59 / 65
14−3
しおりを挟むそう断定するように言うけれど、セレスティナは恐ろしくて息を呑んだ。
駄目だ。それだけは絶対に。
ラルフレットは全然わかっていない。
そんなことをしでかしてしまった日には、ラルフレットひとりの命だけですまない。下手をすると、彼の国、ひいては国民まで危険に晒されるような気がする。
実際にそこまでの怒りを見たことはないものの、リカルドの執着心は本物だ。常人には計りしれない執愛を秘めた心の底を、かき混ぜてはいけない。
「駄目っ! やめて!!」
ラルフレットへの恐怖ではない。
リカルドへの恐怖に身震いし、セレスティナはふるふると首を横に振る。はじめて恐怖を露わにし、ラルフレットの嗜虐心がいくらか満たされたのか、彼は愉悦の表情を浮かべた。
だが、違うのだ。そうではない。
これはラルフレットと、彼の国の民のために恐怖しているのだ。
絶対に駄目。何が何でも、セレスティナは自分の身を守らなくてはならない。
「駄目よ! リカルドが――」
「あの男の名を呼べば呼ぶほど、こちらは興奮するだけだ!」
「っ、この変態! あなたのために言っているのよ!」
ラルフレットが手を伸ばしてくるも、それを必死で暴れて拒否をする。バタバタと両脚を暴れさせていると、それが見事にラルフレットの腹部に直撃した。
ぐえっ! とカエルが潰れたような声が漏れるも、それがますます彼の執念に火を付けてしまったらしい。
「この女。少し痛い目を見たいようだな」
そう言ってラルフレットは、後ろでニマニマこちらを見ていたユァンに手を差し出す。
「その気になるのが遅いですよ、王子様。もたもたしてたら、こわぁーいその子の旦那様が追ってきちゃいます」
「この女の夫は私だ!」
「えっ。あ、はいはい。そこ、こだわるのね。まあ、ワタシとしてはどちらでもいいですけど」
ブツブツと文句を言いながら、ユァンは荷箱の中から何やら大きな金属の塊を取りだした。
持ち手の先に、手の平ほどもある平らな金属がはめられており、そこには何かの紋様が描かれている。
まるで大きな印章みたいだ――と認識するなり、目を疑った。ユァンが魔法で火を起こして、その金属の先を焼きはじめたのである。
「ちょちょーっと痛いと思うけど、我慢してくださいね? ワタシ、適性の範囲がすっごく狭くって。これ以上馬車のスピード上げるのとか、自分の力だけじゃちょっと難しいワケですよ。――だから、君の力をください。別にいいですよね? どうせ後で根こそぎ貰うワケだし」
温度が上がってきたのか、金属の先が、みるみる変色していく。鋼の色から黒ずみ、やがて赤へ。それで何をしようとしているのか、否が応でも思い知らされる。
「ほら。これ、前にあなたのお腹の中に魔法陣刻んでたのに、なぜか消し去られちゃったでしょう? だから、今度はどうやっても消せないように、物理的に印、付けさせてもらおうって思って」
「この白い肌だ。どこに刻んでも映えるだろう」
「おや、王子様ったらそんな趣味が。でも、たしかに似合いそうですものね、清楚なこの方に焼き印って」
ふたりして嗜虐趣味があるのかずっと楽しそうに呟いている。
いよいよ用意が調ったのか、ユァンがこちらに一歩、また一歩と近付いてきた。
ゾワゾワとした恐怖がこみ上げてきて、セレスティナはますます暴れようとするも、がっちり押さえ込んでしまえばそれもままならない。
「暴れるな! 手元が狂うぞ」
ラルフレットはそう言いながら、懐からナイフを取り出した。わざとセレスティナに見えるようにそれをかざし、正面からドレスを切り裂いていく。
ビリビリビリと、無残に布が裂かれる音が響き渡り、いよいよセレスティナの白い肌が露わになった。
「わぁーお。すごい愛されっぷりですね」
その胸元。
赤い華が無数に散っているのに気がついたらしく、ユァンが感心の声を上げる。一方のラルフレットは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「貸せ」
ナイフを投げ捨てた代わりに、ユァンに向かって手を差し出す。ユァンも心得たとばかりに、焼き印をラルフレットに渡した。
「どこにつけるんです?」
「そんなもの、最も目立つ場所に決まっているだろう?」
愉悦に表情を歪ませて、ラルフレットは焼き印をかざした。
いよいよまずいと、どうにか身体を捩ろうとするも、ふたりがかりで取り押さえられてしまえばそれもままならない。
「やめて!!」
焼き印が容赦なく近付いてくる。
直接肌に触れたわけでもないのに、その熱に反応して肌がピリピリとした。
いよいよ痛みを覚悟して、目を閉じたその瞬間――。
ザンッ! と、鈍い音とともに、荷馬車が大きく揺れた。
かと思うと、目の前にいたはずのラルフレットの存在が、一瞬で消える。
瞳の端に映る黒。誰かの長い脚がラルフレットを蹴り飛ばしたのだと瞬時に理解した。
「貴様――本当に殺されたいようだな」
667
お気に入りに追加
2,268
あなたにおすすめの小説
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
「え、じゃあ結婚します!」
メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。
というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。
そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。
彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。
しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。
そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。
そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。
男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。
二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。
◆hotランキング 10位ありがとうございます……!
――
◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
私を捕まえにきたヤンデレ公爵様の執着と溺愛がヤバい
Adria
恋愛
かつて心から愛しあったはずの夫は私を裏切り、ほかの女との間に子供を作った。
そのことに怒り離縁を突きつけた私を彼は監禁し、それどころか私の生まれた国を奪う算段を始める。それなのに私は閉じ込められた牢の中で、何もできずに嘆くことしかできない。
もうダメだと――全てに絶望した時、幼なじみの公爵が牢へと飛び込んできた。
助けにきてくれたと喜んだのに、次は幼なじみの公爵に監禁されるって、どういうこと!?
※ヒーローの行き過ぎた行為が目立ちます。苦手な方はタグをご確認ください。
表紙絵/異色様(@aizawa0421)
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
前略陛下、金輪際さようなら。二度と私の前に姿を見せないで下さい ~全てを失った元王妃の逃亡劇〜
望月 或
恋愛
ロウバーツ侯爵家の娘であるイシェリアは、父の策略により、ウッドディアス王国のコザック王と政略結婚をした。
コザック王には結婚する前から愛妾メローニャがおり、彼は彼女にのめり込み国務を疎かにしていた。
そんな彼にイシェリアはやんわりと苦言を呈していたが、彼らに『洗脳魔法』に掛けられ、コザックを一途に愛し、彼の言うことを何でも聞くようになってしまう。
ある日、コザックはメローニャを正妻の王后にし、イシェリアを二番目の妻である王妃にすると宣言する。
その宣言を受け入れようとしたイシェリアの頭に怒声と激しい衝撃が響き――
「……私、何でこんな浮気最低クズ野郎を好きになっていたんでしょうか?」
イシェリアは『洗脳』から目覚め、コザックから逃げることを決意する。
離縁に成功し、その関係で侯爵家から勘当された彼女は、晴れて“自由”の身に――
――と思いきや、侯爵の依頼した『暗殺者』がイシェリアの前に現われて……。
その上、彼女に異常な執着を見せるコザックが、逃げた彼女を捕まえる為に執拗に捜し始め……?
“自由”を求めるイシェリアの『逃亡劇』の行方は――
・Rシーンにはタイトルの後ろに「*」を付けています。
・タグを御確認頂き、注意してお読み下さいませ。少しでも不快に感じましたら、そっと回れ右をお願い致します。
悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~
束原ミヤコ
恋愛
ルティエラ・エヴァートン公爵令嬢は王太子アルヴァロの婚約者であったが、王太子が聖女クラリッサと真実の愛をみつけたために、婚約破棄されてしまう。
ルティエラの取り巻きたちがクラリッサにした嫌がらせは全てルティエラの指示とれさた。
懲罰のために懲罰局に所属し、五年間無給で城の雑用係をすることを言い渡される。
半年後、休暇をもらったルティエラは、初めて酒場で酒を飲んだ。
翌朝目覚めると、見知らぬ部屋で知らない男と全裸で寝ていた。
仕事があるため部屋から抜け出したルティエラは、二度とその男には会わないだろうと思っていた。
それから数日後、ルティエラに命令がくだる。
常に仮面をつけて生活している謎多き騎士団長レオンハルト・ユースティスの、専属秘書になれという──。
とある理由から仮面をつけている女が苦手な騎士団長と、冤罪によって懲罰中だけれど割と元気に働いている公爵令嬢の話です。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる