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ルシファー事変

新発見と出会い

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 模擬戦の後、休息も兼ねて彼女の身体検査が行われた。
 あの未知の獣により細菌感染等により体に不調などがないか、正確に知るためだ。
 検査は輸送機に中でも行ったが詳しい検査も必要と考え、実施する事にした。

 血液検査や心電図、レントゲンなど様々な検査を行った。
 近代技術によりそれほど時間もかからず、結果が判明し全ての面で陰性である事は分かった。

 だが、同時に彼女の人体の謎も深まった。
 心電図を確認すると心臓の鼓動はかなり一泊が遅く、それでいて大きかった。
 それだけのかなりの心肺機能の高さが伺えるが、やはりと言うべきか人間規格の心臓の拍動ではなかった。
 少なくとも通常の人間の7倍近いパワーの心臓を持っている事が判明した。これは吉火を驚かせた。
 通常規格の心臓なら自身の体重の7倍の重さまでしか耐えられず、平均7G前後が限界とされる中で彼女は通常でこの出力を持っている。
 つまり、数値だけなら49Gに圧力に心臓が耐えられると言う事だ。

 明らかにどう考えても可笑しい。
 一体、どんな訓練を積んだらこんな化け物みたいな心臓ができるのか、吉火には全く想像できない。
 素直にデータだけを見れば、今の彼女は現代技術の粋を集めた最高水準の機動力を持った機体に乗せても心臓は余裕で耐えられるだろう。
 心臓以外の臓器の保証はできないが、心臓だけを見ればそう結論づけられる。

 ただ他の臓器の代謝活動はかなり活発で成長期とは言え、異常なレベルで高い。
 体も大きくなっており、臓器の機能は既に成人の機能代謝を優に超えている。
 断定はできないが、各臓器もかなり発達していると考えられる。
 更に驚いた事に彼女の細胞を調べて見ると寿命に関与するテロメアが伸びていた。
 装置で確認している最中、確かにテロメアがのだ。
 その事に吉火は開いた口が塞がらずなお、驚いた。

 これは医学的にも驚くべき新発見だった。
 テロメアを体内で合成させる研究は為されてきたが、成功した例は1つもない。
 それが出来れば、永遠に若々しい肉体で生きていられると言う事になるのだ。
 つまり、永遠の命を得たのと同じなのだ。
 彼女の肉体では15歳の肉体から更に若返りを続け、肉体年齢なら実年齢よりも若くなっている。
 それに伴い異常なまでの肉体回復能力、常人を凌ぐ身体能力と高い肉体ポテンシャルを獲得している。



「戦いが人を進化させると習った事があるが……だとしたら彼女はどんな戦いをしたんだ?」



 吉火の25年の実戦経験でもアリシアの様な人間はいなかった。
 思考加速空間を使っていた事を差し引いてもやはり異常だ。
 吉火はアリシアに一度自室で休む様に指示を出し、ATの映像履歴を見る装置を取り出した。



「履歴を調べてみるか」



 吉火も思考加速を行い、アリシアの記録を覗いた。
 脳の思考だけを加速させ、膨大な量の情報を閲覧する。
 流石に全てを閲覧は出来ないが、概要を見る事は出来る。
 そこにはアリシアの葛藤や苦悩全てが映っていた。

 今の彼女からは想像できないような黒い歴史をその時、初めて知った。
 この事は一生、吉火の頭に閉まっておいた方が彼女のトラウマを抉る事もないと判断した。
 徐々に窶れ、廃人になって枯れ果て……まるで何かに取り憑かれたように自分の首にナイフを突き立て死んでいく。
 何度も自殺をする度に彼女は窶れ死んだような目に変わり果て、それはもう醜い姿に変わっていく。

 吉火には何が起きたか、まるで分からなかった。
 心のどこかで怪訝な気持ちもあったが寧ろ、何故こんなどん底のような所からあんなに輝かしい彼女が生まれたのか?
 逆にそのストーリー性に惹かれ始めた。
 アリシア アイと言う人間のヒューマンストーリーをまるで映画を見るようにのめり込んでいた。

 ここまで来れば薄々、この状況を打破するほどのブレイクスルーと努力で這い上がる展開があるはずだと吉火は浮かれていた。
 やはり、どんな努力でその人なりの努力あってこそ物語は価値がある。

 無敵の力を偶々得てイキっているだけのストーリーでは面白みがない。
 アリシアのこれだけの負の歴史をカタルシスが一気に解放するのを吉火は待ち侘びた。
 まるでテレビに映るヒーローの逆転劇を待ち焦がれる子供の様に……。

 だが、4年目の一部映像は街中の裏路地に入った辺りからデータが消えていた。
 次に映像が戻った時、彼女は大通りに放り投げられていた。
 辺りにきょろきょろ見渡し何かを探しているようだった。
 その後、裏路地に入りビルの四方に囲まれた更地の前に止まり、手を胸に当て、何かを確かめるような仕草を見せた。



 ありがとう。確かに受け取りました



 その言葉の後、彼女の顔は晴れやかになっていた。
 吉火としてのその間に何があったのか非常に気になったが、その直後から彼女が変化し強く成ったのは分かった。
 映像を見るに連れ、吉火の開いた口が塞がらなかった。
 彼女の断末魔と阿鼻叫喚が映像から絶える事はなかった。

 寧ろ、歪にさえ思えた。人体が痛みを感じるのは自分の体の危険を知らせる為と言われている。
 なのに、彼女は痛みが増せば増すほど、まるで自分を殺すかのように追い込みをかけ寧ろ、その事に不敵に笑って見せていた。
 吉火は一種の不気味さを感じながらも神妙な態度でそれを最後まで観た。
 それから一息吐いて頭を軽く掻き毟り、デスクに置いてあるコーヒーを啜ってから感想を述べた。



「彼女は馬鹿だな。尊敬する意味で大馬鹿だ」



 吉火の想像を絶する訓練内容に呆れと脱帽感から敬意を込めて「馬鹿」と言ってしまった。
 一体、何が彼女をここまで駆り立てたのか、吉火には分からなかった。
 明らかに考え方が人間のモノではなかった。
 子供の頃の自分が抱いた正義感と言う名の欲が……彼女によって無残に破壊された音が聞こえた。

  彼女の強く重い覚悟の前に自分が抱いていた覚悟が踏み壊されていく。
  今の自分を推してもこの覚悟の前に霞んで見えてしまう。
  今の吉火や若い時の吉火に「同じ事をしろ」と言われたら「出来ない」と答える。

  コロンブスの卵と同じだ。ATがあれば誰でも出来ると言う話ではない。
  その時にしなかったのだから「出来ない」と言っているのと同じだ。
  彼女のやってきた事は普通の人間ならまずやらない。

 やろうとも考えず「無理」「出来ない」と一笑するだろう。
 だが、それが彼等の限界だ。
 「出来る」と考え、猛進した彼女とそこで明らかな差が生まれるのは自明なのだ。
 吉火はその時、ようやく分かった気がした。
 彼女は自分とは違う。彼女こそ真に英雄となるべき存在だと確信した。




 ◇◇◇




 1月下旬 極東基地
 核使用決定の数時間前。

 御刀 天音は協力者であるディーン コルスから齎された資料を閲覧していた。
 計画の要たる人物の資料に目を通すのは半ば義務だったが、見れば見るほど純粋の興味心が沸いてくる内容だった。
 まるで小説でも読む様に資料に釘付けになる。ある程度、読み終えてからディーンに感想を述べる。


「へ~。これまた凄い逸材がいたのね」

「お主に便宜を図って貰った甲斐はあったかな?」



 ディーンはまるで自分が褒められたように蓄えた白ひげを撫で、鼻の下を伸ばし誇らしげだった。



「得体の知れない怪物と戦えるならAP戦でも問題なさそうではあるわね。まぁ、まだ経験が浅そうだから油断は出来なさそうね」

「流石、極東の女神。言う事が違うの~」

「よしなさいよ。ところで1つ良いかしら?」

「何だ?」



 天音の眼差しが鋭くなり肝要に迫る質問を投げ掛ける。



「彼女、訓練の過程で自害感情に駆られてそれを克服しているのよね」

「報告ではそう聴いている……まさか、ルシファーにぶつけるのか?」



 ディーンは今、置かれている状況からそれを推移した。
 天音はこの後、ルシファーへの対策を検討する会議に参加する事になっている。
 本来なら極東方面の天音がアフリカ方面の作戦に関わる事はないが、今回は国家転覆の危険性が非常に高いと言う事もあり、世界中で出席可能な基地司令総出で作戦会議に召集された。

 三人寄れば文殊の知恵とも言う。
 それだけルシファーと言う敵が難敵なのは事前資料から見て明らかだった。



「どうかしらね」



 天音ははぐらかした。



「少なくとも手持ちにカードがあるならそれを使わない手はないでしょう?それに相手の特性と似ているからね。もしかすると一番そう言った事に耐性があるかも……て、考えるわよ」



 天音はあくまで手段として客観的にアリシアと言う戦力を評価し、その有用性に着眼したに過ぎない。
 凄い逸材とは思っていたが、それ以上の心情は持ち合わせてはいなかった。



「そうだろうな。恐らく、唯一抗える人間じゃろうな」

「まぁ、この数値、同い年の私が見たら絶対ムキになりそうなくらい……と言うか。今の私が見ても羨ましいとすら思える数値よ。並の精神力じゃ無理ね。自害感情なんて得体の知れない物を乗り越えただけはあるわね」



 天音は1人で感心し神妙に頷いていた。
 滝川 吉火の報告を見る限りでは1年間近く鬱状態で自害感情に駆られ、苦しんでいた時期がある様だ。
 それが恐らく、彼女に途轍もない精神力を与えたのだろう。
 その後、数年間で彼女は目覚ましいとも言える成長を遂げたと記録されている。
 資料に書いている事だけで判断すれば、自分には到底真似できないと言うしかないのが悔しい。
 彼女の戦いに対する思い入れと覚悟には嫉妬混じりの脱帽感を覚える。
 もしかすると、その辺の大人より大人しているかも知れないと思えるほどその覚悟が大きく見えた。



「これだけは言えるわ。もしかすると仕事を頼むかも知れない」

「もしかして、なのだな」

「能力の高さが異常なのは認める。でも、一個人にルシファーを対処させない。私がそれをさせるとしたら……余程追い詰められているんでしょうね」



 天音はあり得なさそうな可能性を深刻に真剣な顔で答える。
 指揮官とは常に最悪の事態を想定するものだ。
 あり得なさそうな事ではあるが、それが起きた時ほど怖いものがないのを彼女は知っている。



 ◇◇◇



 天音とディーンとの会話から1時間後



 アリシアは吉火と共に格納庫にいた。
 ここに来て初めて格納庫に入った。
 格納庫は地上ではなく地下に作られていた。
 NPが極秘である以上、人工衛星で未登録の格納庫がバレてしまうのは不味いからだ。
 出撃口も地下を通じて複数個所に存在する様に出来ている様だ。

 ただ、地下と言う事と極秘に作ったという事もあり、格納庫は何処か薄暗く、簡素で無機質な作りでそこまでの大きさもない。
 格納庫に入る機体はせいぜい8機だろう。
 そんな格納庫の一角の前にアリシアと吉火はいた。



「これが私の……」

「AN003“ネクシル”これがあなたの乗る相棒です」



 アリシアは自分の愛機となる機体を見つめる。
 アリシアがここに来た夜の時点で既に搬入が完了していた。

 それ以来1カ月くらい整備する以外は放置状態だった。
 なんとも不憫な想いをさせたようで申し訳ない気がした。
 蒼く輝く装甲が機体の気持ちを現すように暗く影を落とすように黒ずんでいた。

 その装甲は輝かしいガンメタリックブルーの機体だった。
 全体的に流線型のボディをしており、それそのものが鋭利の凶器の様で腕もそのものが鋭利の刃を思わせる。

 ツインアイはバイザーに隠れている。
 コバルトを基調としたクリア素材のバイザー越しに僅かにツインアイが透けて見える程度だ。
 アリシアはその機体ネクシルに目線を合わせる様にジーと見つめる。
 心が落ち着く様な気がした。
 まるでずっと見守っていてくれた様な……側にずっと居て……ずっと支えてくれていた様な安心感を覚える。
 何故か、の事を凄く信頼出来る。
 そんな感情が湧いて来る。



「機体には既に貴方が築いたジェットステップの概念と機構を入力しました。後は時間を経てば機体側でそれを反映、構築します」



 ネクシルの最大の特徴であり、最大の謎であるロジカライズシステム(理論具現化システム)
 機体にデータを組み込む事で理論的な装備などを自動で形成出力する事が可能な機能。
 本機搭載のOS TSが関与している事以外何も分かっていない。

 その分析も兼ねて早速、アリシアのジェットステップのデータを読み込ませた。
 目を凝らすと脚部の装甲が僅かに歪んで畝っていた。
 まるで空間が緩やかに歪んでいる様にも見える。
 それでいて装甲部が自然と増量している様にも見える。

 だとしたら、質量保存の法則はどうなっているのか?と言う疑問が浮かぶのはアリシアが根っからの技術者肌の所為なのかも知れない。

 だが、自分がとっさに考えて分かるならアクセル社はここまで苦労しないだろう。
 況して、NPをわざわざ作って自分をスカウトしたりもしない。
 それだけこの機体は特別と言えるのだろう。

 すると、隣に居た吉火に連絡が入った様だ。
 アリシアはそんな事よりもネクシルと言う機体を細部まで見るのに忙しく、吉火が喋っている間彼の事を気にせず、ずっと機体の周りをうろうろする。
 しばらく、連絡をしていると吉火がアリシアに取り次いだ。
 アリシアはネクシルから目を離すのが嫌だったようで少し不機嫌な顔を浮かべながら電話を受けた。
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