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「……あなたのことよ?」
事実そうなのだから、誤魔化しようがない。
いや、まあ、例のイオス城を吹き飛ばした誰かさんの正体は不明だけれども、それは横に置いておいて。
「結局、あなたの奉納試合見られなかったなって」
「それは――」
実は残念に思っていたのだ。
助けに来てくれたときのリカルドは、それはもう格好よかった。
けれども、彼の戦っているところは――そう、もっと綺麗な形で記憶に留めておきたいと思っている。
でも、この国ですら、リカルドとまともにやり合える人は存在しない。
奉納試合で3対1くらいでやらなければ、彼の本当の雄姿は見られないような気がする。だから、あの奉納試合は千載一遇のチャンスであったはずなのに。
(好きな人の戦っている姿を見たいって、わたし、ちょっとおかしいのかな……?)
普通だったら心配しそうなものだけれども、その感覚があまりないのだ。
(でも多分、それが、リカルドの本能の一部だから)
〈糸の神〉の加護のせいなのだろう。
戦闘時にしか見られない、リカルドの姿がある。
それがあまりに美しくて、いまだに忘れられない。
赤い髪が揺れる、あの後ろ姿が。
「む……」
なんて、リカルドのことを思い出しているのに、なぜそのリカルド本人が不機嫌になっているのだろう。
口を尖らせて、抗議の意を示してくる。
「どうして怒っているの?」
「怒っているわけではなく――」
「?」
一体何なのだろう。
セレスティナが小首を傾げると、リカルドはばつが悪そうに目を背ける。
「あなた、戦っているときの俺、好きだろう?」
それはもちろん好きに決まっている。
というよりも、今はリカルドが「セレスティナが彼のことを好きだ」と認識している事実を、はっきりと口にしてくれたことが感慨深い。
自己否定の塊だった彼が、よくここまで言ってくれるようになったものだと感動してしまう。
「だから。つまり、その――――」
――自分に、嫉妬しているだけで。
と、聞こえるか聞こえないかの掠れた声で、彼が呟いた。
「…………」
セレスティナは瞬いた。
ああもう――ああもう――!
「なんて可愛いの!」
思った言葉がそのまま口に出てしまい、ハッとする。
「か、可愛い……?」
「えっ、あ、えーっと、その……」
多分、リカルドはあまり好まない言葉だろう。でも、実際とても可愛く思えてしまうのだから仕方がない。
「そんなあなたも、好き、ってこと、なんだけど」
「……………………」
あまり納得はしてもらえていなさそうだ。
リカルドはこちらの顔をじーっと見たのち、何かを決意したかのように腕を伸ばしてくる。そのままセレスティナを横抱きにし、サッと立ち上がった。
「あなたのその認識を塗り変える必要があるな」
「えっえっえっ」
「――――今夜は覚悟してもらおうか」
黒曜石の瞳が、じっとりとした熱を秘めてこちらを見つめてくる。
前言撤回だ。
この底の見えない瞳に見つめられるだけで、セレスティナはドキドキが止まらなくなるのだ。
これ以上、格好いいところを見せられても困るだけなのだが、逃してもらえるはずがない。
「お手柔らかにお願いするわ」
「さて、どうしようか」
なんて、ちょっとだけ悪戯っ子みたいに口の端を上げる彼の表情も格好いい。
一緒に暮らすようになってから、こうした彼の一面が次々と見られるようになってきて、正直心臓が持たない。
彼は澱みのない足どりで、居間を闊歩していく。
屋敷で一番日当たりのいいこの部屋は、セレスティナの私室らしい内装のまま。
実際にはリカルドとふたりで使用しているわけだが、彼は頑なにこの内装を変えはしない。セレスティナを思わせる色彩に溢れたこの部屋にいると、セレスティナに包まれているようだから、と、言い張っているのだ。
結果的に、彼は一向に自室を持とうとしない。どんなときでもセレスティナと一緒にいる。その強い意志がこの部屋にも現れていた。
ソファーはふたりがけのものをひとつしか置かないし、テーブルや椅子もそう。
絶対に客人を迎えいれるつもりはないという、ふたりきりの部屋。ここで過ごしているときは離ればなれにすらなれないように、生活空間を制限されていることは知っている。
もしかしたら、それを窮屈に思う人もいるかもしれない。
けれども、セレスティナは違った。
(それでいいの)
想いが溢れて、セレスティナから腕を伸ばす。
リカルドの首に腕を回して、顔を近付け、そっとキスを贈る。
彼はそのままそっとベッドに下ろしてくれて、天蓋のカーテンをそっと解いた。フックがはずれ、ばさりとベッドを取り囲む。
部屋にはふたりしかいないのに、さらにこの狭い空間に閉じこもるのが彼はことさらお気に入りなのだ。
事実そうなのだから、誤魔化しようがない。
いや、まあ、例のイオス城を吹き飛ばした誰かさんの正体は不明だけれども、それは横に置いておいて。
「結局、あなたの奉納試合見られなかったなって」
「それは――」
実は残念に思っていたのだ。
助けに来てくれたときのリカルドは、それはもう格好よかった。
けれども、彼の戦っているところは――そう、もっと綺麗な形で記憶に留めておきたいと思っている。
でも、この国ですら、リカルドとまともにやり合える人は存在しない。
奉納試合で3対1くらいでやらなければ、彼の本当の雄姿は見られないような気がする。だから、あの奉納試合は千載一遇のチャンスであったはずなのに。
(好きな人の戦っている姿を見たいって、わたし、ちょっとおかしいのかな……?)
普通だったら心配しそうなものだけれども、その感覚があまりないのだ。
(でも多分、それが、リカルドの本能の一部だから)
〈糸の神〉の加護のせいなのだろう。
戦闘時にしか見られない、リカルドの姿がある。
それがあまりに美しくて、いまだに忘れられない。
赤い髪が揺れる、あの後ろ姿が。
「む……」
なんて、リカルドのことを思い出しているのに、なぜそのリカルド本人が不機嫌になっているのだろう。
口を尖らせて、抗議の意を示してくる。
「どうして怒っているの?」
「怒っているわけではなく――」
「?」
一体何なのだろう。
セレスティナが小首を傾げると、リカルドはばつが悪そうに目を背ける。
「あなた、戦っているときの俺、好きだろう?」
それはもちろん好きに決まっている。
というよりも、今はリカルドが「セレスティナが彼のことを好きだ」と認識している事実を、はっきりと口にしてくれたことが感慨深い。
自己否定の塊だった彼が、よくここまで言ってくれるようになったものだと感動してしまう。
「だから。つまり、その――――」
――自分に、嫉妬しているだけで。
と、聞こえるか聞こえないかの掠れた声で、彼が呟いた。
「…………」
セレスティナは瞬いた。
ああもう――ああもう――!
「なんて可愛いの!」
思った言葉がそのまま口に出てしまい、ハッとする。
「か、可愛い……?」
「えっ、あ、えーっと、その……」
多分、リカルドはあまり好まない言葉だろう。でも、実際とても可愛く思えてしまうのだから仕方がない。
「そんなあなたも、好き、ってこと、なんだけど」
「……………………」
あまり納得はしてもらえていなさそうだ。
リカルドはこちらの顔をじーっと見たのち、何かを決意したかのように腕を伸ばしてくる。そのままセレスティナを横抱きにし、サッと立ち上がった。
「あなたのその認識を塗り変える必要があるな」
「えっえっえっ」
「――――今夜は覚悟してもらおうか」
黒曜石の瞳が、じっとりとした熱を秘めてこちらを見つめてくる。
前言撤回だ。
この底の見えない瞳に見つめられるだけで、セレスティナはドキドキが止まらなくなるのだ。
これ以上、格好いいところを見せられても困るだけなのだが、逃してもらえるはずがない。
「お手柔らかにお願いするわ」
「さて、どうしようか」
なんて、ちょっとだけ悪戯っ子みたいに口の端を上げる彼の表情も格好いい。
一緒に暮らすようになってから、こうした彼の一面が次々と見られるようになってきて、正直心臓が持たない。
彼は澱みのない足どりで、居間を闊歩していく。
屋敷で一番日当たりのいいこの部屋は、セレスティナの私室らしい内装のまま。
実際にはリカルドとふたりで使用しているわけだが、彼は頑なにこの内装を変えはしない。セレスティナを思わせる色彩に溢れたこの部屋にいると、セレスティナに包まれているようだから、と、言い張っているのだ。
結果的に、彼は一向に自室を持とうとしない。どんなときでもセレスティナと一緒にいる。その強い意志がこの部屋にも現れていた。
ソファーはふたりがけのものをひとつしか置かないし、テーブルや椅子もそう。
絶対に客人を迎えいれるつもりはないという、ふたりきりの部屋。ここで過ごしているときは離ればなれにすらなれないように、生活空間を制限されていることは知っている。
もしかしたら、それを窮屈に思う人もいるかもしれない。
けれども、セレスティナは違った。
(それでいいの)
想いが溢れて、セレスティナから腕を伸ばす。
リカルドの首に腕を回して、顔を近付け、そっとキスを贈る。
彼はそのままそっとベッドに下ろしてくれて、天蓋のカーテンをそっと解いた。フックがはずれ、ばさりとベッドを取り囲む。
部屋にはふたりしかいないのに、さらにこの狭い空間に閉じこもるのが彼はことさらお気に入りなのだ。
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