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13−8
しおりを挟む「え……?」
リカルドは表情をこわばらせた。セレスティナを落ち着かせるように優しく抱き寄せ、背中をぽんぽんと叩く。
それは、普段、セレスティナが彼へやっている行為と同じだ。
「あなたには各魔法の適性が圧倒的に足りなかっただけで、莫大な魔力が眠っていた」
「そんな」
「どれだけ資質を持っていようと、放出できなければ無意味だ。だから誰も気が付かなかっただけ。だが、あの国は気がついたんだろう」
本来ならばそこまで期待していなかったはず。
しかし、セレスティナを捕らえ、その限界まで魔力を搾取するうちに知ってしまった。
セレスティナに宿っている魔力が、普通の第一降神格のものとは異なることに。
「もしかしたら、一生あの国の兵力用魔力の供給源にされていた……?」
そう考えると、ゾッとする。
セレスティナに魔力が戻ったあのとき、何が原因か、あの国への魔力転送の魔法を断ちきった。それがなければ、セレスティナの魔力は一生戻らぬまま。下手をするとその力は戦争の道具にされていたのだ。
「おそらく、〈糸の神〉の加護があなたを作り変えたのだろう。〈処女神〉が俺を救ってくれたのと同じように。その――――俺が」
ごにょごにょと、リカルドが言い淀む。
「あなたを、抱いたから。多分、それが、鍵になって」
かつて、〈糸の神〉は〈処女神〉を神へと引き上げた。
〈糸の神〉の加護を持つリカルドは、並々ならぬ執着を持っていたことを考えても、神話と、リカルドとセレスティナとの関係性は密接であるのだろう。
これらの2柱の加護を持つものが歴史上に現れたことはない。前例などなかったから、誰も知らなかったが――。
「——そう。リカルドが、わたしに適性をくれたのね」
そう考えるとしっくりくる。あのありえないほどの魔法の威力。〈糸の神〉が持つ適性が与えられたと思えば、納得できる。
人の魔力を根こそぎ持っていくなどという特殊な高等魔法、少し条件が変われば発動しなくなってもおかしくない。だから、向こうもセレスティナの魔力を転送できなくなったというわけか。
ああ、と思う。
全部リカルドだ。リカルドが与えてくれた。
セレスティナが欲しかったものを全部。なのに――。
「俺が――」
リカルドの声が一層暗くなる。
黒曜石の瞳が赤く揺らいだ。さらに彼は髪をくしゃりとかき混ぜ、そっぽ向いてしまう。
そのときの彼の顔。
「ねえ? どうして?」
セレスティナはリカルドの頬に触れた。ツゥーッとなぞっていくと、ようやく彼の視線がこちらに向けられる。
「どうしてそんなに苦しそうなの?」
見たことのない顔をしていた。眉根をギュッと寄せて、ふるふると瞳を震わせて。
泣きそうで、泣けなくて、とても痛々しい。
「俺が、あなたを変えてしまった」
次の瞬間にはギュウギュウに抱きしめられている。
「よりにもよって、俺の、ろくでもない力を、あなたに。もしかしたら、そのせいで――あなたも、兵器みたいに」
「リカルド」
ああ、と思う。
この国へ来る道中、皇帝に向かって告げた言葉。あれを思い出したのか。
『リカルドを兵器扱いするのは、おやめください』
多くの適性を得たことにより、セレスティナの力はリカルドに非常に近しいものとなった。
彼は、自分の力をろくでもないものだと思っている節がある。
セレスティナを、そのろくでもない力で染めてしまい、未来を歪めてしまったのではと危惧しているのだろうけれど。
「ね、リカルド」
「……………………ん」
「顔を見せて?」
そう言いながらぽんぽんと背中を叩くと、彼はようやく顔を上げた。
ラルフレットを威嚇していたときの面影などどこにもない。どこかやつれたような、疲れ切った顔をしている。
セレスティナは彼の前髪を掻き上げ、両方の瞳と目を合わせた。
揺らぐ赤。それが彼の感情の揺らぎかと思うと、愛しくてたまらない。
彼は〈糸の神〉ではない。リカルドという人間なのだ。
「ありがとうね」
「…………ティナ」
「わたし、とっても嬉しいの」
ちう、と口づける。
抵抗はなかった。リカルドはじっと震える瞳でこちらを見つめたまま。
「むしろ、あなたと出会えて、あなたとこんな風な関係になれたから、戦争の道具にならずにすんだ」
何も知らないまま、一方的に魔力を搾取し続けられたかと思うとゾッとする。
「それに、あなたと同じになれた。そういうことでしょう?」
「…………ろくでもない能力だ」
「いいえ」
もう一度キスをした。
それでも足りなくて、さらにもう一度。
「ようやく、あなたと同じ場所に立てた気がするの」
きっと、これまで途方もないほどの孤独を感じていたことだろう。
これほどの圧倒的な力、持て余すに違いない。
ひとりぼっちの人生を歩んできたリカルドならなおさら。どこに向かって行けばいいのかもわからない。
それに、かつてのあの苦痛。外に出ることすら億劫になるほどの重荷を抱えていたのだ。
ひとりで、蹲ってしまうのは仕方がないことのように思う。
「あなたが抱えているものを、ようやく分けてもらえた。そんな気がして、とても嬉しいのよ?」
「ティナ」
「もう、あなたをひとりにしなくていいもの」
それが何よりも、本当に嬉しい。
少なくともセレスティナは、一国の王女だった。大きすぎる力を利用されぬように、世の中を歩いて行くための素地がある。
幼いころから積み重ねてきた努力は、無駄ではなかった。
フォルヴィオン帝国の皇帝バルトラムは、リカルドのことを理解してくれている。フィーガだってそう。リカルドには多くの味方がいる。
でも、それでも。
彼らがリカルドに望まぬ生き方を要求してくる可能性はゼロではない。
特にバルトラムにとっては、リカルドの意志よりも国が大事だ。有事の際、手段を選ばなくなる可能性はゼロではない。
そんなとき、セレスティナがいれば、きっとリカルドを支えてあげられるような気がするのだ。
ああ、セレスティナの存在意義は、ここにあったのだ。
「好きよ、リカルド」
そうしてぽんぽんと背中を叩き続けると、視界が反転した。
ぐりんとひっくり返り、いつの間にかリカルドの背後に天井が見える。
ソファーの上で、彼に押し倒されてしまっていたらしい。
「そう言って、あなたはいつも、俺を甘やかす」
そうかもしれない。
でもきっと、セレスティナは彼を甘やかすのがとびきり好きなのだ。
それで、孤独なこの人が、少しでも生きやすくなってくれたらいい。
「俺だって、あなたを、甘やかして。――――頼りに、されたいのに」
「頼りにしてるわ」
「……………………」
リカルドはむうっと口を尖らせている。
きっと納得できていないのだろう。そんな子供らしい仕草も、とびきり愛しい。
かと思えば、ガバッと上半身を押し倒し、セレスティナの胸に顔を埋めてくる。
「あの国には――――あの男には、渡さない」
「ええ」
「視界にすら入れたくないのに。はぁ……まだ、あと9日もあるのか」
深々とため息をつきながら、彼の手がセレスティナの身体を滑っていく。衣装越しに胸元にキスを落としながら、悪戯な手がドレスの裾を捲り上げていった。
「あっ、ん、リカルド」
「ティナ。その――」
ちょっとだけ、言いづらそうに主張してくる。
自分が甘やかしたいと言いながら、やっぱりこの人は甘えたがりだ。
(今日はずっと、我慢していたものね)
セレスティナを大勢の人の前に晒して、あんなに見世物になって、さらにラルフレットの横槍まで。
今までのリカルドなら、とっくに爆発していただろうに。
「明日から会議は本番なんだからね? 足腰立たなくなるのは嫌よ?」
「わかってる。少し。少しだけ――」
――などと言いながらも、結局たっぷりと愛されたのだった。
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