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しおりを挟むさすが各国の代表たちの集まりと言えよう。
ラルフレットが立ち去るなり、みな平然とした顔で交流を始めていた。
もちろん、彼らの一番の興味関心は、セレスティナとリカルドに注がれることとなってしまったが。
特にリカルドは、その圧倒的な魔力や、その存在感を絶賛されていた。
人々に直接称賛されることに慣れていないリカルドのことだ。さらに慣れない国際会議の場だからこそ、すぐに退室したがるかと思ったけれども、そのようなことはなかった。
リカルドは最後まで堂々と、セレスティナの夫としてそこに立ってくれていたのだ。
「はぁー……………………」
夜。
客室でふたりきりになった瞬間、あまりに深いため息をつきながら、リカルドはセレスティナをぎゅうぎゅうに抱きしめてきた。
「帰りたい。今すぐ。あなたとの、あの屋敷に」
「ふふ」
ふたりきりになると、リカルドはよく弱音を吐く。
セレスティナにだけは甘えたがりで、相変わらず彼は、ふたりだけの場所に閉じこもりたがりだ。
長く家を持たなかった彼が「帰りたい」と言ってくれることに喜びを感じつつ、彼をよしよしと宥める。項垂れる彼を、真っ直ぐにソファーへと連れて行った。
たびたび各国の代表を迎えているここルヴォイア王国は客室も整っていて、家具も一級だ。セレスティナはふかふかのソファーに腰掛けては、リカルドを抱きとめる。
そのままずるりと彼の身体を横たえて、膝枕をしながらたっぷり頭を撫でると、多少は落ち着いたらしい。彼は心地よさそうにふるりと睫毛を震わせた。
「ありがとう、リカルド」
「――――ん?」
「わたしのために、我慢してくれたのでしょう?」
「それは……」
リカルドは少し気恥ずかしげに視線を逸らした。
まあ、我慢し切れたかどうかと言えば、怪しい。
結界を貫通して、結婚証明書を燃やしたのは、おそらくリカルドだろう。
でも、それ以上のことはせず、じっと彼は耐えた。むしろ、セレスティナの姉たちの方が我慢できていなかった。
セレスティナのことになると、リカルドはいつも自分自身の執着と戦うことになる。
その執着は、おそらくセレスティナにすら理解できないほど。体内で暴れる本能を押さえ込むことは、簡単ではなかったはず。
なのに彼は、耐えきってくれた。以前の彼ならできなかったことだ。
しかも今回は、相手があのラルフレットなのだ。リカルドにとっては最も許しがたい相手だったのではないだろうか。
「ありがとう。愛してるわ」
「――――ん」
身体を倒して、寝転ぶ彼の唇にそっと己のそれを重ねた。
リカルドは目を細めながら、それを受けとめる。
「あなたのためなら、お安いご用だ――と言いたいが」
「が?」
「…………次は、難しいかもしれない」
キス程度ではご褒美にならなかったか。
リカルドの瞳がいつになく赤い。
普段は黒曜石の瞳も、彼の怒りの感情が高まるほどに赤く染まる。左目の方がより顕著だが、右目までその色彩が出てきているのはよっぽどだろう。
「あの男、また何か言ってきそうだ」
「ええ……」
そうだろうな、とも思う。
正直、ラルフレットがあそこまでセレスティナに固執するとは思わなかった。けれども、一連の出来事の中で、あの男の性質だけは十二分に伝わってきた。
恐ろしいほどのプライドの高さ。
公衆の面前で辱められて、泣き寝入りするような性格ではないだろう。
それに、彼はイオス王国の王太子なのだ。フォルヴィオン帝国ほどではないが、イオス王国だって世界有数の大国。黙って見ているはずがない。
国際会議の会期は十日間。チャンスがあれば、きっとセレスティナに接触してくるはず。
「でも、どうして、そこまでわたしに……?」
それだけがわからない。
少なくとも、セレスティナはラルフレットの好みではないはずだ。女性として少しでも興味を持ってもらえるような存在ならば、かつて、あのような地下牢には入れられなかったはず。
(結果として、それでよかったんだけど)
2年間。虐げられ、搾取され、辛い思いをしてきたからこそ、今がある。
あのとき魔力を根こそぎ奪い取られ、捨てられていなければ、リカルドとの再婚は叶わなかった。
感謝こそしたくはないが、それが事実だ。
(って、そうよ。魔力――)
セレスティナはハッとした。
「そういえば、あの方、わたしの魔力が戻ったことをご存じだったわね」
「……ああ」
リカルドが表情を険しくする。
正確には、戻ったどころか以前よりもずっと大きな力に育っているわけだが、セレスティナはそれを特に公表はしていない。
騎士団にも箝口令が敷かれているし、知っている方がおかしいのだ。
「……………………フィーガが」
「え?」
唐突にリカルドが身体を起こした。
口元を押さえ、難しい顔をしながらぽつりぽつりと語っていく。
「あなたが、あの国に囚われていたとき。フィーガに、調査をさせたことがある」
「!」
「その。あまりにも、あなたの噂が、外に聞こえてこなかったから。どうしても、気になって――――その。だな」
いつになく言い淀んでいる。
大変気まずそうだが、何か言いにくいことでもあるのだろうか。
「引かないで聞いてほしい、の、だが」
「え? どうして引くの?」
「世間ではこれを……その……………………ストーカーと、呼ぶのだろう?」
そこまでではないと思うが。
きっとフィーガにからかわれたことがあるのだろう。
彼は殊更、己の〈糸の神〉としての性質を嫌っているから、引け目に感じすぎているだけだ。
「ふふっ」
「っ、どうして笑う」
「気にしすぎよ、リカルド。つまり、あなたが見つけてくれたのでしょう? わたしを」
イオス王国に囚われている間、何も音信がなければルヴォイア王家が黙っているはずがない。きっとラルフレットは、巧妙に事実を隠していたのだと思う。
それに、曲がりなりにもイオス王国は大国で、間諜を入れるにしても簡単ではない。それなのに、セレスティナの状況を正確に調べてもらえたのは、リカルドがフィーガを手配してくれたからだ。
「あなたのおかげで、わたしは助かって、あなたのおかげで、今の幸せがあるの。それでどうして、わたしが引いちゃうの?」
「それは…………」
リカルドの耳が真っ赤に染まる。
こほん、とわざとらしく咳払いをして、彼は話の軌道を修正することにしたらしい。
「とにかく。その時に一緒に、フィーガが調査をしてくれたんだ。どうも、あの国では、一大魔導兵器を設計していると。しかもそれが、多大な魔力を食うものなのに、どこからその魔力資源を調達するつもりなのか、と」
セレスティナは瞬いた。
イオス王国は東の大国だが、ナンバーワンではない。かの国が一番になれないのは、はっきりとした理由がある。
第一降神格の不在。
それだけではなく、第二降神格すらほとんど存在しない。
魔石等の豊富な採取地もなく、圧倒的に魔力資源が劣っているのだ。
軍事技術開発には力を入れているようだが、それはあくまで魔力資源を使用しないものばかりだった。まさかここにきて方向転換とは。
「そもそも、外部から魔力供給の目途が立たないと無意味な開発よね? その供給源を見つけた? それとも、兵器自体を輸出するつもりなのかしら。でも、それだと……」
ブツブツと、思考の海に沈んでいく。
しかし、ガシッとリカルドに肩を掴まれ、セレスティナはハッとした。
「それだ。供給源」
「何か有力な供給源でも?」
「――――それが、あなただった」
「え?」
セレスティナは固まった。
いや。確かに、かの国にはセレスティナの魔力を根こそぎ持っていかれていた。
しかし、たった2年の搾取だけで、その一大兵器とやらが動かせるはずがない。
「おそらく、あなたがあの地下室から離れても、あなた自身から魔力を引き出す技術を持っていたのだろう。――おかしいと思っていたんだ。いくらあなたの魔力が枯渇したといっても、あの屋敷の魔法鍵すら開けられないなんて」
「え? えっ?? ええっ???」
あまりに驚きすぎて言葉が出てこない。
「どこか別の国が技術協力したか。おそらく、あなたの体内に特殊な術式が埋め込まれていたと見ていい。そのせいで、いくらあなたが新たな魔力を生み出しても、根こそぎイオス王国に転送されていた」
「ちょっと待って、リカルド! いくらなんでもそんな」
ありえないと、セレスティナは首を横に振った。
「そんなのおかしいわ! だって、わたしよ? いくら第一降神格といっても、そこまでの魔力はないもの。わたしなんかに、そこまで固執するメリットなんてないわ」
「あるんだ、それが」
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