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ルシファー事変

悪魔の咆哮

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 リベンジャが基地に戻る少し前……エジプト基地にはリベンジャ1からの情報が送られた。
 3の4に対するフレンドリーファイヤを思わせる言動、その後の3の急変を簡潔に伝えた。
 基地で指揮を執っていた司令官は戦慄を覚えた。
 何か得体の知れない不穏な影が真後ろに迫っているかのような不安が過る。
 司令官は顔を真っ青にしてリベンジャ1に聴いた。



「リベンジャ3の付近にAPはいたか?」

「データリンク上APは存在しませんでした。また、救援に向かったC分隊もAPを捕捉したと言う報告は有りません」

「そうか……分かった。帰投してくれ」

「了解」



 通信が切れ司令官は思考する。
 リベンジャ3に起きた事を整理すれば、かの機体の仕業以外考えられない。
 しかし、システムの有効範囲内に入ったら確実にAPのレーダーに引っかかる。その謎が分からない。



(何故?)



 彼は目を背けていた。本当は分かっていたのだ。
 だが、その事実を認めてしまえば自分達に勝ち目はない。
 だから、別の可能性を模索したそんな事実はないと正当化しようとした。
 もっともやつらは陸戦戦艦の戦力を削ぐのが目的だったのだろう。
 これ以上の追撃はないと考えた。




 ◇◇◇

 
「う~ん。どうやら敵は馬鹿の様ですね~」



 1機の機体が遠方から基地を眺めていた。
 パイロットは金髪に染めたモヒカンの男、いや、オカマだ。
 バラク オカマと言う有名なエースパイロットだ。オカマはまるで目の前にいる極上の獲物を喰らい付かんばかりに舌をペロリと回す。
 今にも喰い殺したと言う高揚感と悦が闘争心を掻き立てる。



「戦艦の戦力を削いだのはおまけ~。パワードスーツに追撃する為に貴方方は部隊をそちらに向かわせる。此方への警戒を怠る。況して、心理兵器を使われた可能性があれば無闇に探索もさせない。その間此方は再充填が完了した訳よ~。本当に馬鹿な奴ら……まさか、わたし達が誘拐なんかで政府の悪事を暴こうとしているなんて本気で思って……仮に公表してだからどうなると言うの?それで政府が転覆する訳でもあるまいし……誘拐そのモノがエジプト基地に戦力を集めて、一網打尽にして制圧する計画だって気づいてないみたいね。本当に馬鹿ね」


 バラク オカマは体をうねうねさせながら歓喜に打ち震えていた。
 その計画を立案してくれた協力者Fには感謝してもしきれない。
 これ以外にも複数のプランが用意され2重、3重の作戦などが検討されているのだ。
 ここまで政府が傀儡のように動いてくれたのは最早、愉悦すら感じる。
 オカマはAPのトリガーに手を添えた。



「さっきの試射で有効射程は分かりました。此処からなら貴方達に気付かれず、さっきよりも強力な”悪魔の誘惑”が撃てますよ。えぇ!撃ちますとも!」



 その機体ルシファーは背部にある2つのキャノンを前方に展開した。
 ツインアイのカメラに2本のブレードアンテナ白地を基調とした砂漠迷彩色が特徴的だ。
 両肩にはフレキシブルアーマが2枚搭載され、その堅牢な翼にはスラスターなどが内蔵されている。
 ルシファーの背部からはケーブルが伸び、複数機の太陽光発電システム付きの車両があった。



「ポインティングキャノン、システムコネクト。太陽光エネルギー充填完了。主炉エネルギー供給完了。さぁ、愚かな統合政府の犬ども!悪魔の裁きを喰らうが良い!」



 狂ったオカマは悪魔の引き金を引いた。
 悪魔の狂気の咆哮はエジプト基地に向け、真っ直ぐ轟かせる。
 直後、エジプト基地はレーダーのギリギリの範囲内で膨大なエネルギーを検知した。
 だが、その刹那の時間では彼等に出来ることはなかった。
 気付いた時には咆哮は基地に着弾した。
 基地を破壊する事も無く……静かで、それでいて多大な被害を出した。

 辺りが静まり返り、基地で目紛しく動いていた人の脚が止まり声も止んだ。
 一時の静寂が基地を支配した後、それは起きた。
 突然、基地の兵士達が叫び声をあげ、暴れ始めた。
 まるで気が触れたように狂気に駆られ、兵士達が暴れ始める。
 基地全体に影響を与える程の心理兵器の火力の前に誰も正気では無かった。
 全員の目はカッと見開き、焦点が合っていない。

 司令官ですら狂気した。
 銃を取り出し部下を射殺、管制室の部下も全員が取り憑かれた。
 人の首を絞め殺し、銃殺を繰り返した。
 後に自らの命を泣きながら絶つ。
 そんな事が基地全体で起きていた。
 目に付く命を殺した後に自害する。
 無法と無規律な虐殺が基地では各所で行われ、誰も止める者はいない。
 周囲の衛生兵が一斉に錯乱を始めた。
 負傷者も我先にと首を絞め始め、衛生兵も患者を殺し自害を繰り返す。
 その支配に抗う者は悲鳴とも断末魔とも取れる声を響かせて狂気に満ちていた。



「かっっあぁぁぁぁぁ!うぁぁぁぁぁこれはまさかぁぁぁぁぁルシファーの!えい!くそ!」



 グスタフ マクレーンも例外ではない。右脚を失ったマクレーンはベッドから動けない。
 その所為で狂気と化した衛生兵に襲われる羽目になっていた。
 腕や左脚で払うが、それと同時に自身に対する自害意識が洗脳を始める。



「くそ!テロリストども!私は!屈しはしないぞ!何としてもお前達を!」



 すると、グスタフは床に転がる音に気づいた。
 あるものを目にした。そこには”トリゾムラ”と書かれた小瓶があった。それは睡眠剤だった。
 それはグスタフにとってのプレゼントだったのかも知れない。




(待てよ、もしや……)





 一か八かだったがグスタフはベッドから飛び降り、その小瓶に飛び付いた。
 小瓶を手に取り中身を開け、錠剤を飲めるだけ飲み込んだ。
 そして、意識が混濁を始め、グスタフはその場に倒れた。
 死体の様に転がったグスタフには目もくれず、基地全体では銃が乱射され、ナイフで自害する者達の呻きと叫びが木霊した。





 ◇◇◇



 2342年1月下旬



「さて、引きこもり娘を起こしに行きますか」



 吉火は無断でトレーニングマシンを延長使用した娘を起こしに行く事にした。
 それでも放って置いたのは、彼女がある種の天才肌で自分のやる事を自分で決めさせた方が効率が良いと判断したからだ。
 だが、APの操縦をさせる前に我流を入れ過ぎるのも不味い。
 ある程度、矯正も必要だろう。

 延長ボタンを押して10年の修練を行った事で何処まで行ったのか、正直楽しみだ。
 延長ボタンを押すとは思わなかったが、尤も適性が低いので経験値で補って1流程度になれば上出来だろうと高を括っていた。
 これから色んな事を教え、完成品に近づけようと考えた。
 そして、カプセルのある部屋に入った。
 パネルを操作、カプセルを開けた。彼女の事は30日間放っておいた。

 つまり、彼女自身は睡眠時間を差し引くと10年近い経験を積んだのだろう。
 彼はアリシアと対面した。そこには眠れる白雪姫の様に装置でじっと眠りについている彼女がいた。

 そして、気づく。外見はあの時よりもかなり逞しさを帯びている。
 眼を見張るほどの逞しさを連想させる。
 まるで獰猛な獣と連想できるほど力強いと理解できる。
 吉火は見た目で大体の体力を測れるが、これはかなりの上物と分かる。



「大分、苦労した様ですね」



 静かに眠っているが体付きや滲み出る覇気と威圧感が目に取れる。
 彼女にとっての10年はかなりハードな10年だったのはそこから窺い知れた。



「さて、そろそろ起こしますか」



 吉火はソッと彼女の右肩に触れようとした。
 その時、吉火は魔が差した。「少し試してみるか」そんなイタズラ心を出してしまった。
 多少、殺気を込めながら彼女の肩に触れた。その時である。



「えぇ……」



 気づいた時には彼の体は宙舞い上がった。その一瞬、目が合った。
 彼女が顔に見合わない目付きでギロリと此方を見ていた。
 まるで敵を鎖付きの杭で差し込み、逃がさないとばかりにこちらを鬼の形相で睨んでいた。

 そのまま吉火は地面に落とされ、気づけば自分の懐の銃を奪われ、口の中に突きつけられていた。戦慄した。
 自分が一瞬も気づく事なく反撃も出来ずに制された。
 彼女はこちらを見つめる。
 その瞳は真っ直ぐで喰いついて此方を離そうとしない。
 目から溢れる闘志と輝き、まるで死地に何度も赴き生き残った戦士の目だった。
 しかも、吉火はこれ程の輝きを知らない。何の不純すら含まない。
 ただ、純粋に生き残る、勝ち抜く。そう言った生存本能を研ぎ澄ませる様な瞳に生唾の飲み込む。
 アリシアはその瞳で見つめた後、何かを悟ったようにゆっくりと銃を口から抜いた。
 そして、瞳の色が変わり多少、戸惑いながら口籠もりながら話しかけてきた。



「あぁ、吉火さん……ですよね。お久しぶりです」



 その眼はさっきとは打って変わって暖かくまるで大きく包み込む様な抱擁的な瞳に変わったアリシアが吉火を見つめる。



「あ、あぁ……久しぶり」

「ごめんなさい。つい、防衛しちゃって……」

「あ、いやぁ……すまない。こっちも脅かす様な事をした」

「良いんです。反撃したのは私ですから……あの1つ良いですか?」

「なんだ?」

「今、何年何月ですか?」

「2342年1月27日だ」

「本当に?アレから30日しか経ってないんですね」



 彼女からすれば吉火は10年近く前の人に成る。
 理屈で言えば、彼女の精神年齢は25歳と言う事に成るが……あまり変わっている様には見えない。
 さっき戸惑っていたのも、昔の事で記憶が不確かになっていたのを確認する為だったと考えると得心はできる。
 そもそも、彼女との関わりは数日に満たないのだから吉火自身が気付いていない。もしくは、分からないと言うのが妥当だろう。



「それで成果はどうでしたか?何か掴めましたか?」



 アレだけの反撃が出来たのだから相当なモノなのは間違いないが、本人の口から聴いてみたく成った。



「まだ未熟です。まだまだ改良の余地もありますし覚悟も全然足りない。プロと呼ぶには程遠いです。ようやく、AP応用に入ったって、所です」



 吉火は今の言葉に疑問を覚え「えぇ?」と首を傾げた。



「AP基礎を受けたのか?」

「何を今更、それが課題だったでしょ?」

「まぁ……確かにそうだが」

「それにAT基礎が終わったらAT応用まで用意していたじゃないですか?」





(可笑しいな。わたしが課題を出すのはこの後の事だ。AP基礎どころか既に応用を受けているだと?)





 本来の予定なら本来の課題(AP基礎)を行ったとAP関連(AP応用)をATから降りた後に行うはずだった。
 だが、聞いた話明らかに計画にズレが生じていた。



「済まない。変な事を聴くが何故受けたんですか?」

「ふぇ?ダメでしたか?」

「ボカした様な言い方をした私が悪いんだが、AP基礎はこの後教える課題だったんだ。シュミレーター内でも確かに可能だが、出来ない様に設定してあった筈だ」

「ふぇ!じゃあのメールの吉火さんじゃないんですか!?」

「……私ではないな……成る程、仮想空間の特性上私以外に設定者はいない。だがら、君はそう考えたのか」

「はい。えーと御免なさい。勝手な事をして……」



 アリシアは本当に申し訳なそうに慇懃に頭を深々と下げ、萎む。
 10年経とうと感情の起伏は豊かなようで見てて面白いし可愛らしくも思う。



「いや、私が傍にはいない中だ。1人で判断するしかない。それにそれが正常だ。謝る事はない。しかし、そう成ると誰が設定した?」



 NPの存在が外部に漏れているのか?例の勢力に干渉か?だが、与えた規模はあまりに小さい。妨害工作とは言えない。
 寧ろ、アリシアの成長を促しっている様だ。
 すると、アリシアがフラリとその場に倒れる。
 吉火はそれを抱えた。



「大丈夫か?」

「ちょっと向こうで無理しちゃったかな……疲れた。それに……」



 すると、彼女の腹の虫が鳴った。



「お腹すいた……」



 吉火は微笑ましく受け止めた。
 何はともあれ、かなり頑張った事は明らかでそれは微笑ましい。
 ご褒美は出さないとならないと思えた。



「分かりました。少し休んでいて下さい。何か作って来ましょう。何か要望はありますか?好きなだけ食べて良いですよ」



 すると、吉火にもたれていたアリシアは自立し吉火の目を見つめ、目を輝かせる。
 いきなり、朗らかな笑みを浮かべて「なら、ハンバーグ!」と快活に答えた。
 その目はさっきまでの覇気とは打って変わり、まるで素直な子供のように潤んだ瞳で吉火に迫る。
 その素直で純粋な勢いに気圧られ、よく考えもせず「分かりました、用意します」と二つ返事で答えてしまった。
 後々、もう少し考えると言うよりは察しておけば良かったと思った。



 アリシアは疲れた体を無理に起こし自立した。
 吉火はもたれ方からアリシアはかなり衰弱していると見ていた。
 あのもたれ方はもう意識が途切れそうな人間のもたれ方だったが、彼女はそれを忘れさせるほど朗らかな笑みを浮かべている。
 さっきまでの衰弱が嘘のようだ。
 恐ろしいまでの精神力とタフさに舌を巻くほどだ。



「あの厚かましいかも知れませんがもう1つお願い良いですか?」

「なんです?」

「ダイレクトスーツのサイズ換えられますか?その……少しきつくて……」



 彼女の体格は始めた時よりも逞しく大きく成っていた。
 全体的に急激なパンプアップしているので、このサイズはきつい様で気になる様だ。
 モジモジしながら、両足を挟み込んだりしている。
 普通は着る時にきつくてもフィットさせれば気に成らない様に出来ている。
 だが、彼女の急激な体格変化には対応出来なかった様だ。
 流石にあの異常な戦闘能力を見れば、どんな訓練をしていたか知らないが、並々ならぬ努力をした事は伺える。

 それこそ吉火を戦慄させるほどの努力だ。
 きっと血の滲むような努力をしたに違いないと確信出来る。
 それならダイレクトスーツのサイズの変えねばならないのは道理だ。
 寧ろ、頑張っている人間に何かを施すなら吉火は厚かましいなど思わず喜んで引き受ける。



「分かりました。直ぐに替えを用意します」

「吉火さん」

「何です?」

「これから始まりです。本当の意味で宜しくお願いします」



 アリシアは吉火に握手を求めた。
 吉火はアリシアの瞳を見た。
 さっきとは違い、殺気は無い穏やかで柔らかい物腰をしており、どこか人を落ち着かせる深い泉のような印象を受ける。
 蒼い瞳がまるで海を連想させるほど深く暖かい色合いを出している。
 見た目もそうだが、内面もかなり美人になって雰囲気も子供から片足を抜いているくらいには大人びて見える。
 初めて見たときのアリシアは既にそこにはいなかった。
 堂々とした力強い雰囲気があの小心者で泣きじゃくっていたか弱い面影はもう無かった。



「あぁ。こちらこそ宜しく」



 吉火は握手を交わした。
 その自然と握られた手は女性らしい繊細さと洗練さを感じさせる力強さがあった。
 指先1つ1つにまで呼吸をするように意識を研ぎ澄まし動かされている。
 指先の指使い一つとっても、きめ細かでありながら、決して弱々しさを感じさせない。
 1本1本の指で吉火の気配を感じ探るように触れ合う。
 1本で吉火の力加減を事細かに感じ取り、2本3本と増やす度にその精度が増す。
 僅かな間で探り合う様に感じ取り、一番心地よく握れる場所を握る。
 その手先から確かに伝わる彼女の優しく、力強く、温かい彼女の温もりを感じさせる小さく、大きな手だった。



 ◇◇◇


 誘拐事件から十数日後

 エジプトの情勢は変わった。
 統合軍の拠点で在ったエジプト基地が壊滅した事で治安が一気に悪化。
 辺りには散発する様にテロが起き、街の治安は悪くなる一方だ。
 防衛の要だったエジプト基地の陥落は首都であったカイロの陥落でもあった。
 エジプト基地は今や敵の橋頭堡となってしまった。
 既に首都機能は麻痺し街の市民は警察が守っていた。
 だが、武装したテロリストに敵うべくもなく防衛線は次々突破、市民はシェルターに避難した。
 しかし、逃げ遅れた者は殺され、誘拐され、凌辱にあった。
 逃げた市民はシェルターに避難できた。
 それでも政府の準備が遅れていたせいで食料は数日分しかなく後は破滅を待つばかりだ。

 只の誘拐テロから始まった事件は一気に世界の脅威へと拡大、サレムの騎士による声明でエジプト基地を陥落された事実は世界中に広まった。
 更に厄介な事にカイロにはカイロ条約が締結された地でもあり、世界中の武器を管理統括するカイロ武装局が存在する。
 そこには兵器データだけではなく試作実験用の兵器の実物も管理されている。

 試作実験用ではあるが、中には特化戦術を可能にした兵器も存在する。
 APの汎用性と拡張性の高さ故に生まれたような、電子戦特化型のAPや単独制圧能力に秀でたAPも存在し、中にはルシファータイプの試作機も保管されていた。
 統合軍も彼に対して奪還作戦を開始したが、エジプト基地の防衛力に加え、それらの特化型APを前に敗走するしかなかった。
 この戦闘で特化型APの破壊は成功したが、他の試作機やルシファータイプの試作機は既にどこかに流れてしまっていた。

 今、エジプトへの入国は完全に禁止された。孤立無援の孤島と化したエジプトは実質サレムの騎士の国に成ったと言って良い状態に成っていた。
 その数日前サレムの騎士は声明を出し以下の事を要求した。

「統合政府は我々の要求に応じず反攻作戦を行おうとした。今回の件で統合政府が対話不能な獣である事は理解した。これはその報いだ。我々はこれよりエジプトとその周辺国の我が属国とする。統合政府はエジプト周辺の領土を明け渡せ、さもなくば次の被害者が出る事になる」と言うモノだ。
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