にとって無性に心地よかった。
 そう思えるのは彼だけで他の人間がそうは思わなくても、それでも彼はそう感じたのだ。



「無駄なお喋りし過ぎたみたいだね」

「そうだな。お互い柄にもなくしゃべり過ぎたな」



 すると、レーダーに反応があった。
 PMCの増援だ。
 AIの無機質な勧告が流れる。



「撤退すべきだと思うけどどう?」

「賛成だ。ついでに情報収集を兼ねて共闘を提案する」

「賛成」

「なら、明日落ち合おう。場所は後で連絡する」

「了解。なら解散!」



 2人はそのまま必要な事だけを伝え、解散した。
 幸い敵の追撃は無くそのまま離脱出来た。

 あの機体にも恐らく、自爆特攻要員が乗っているのだろう。
 それと戦わなかったのは行幸と言えるだろう。

 撤退する中でシンは思わず微笑んでいた。
 その事に相棒が尋ねる。


『どうしました?いつになく機嫌が良いようですが?』

「あぁ、そうかもな。あんなにも熱くて清々しい気持ちにさせてくれる奴と会ったからな」



 彼の心の中にあった淀みが自然と消えているような気がして気持ちが軽かった。
 一歩間違えれば、悪い道に進んでいた気がする。
 彼は快調に機体を走らせる。
 いつになく気分の乗った機体は月夜に溶ける様な藍色のボディが風となり駆け抜ける。
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