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ルシファー事変

才能が無い新兵

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 数日後



「コラァァァ!トロトロ走るな!」

「はぁ……はぁ……」

「3分遅延だ。もっと速く走れ!」

「はっはい!」



 朝から、いきなり10km走らされる。
 慣れない事に心臓がバクバクと鼓動し、手足が自然と火照り脚にも慣れない負荷に骨に響き痛む。
 アリシアは文句一つ漏らす事なく黙々とやっていた。
 でも、そんな中でも頭の中にはあの時のフラッシュバックが過り、ある時の惨状、あの時の慚愧が自分を責め立てるように頭に浮かぶ。
 首を振り、全力で走りそれを忘れようとするが忘れられない。



「やはり、未だ折り合いが付かないか」



 吉火は彼女の様子を遠目から観察していた。
 ある程度分かってはいたが時折、ランニング中でもトラウマに囚われる様に注意散漫になっていた。
 慣れない環境で余裕が無いはずの中で逆に考えようとするのだから、ある種才能だ。
 絶望的な中でも最後まで考える事が出来る者は生存率が高い。
 その意味では、良い素質がある。
 だが、使い方を間違っている。余計な事を考え過ぎるのはかえって邪魔だ。

 それに秀でているのは、そこだけだ。
 ランニング前に他の適性を調べたが、高いとは言えない。
 はっきり言えば、兵士に向いているとは言えない値だ。
 やる気はあるのだが、身体能力は高いとは言えないレベルのものだ。

 余計な事を考え過ぎて、反応速度も良いとも言えない。
 況して、命令を正しく的確に受け取れない時がある。
 少し前も「部屋の掃除をしてください」と頼んだ。
 本来なら10分あれば終わるはずが1、2時間経っても終わらず、様子を見に行ったが自室におらず探しまわった。
 すると、頼んでもいないのに厨房も掃除していた。

 なんでか問いただすと「部屋の掃除をしろと言う命令でしたので全部の部屋を掃除しています」と彼女は答えた。
 吉火は自分の部屋を掃除すれば良いと言ったつもりだったが、どうやら「部屋」という単語を深読みしてまるで別の行動を取ったようだ。

 このように命令を正しく受け取れないのは、本人の頭の回転が速過ぎて深読みするからだ。
 だが、それが兵士としての適性を下げているのも事実だ。
 そう言うのは深読みせずにそのまま受け取って欲しいが、彼女は普通に対応しているつもりなのだと考えられた。

 それから数日間、基礎訓練をやりながら様々な適性を見た。
 格闘適性、射撃適性、体力適性等様々な項目を見た。
 だが、どれも平均以下だった。
 システマを軽くやっていたとの事で格闘能力が少し秀でている程度だ。
 だが、兵士として望ましいとは言えない。
 落ちこぼれと言うのが妥当だろう。尤も雑用をやらせると不平不満一つ漏らさず、真面目にやるあたり従順さがあるのは伺える。
 雑用1つ、満足に出来ない人間は兵士としてはやっていけないという意味では最低限の能力は確かにあると言える。



「さて、これをどう修正すべきか……」



 吉火は徐に手持ちのタブレットPCを覗いた。



「案外、この装置の出番は早いかもな」



 そこにはカプセルベッド型の装置が記載され「AT」と書かれていた。
 才能が無いなら、それを埋めるだけの何かを用意しないとならないと考え、用意していたアクセル社の秘蔵軍備品だ。
 ただ、この装置があるからと言って能力が上がる訳ではない。
 全ては本人のやる気次第なのだ。彼女は少なくともやる気はある。
 使えば、上手く使い熟してくれるはずだ。
 後はどのタイミングで使うか、だけだ。
 そんな事を考えながら、ランニングや行軍の訓練の後、2人で教室に向かう事にした。これから座学の授業だ。
 


「……」



 迷彩ズボンとタンクトップに着替えたアリシアは座学を受けるところだ。
 10km走に続き、完全装備で10km行軍、更にダミー銃を持っての匍匐前進等慣れない事をし過ぎて、完全にフリーズしている。
 実際、予定と違いアリシアの散漫さが見られた事で負荷を上げて、余裕を無くし忘れさせようとした。
 しかし、根が深く散漫さはこれでも消えなかった。
 ある意味、ここまで来ると脱帽するレベルの思考力と精神力かもしれないとは思う。
 だが、やはり意識の散漫さが足枷になっているのは否めない。



「大丈夫か?」



  吉火はアリシアを気遣う。やはり、成長期の女の子にハードなトレーニングを強いるのは、成長の妨げになる可能性もある。
 慣れていれば多少、問題ないがこの数日いきなりハードなトレーニングを課しているのはやはり心配なところはある。
 況して、NPにとってアリシアはTS解読の為の唯一のカギだ。
 軽々に扱う事も出来ない。万が一に体調を崩されるとどうなるかも予想がつかない。

 

「……話、聴くくらいの余裕はあります」



 体力の余裕はもうギリギリの様で、余裕の無さが伺える。
 だが、皮肉にも散漫さは今でも健在だ。
 やはり、少しの事でフラッシュバックが起きる様でかなり繊細だ。

(言葉は選ばないとな)
 
 下手な事を言って散漫に成ったら、座学に再度集中し難いタイプだ。
 別の言い方すれば、1つの事に拘るのは集中が非常に高い。
 能力を本人が活かしきれていないのが、今後の課題だ。
 吉火はそこを留意しながら座学を始めた。



「まずはAPについてです」



 吉火は電子黒板に白い字でAPと書き記し、その周りを赤字で囲む。
 吉火はその赤枠を基軸に色んな事を書いていく。内容はこんな感じだ。



 APアーマードパフォーマーとは、大戦初期に開発された人型兵器である。
 APの基本思想にはコンピューターに依存しない兵器と言うコンセプトあり、大戦中に電子戦装備が発達し過ぎた為に既存兵器が使えなく成ったと言う小康状態を打破する為に作られた。

 大戦初期の戦闘では一時期、旧型兵器とHPMハイパワーマイクロウェーブが使われライフルマンが闊歩する第1、2次大戦の様な戦争が一時的に行われたほどだ。
 それも全てHPMの技術進歩が加速し、より強力により広範囲に展開出来るように成った事に起因する。
 コンピューターに頼っていた兵器がそれを機に全て無力化された。
 しかし、人間とは知恵を使って問題を打破したがる。
 斑鳩重工主導で既存兵器に代わる新兵器として開発されたのが、初のAP”T1トルーパーワン”だった。

 T1には既存兵器には無い3次元的な機動性、運動性と重心変化機構が備わっていた。
 重心変化機構を使い分ける事で陸戦兵器としての機体重心と空戦兵器として機体重心を切り替え、それを運動性に活かす事で破格に運動スペックを得た。
 また、空戦時は戦闘機形態と言うモノになり流体力学的な観点から両脚部を開き、スラスターを主翼として展開し、両腕は飛び込みの姿勢のような形で飛行し背部マウントハンガーの武装を使っての空戦が可能となっている。

 それに加え、ブラックボックスと言う高度な電磁波保護容器にコンピューターを内蔵する事でHPMから保護され、コンピューターをHPM下でも安定した運用を可能とし人間運動を拡大したのがAPだ。
 T1はその前提に大幅改修が想定されており、カスタマイズをする事でその能力を拡張し易く成っている。
 現在のAPの全てがこのT1の拡張性が生んだT1の血族と言える。



「ここまでで何かあるか?」



 吉火は1回、話を区切り質問をする時間を設ける。
 やはり、対話式の授業の方が子供の教育には良い。質問がし易くその方が知性が増すからだ。
 加えて、アリシアのようなタイプはその方が良い。
 知性に対する好奇心が旺盛なのか、支給されたタブレットノートには綺麗な文体でびっしりと敷き詰められていた。



「あります」

「なんです?」

「HPM下ではAIはどうなるんですか?全く使えないのですか?」



 自分の使う機体が謎のOS。人工頭脳の様な判断をするなら当然、押さえておきたい質問だった。
 HPM下でAIがどんな挙動をするか、把握しておかねば、いざと言う時に何も出来ないからだ。



「機体の運動性に関わるモノ以外は使えます。ナビゲートや戦況報告等、AIは使われている。ですが、HPM下では機体の各部電子センサーに誤差が生じる。そうなるとAIに誤差が反映される。その誤差の累積を続けると戦闘に支障が出る。だから、AIによる戦闘行動は現時点で出来ないとされる。これで良いですか?」



 どうやら、オペレートさせる分には問題ない事とAPを使った運動に関する戦闘支援は期待できない事は理解出来たようだ。
 アリシアは意欲のある炯々な眼差しで次の質問をする。



「はい。なら、2つ目良いですか?」

「はい、良いですよ」

「APの根底には基本改造が必須なのは理解しました。でも、そのカスタマイズの構成は自作なんですか?完全に個人の自由にしたら部隊の統率に支障があると考えます。もしかして、軍や兵器会社で改造指南書とかあるんですか?」



 一瞬、吉火の眉が微かに動く。




(無知な状態からコレだけの情報でその根本に至るか……やはり、頭が良いな)




 吉火はアリシアの頭脳面の才覚を評価せざるを得ない。
 APの構成にはこう言った考えられる人間が強くなる条件だ。
 どうやら、物事の本質を捉えるのが得意なところは、かなり天才気質なところを伺わせる。
 バイクレーサーが自分のバイクを整備士では無く自分で整備し、改造する様なモノだ。
 そう言った人間が機体を熟知し易い。



「その通りです。軍や各兵器会社のアカウントを取得する事でカスタムデータベースにアクセスできます。所得データを基に改造や改良、参考にします。また、組織~兵士個人のカスタムデータを企業のサーバーに保管され自動で特許化されます」

「それは私も取れるんですか?」

「APのパイロットになる軍属は確実に所持出来ます。アクセル社所属の貴方も例外では無いです」

「分かりました。ありがとうございます」



  分からない事をちゃんと聴ける。その精神はもしかしたら、軍人よりは学者向けなのかも知れないと吉火は思った。
 もし、時代がもっと平穏だったなら、きっと高名な科学者としての人生が彼女には約束されていたと根拠はないが確信できた。
 だが、その未来は他でもない自分が奪ったと考えると、どうにも息苦しく今すぐにでもコーヒーを飲み落ち着きたくなる。
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