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「っだ、い! だい! お前! 何を! 私が誰かわかっているのか!?」

 どうにか身体を起こして主張するも、そんなこと、わかっていて当然だ。
 セレスティナから2年という時間と魔力を根こそぎ奪った傲慢な男。離れてもなお、こちらを所有物扱いし、さらに兵器利用までしようとするこの男を捨て置けるわけがない。

 セレスティナはリカルドの腕からすり抜け、一歩、二歩と彼の前へと歩いていく。そうして右手を振りかぶり、全力で振りおろした。

 パァン! という高い音が、崩れた馬車の中に鳴りひびいた。

「…………」

 ラルフレットは、何が起こったのかわかっていないようだ。
 リカルドすら同じ。ぽかんと口を開けたまま、セレスティナのことを見ていた。

 ちょっと呆けた顔が愛らしい。リカルドの方を振り返り、ぺろっと舌を出してから、ラルフレットに向きなおる。

「どんなにわたしを欲しようと、あなたの元へはいかないわ! わたしは、リカルドの妻だもの! あなたのものにはならないし、兵器にもならない! この力だって利用させない! そんな馬鹿げたことをしようものなら――――」

 もう一度手を振り上げる。
 それだけで、ラルフレットはヒイッ! と声を上げ、身を縮こまらせた。
 ――ああ、本当にもう。
 こんな小さな男に振り回されていただなんて知らなかった!

 怒りを通りこして呆れてしまう。
 振り上げた手を下ろそうとしたところで、横にリカルドが歩いてきた。そして、床に転がった焼き印に描かれた魔法陣に目を向ける。

「なるほど。これで――――」

 彼は何かを考えているようだった。
 押し黙ったまま数秒、結論が出たらしく、ラルフレットに向きなおる。

「受け皿はどこだ」
「は?」
「この魔法陣から転送された魔力を受けとめる器があるだろう? 今すぐ吐け。それを吐いたら、命だけは――――」

 助けてやろう。
 そう続くはずが、リカルドはピタッと止まる。

「いや、ないな。俺のティナに触れたんだ。その身体を引きちぎり、カラスの餌にしてもまだ足りん。どうせ殺すが冥土の土産に聞いてやる。吐け」
「ヒイイイ!? そこは! 命だけは! 助けてくださいよ! 吐きます!! 吐きますから!!!」

 リカルドから放たれる殺気に本気を感じたのだろう。ラルフレットは膝を折りながら、必死で懇願する。
 ああ、本当に。
 どうしてこんな人に囚われていたのか。
 イオス王国から出ても、ずっと、ずっと。

(――――もう、暗い場所に閉じ込められても、平気)

 今のリカルドがそんなことをするとも思えないけれど。
 でも、暗がりは彼との思い出の場所に塗り替えられた。ラルフレットの幻影に追われる日々はもう終わりだ。

「――――――――――――、だからっ、イオス城の、地下に……っ!!」

 命乞いをしながら、ラルフレットは必死で訴えかけている。
 その間、リカルドは静かに話を聞きながらも、拾った焼き印に再び熱を込めていた。そんなことには気がつかず、ラルフレットはペラペラと、きっと国家機密であろうことを漏らし続ける。

「こ、これでいいだろう!? 私を、助けて――――」
「ああ、十分だ」

 リカルドはピクリとも笑わず、熱を込めていた焼き印をかざす。

「どこがいいかな」
「へ?」
「顔――――は、こんな厄介な魔法陣、他人の目に晒すのも厄介か。チィッ」
「あ、あのー……リカルド、さん?」

 敬称がついている。

「ならばここだな」
「あああああ、あの? り、リカルド、様……? ちょっと、落ち着きま、せんか?」

 びくびくと震えるラルフレットに向かって、リカルドはツイッと指を振った。それだけで、彼の身を包んでいた服がビリビリに引き裂かれる。
 女性が直視するにははしたないものまでバッチリ見てしまい、セレスティナは頬を押さえてそっぽ向いた。

「ここなら、みっともなくて、誰かに晒す気もなくなるだろう?」
「へ、え? あ? え??」
「何。貴様がセレスティナにやろうとしていたことを返すだけだ。命は助かるんだ。安いものだろう?」

 そう言い切るや否や、リカルドはその焼き印をラルフレットに押し付ける。
 どこに押し付けたのかは知らない。見ないことにしておこう。
 じゅううう、と肉が焼ける音と臭いを覚悟しているも、それが届く前に、セレスティナの周囲に小型の結界が張られていた。
 おそらく、リカルドのものだろう。セレスティナが知らないで済むようにしてくれたらしい。

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