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 そう断定するように言うけれど、セレスティナは恐ろしくて息を呑んだ。

 駄目だ。それだけは絶対に。
 ラルフレットは全然わかっていない。
 そんなことをしでかしてしまった日には、ラルフレットひとりの命だけですまない。下手をすると、彼の国、ひいては国民まで危険に晒されるような気がする。

 実際にそこまでの怒りを見たことはないものの、リカルドの執着心は本物だ。常人には計りしれない執愛を秘めた心の底を、かき混ぜてはいけない。

「駄目っ! やめて!!」

 ラルフレットへの恐怖ではない。
 リカルドへの恐怖に身震いし、セレスティナはふるふると首を横に振る。はじめて恐怖を露わにし、ラルフレットの嗜虐心がいくらか満たされたのか、彼は愉悦の表情を浮かべた。

 だが、違うのだ。そうではない。
 これはラルフレットと、彼の国の民のために恐怖しているのだ。
 絶対に駄目。何が何でも、セレスティナは自分の身を守らなくてはならない。

「駄目よ! リカルドが――」
「あの男の名を呼べば呼ぶほど、こちらは興奮するだけだ!」
「っ、この変態! あなたのために言っているのよ!」

 ラルフレットが手を伸ばしてくるも、それを必死で暴れて拒否をする。バタバタと両脚を暴れさせていると、それが見事にラルフレットの腹部に直撃した。
 ぐえっ! とカエルが潰れたような声が漏れるも、それがますます彼の執念に火を付けてしまったらしい。

「この女。少し痛い目を見たいようだな」

 そう言ってラルフレットは、後ろでニマニマこちらを見ていたユァンに手を差し出す。

「その気になるのが遅いですよ、王子様。もたもたしてたら、こわぁーいその子の旦那様が追ってきちゃいます」
「この女の夫は私だ!」
「えっ。あ、はいはい。そこ、こだわるのね。まあ、ワタシとしてはどちらでもいいですけど」

 ブツブツと文句を言いながら、ユァンは荷箱の中から何やら大きな金属の塊を取りだした。
 持ち手の先に、手の平ほどもある平らな金属がはめられており、そこには何かの紋様が描かれている。
 まるで大きな印章みたいだ――と認識するなり、目を疑った。ユァンが魔法で火を起こして、その金属の先を焼きはじめたのである。

「ちょちょーっと痛いと思うけど、我慢してくださいね? ワタシ、適性の範囲がすっごく狭くって。これ以上馬車のスピード上げるのとか、自分の力だけじゃちょっと難しいワケですよ。――だから、君の力をください。別にいいですよね? どうせ後で根こそぎ貰うワケだし」

 温度が上がってきたのか、金属の先が、みるみる変色していく。鋼の色から黒ずみ、やがて赤へ。それで何をしようとしているのか、否が応でも思い知らされる。

「ほら。これ、前にあなたのお腹の中に魔法陣刻んでたのに、なぜか消し去られちゃったでしょう? だから、今度はどうやっても消せないように、物理的に印、付けさせてもらおうって思って」
「この白い肌だ。どこに刻んでも映えるだろう」
「おや、王子様ったらそんな趣味が。でも、たしかに似合いそうですものね、清楚なこの方に焼き印って」

 ふたりして嗜虐趣味があるのかずっと楽しそうに呟いている。
 いよいよ用意が調ったのか、ユァンがこちらに一歩、また一歩と近付いてきた。
 ゾワゾワとした恐怖がこみ上げてきて、セレスティナはますます暴れようとするも、がっちり押さえ込んでしまえばそれもままならない。

「暴れるな! 手元が狂うぞ」

 ラルフレットはそう言いながら、懐からナイフを取り出した。わざとセレスティナに見えるようにそれをかざし、正面からドレスを切り裂いていく。
 ビリビリビリと、無残に布が裂かれる音が響き渡り、いよいよセレスティナの白い肌が露わになった。

「わぁーお。すごい愛されっぷりですね」

 その胸元。
 赤い華が無数に散っているのに気がついたらしく、ユァンが感心の声を上げる。一方のラルフレットは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「貸せ」

 ナイフを投げ捨てた代わりに、ユァンに向かって手を差し出す。ユァンも心得たとばかりに、焼き印をラルフレットに渡した。

「どこにつけるんです?」
「そんなもの、最も目立つ場所に決まっているだろう?」

 愉悦に表情を歪ませて、ラルフレットは焼き印をかざした。
 いよいよまずいと、どうにか身体を捩ろうとするも、ふたりがかりで取り押さえられてしまえばそれもままならない。

「やめて!!」

 焼き印が容赦なく近付いてくる。
 直接肌に触れたわけでもないのに、その熱に反応して肌がピリピリとした。
 いよいよ痛みを覚悟して、目を閉じたその瞬間――。



 ザンッ! と、鈍い音とともに、荷馬車が大きく揺れた。
 かと思うと、目の前にいたはずのラルフレットの存在が、一瞬で消える。
 瞳の端に映る黒。誰かの長い脚がラルフレットを蹴り飛ばしたのだと瞬時に理解した。



「貴様――本当に殺されたいようだな」

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