【R18】愛されないとわかっていても〜捨てられ王女の再婚事情〜

浅岸 久

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 バタバタと、もと来た廊下を戻っていく。
 本来ならば華やかな音楽溢れるレセプション会場。それが、今は騒然としているようだ。

 人々の戸惑い、ざわめき。
 そんな中、ひときわ大きい声が耳に届く。

 ああ、忘れもしない、この声だ。朗々として、さも自分は正しいとばかりに堂々とした主張。まさに王子の中の王子。
 この声に、雰囲気に、以前のセレスティナは取りこまれた。

「ルヴォイア国王! どういうことですか、セレスティナを――我が妃を、他国に! それもフォルヴィオン帝国の騎士などに娶らせたとは!」

 先ほどのフィーガの報告が、嘘であってほしいと思いたかった。
 けれども、やはり現実らしい。会場へ向かう足どりが重くなるも、好き勝手言わせておくわけにはいかない。
 セレスティナは今度こそ背筋を伸ばして、真っ直ぐと声のする方へ向かって行く。
 もちろん隣にはリカルドだ。
 彼が魔力を暴走させないよう、がっちりと腕を掴み、宥めながら歩いていった。

 セレプション会場では、セレスティナの父であるルヴォイア国王ディオラルに、フォルヴィオン皇帝バルトラム。さらに、声を荒げるラルフレットという三者を取り囲むように、参加者たちがぐるりと円になっている。
 しかしセレスティナたちが戻るなり、待っていたとばかりに人々が道を開けた。
 いよいよ主役のお出ましだぞと言わんばかりに、人々が好奇の視線を向けてくる。

(神聖な国際会議の場にこんな――)

 大スキャンダルを起こすだなんて、こんな愚かな人だとは思わなかった。
 国際会議の会期は10日間。その間ずっと、しつこくこの話題を持ち出すつもりなのだろう。

(でも、そうまでしてわたしを取り戻したいってどういうことかしら)

 ラルフレットにとって、セレスティナがそこまでの価値があるとは到底思えない。
 またひとり第一降神格エン・ローダがフォルヴィオン帝国勢力に加わったことになるとは言え、それが勢力図に大きな影響をあたえるわけでもない。捨ておけばいいだけなのに。

(それに、ラルフレット様は、汚らわしいって――)

 思い出すだけで、気持ちが塞いでいく。
 彼にとっても、セレスティナと離縁できたことは僥倖だったはずだ。なのにどうして、今さらこんな主張をしてくるのだろう。
 しかも、本物の婚姻証明書を持ち出してまで。

「セレスティナ!」

 セレスティナを見つけるなり、ラルフレットが叫んだ。
 彼にこの名前を呼ばれたことなど、多くはない。けれども、なんとも言えない嫌悪感がこみ上げてきて、セレスティナは表情を引き締める。
 俯いてはいけない。逃げるな。前を向け。
 そう自分に言い聞かせ、奮いたたせるも、すっとセレスティナの視界が遮られる。

「軽々しく、我が妻の名を呼ばないでいただこうか」

 リカルドだ。
 剣呑とした空気を隠そうともせず、ラルフレットを睨みつけていた。

 そのときの魔力。
 ルヴォイア国王による結界の効果を貫通して、放出される。
 まさに覇気――いや、殺気とも言える異様な魔力に気圧され、人々はたじろいだ。

「これが〈糸の神〉の……!?」
「なんという力だ。こんな力が、表にも出ず……」
「ここは結界内ではないのか!?」

 リカルドはフォルヴィオン帝国の英雄だ。もちろん噂だけは広まっているものの、その力を目の当たりにした者は多くはない。
 前回の国際会議でも、リカルドは目立たないようにしていたし、有事以外は表に出てこない。フォルヴィオンの秘密兵器という認識はあっても、想定よりも遥かに大きな力に慄く者は少なくなかった。

「妻、だと……? そのようなこと、私は認めたつもりはない。私たちはずっと夫婦だった! セレスティナは療養のため、一時的に帰国していたにすぎない。それを、こんな――」

 しかし、ラルフレットは折れない。
 リカルドの魔力を浴びてもなお、気丈に主張を続けている。
 とはいえ真っ向からリカルドと向き合うことから逃げたのか、ラルフレットの怒りの矛先はセレスティナの父、ディオラルへと向いた。

「ルヴォイア国王! これはどういうことですか!? 我々の婚姻は成立したままのはずだ。私は、妻の体調を心配して、彼女をあなたの国へと送り返した! それを重婚になることも承知で別の男に宛がうなど――あなたの国は、完全中立国ではなかったのか!?」

 あまりにもくだらない主張に、ディオラルは、ほぅー……と、深いため息をつく。

「そもそも」

 その低い声。
 珍しい。あの穏やかなディオラルが怒っている。

「私は確かに、ふたりの結婚証明書が破棄されたのを目にしている。貴殿が破り捨てたあれは、まさか複製されたものだったということか?」

 離縁するためには、両国に保管された結婚証明書を互いに破棄する必要がある。けれども、今、そこに本物が残っているということは、処分されたイオス王国側の結婚証明書は偽物だったというわけだ。当然、国際法に違反している。

「それに、貴国でのセレスティナの暮らしは、とても王太子妃への扱いとは思えないひどいものだったはずだが? それを療養などと。――――貴殿が我が娘を虐げ、すり減らしたことをお忘れか」
「何のことだ? 私はセレスティナのことは十分に妻として接してきたつもりだが? 何を証拠にそのようなことを仰るか」
「医師の診断書も何もかも、記録はとっているが?」
「それ自体が捏造されたものかもしれないではないか」

 水掛け論である。
 こういったとき、本来ならば第三国である中立国――すなわち、このルヴォイア王国が仲介に入ることが多い。しかし、今回はそのルヴォイア王国こそが問題の渦中にあるのだ。
 事件を客観的に判断できる第三国が存在しない。

「この通り、結婚証明書は存在している。これが我が国の元へあるかぎり、セレスティナは私の妻だ!」

 つまり、唯一残されたそれだけが、何よりもの証拠。ラルフレットはそう主張しているらしい。

「さあ、セレスティナ! そのような男に囚われて――可哀相に。こっちへ来い! この私が愛して――――――――あっちぃ!?」

 ――が。
 彼の主張は長く持たなかった。
 誰が触れたわけでもない。公衆の面前で、彼がかざしていた結婚証明書が焼失したのである。

「わあああ!? なんだ!? なんだこれは!?」

 炎は容赦なくラルフレットの手袋へ燃え移る。すぐに手袋を脱ぎ去ろうとするも、慌てていて上手くいかないようだ。

「やめろ! 誰か! 水を!!」

 必死で泣き叫びながら周囲に訴えかけると、見かねたセレスティナの姉のひとり、ツォンテーヌがパチンと指を鳴らす。
 次の瞬間には、ざああああー! っとものすごい勢いで、ラルフレットの頭上から大量の水が流れていった。
 ルヴォイア血族だからこそ、結界内でも行使できる魔法。あくまで、ラルフレットを助けるための体だから許される、ということなのだろうが。

「まったく、みっともないったらありませんわ」

 表情は明るいものではない。
 ツォンテーヌは盛大にため息をつきながら、視線を背ける。

「あらお姉様、他国のお客さまにそのようなこと、おかわいそうではないですか」

 次に声を上げたのは二番目の姉メゾレンネである。第一降神格エン・ローダの彼女も当然この場には集っていて、指先を唇にあて、フッとひと息。と思えば今度はラルフレットの足元からつむじ風が巻きあがり、水気を吹き飛ばす。
 とはいっても、服も髪もぐしゃぐしゃのままで、煌びやかな王子スタイルなどどこにもない。

「姉上たち、あまりにもやり過ぎですよ」

 そう諫めるのは兄のノイエだ。この国の王太子である彼がパンパンと手を叩くと、今度は熱風が吹き荒び、ラルフレットを高速乾燥させた――はいいが、勢い余って髪は逆立ったまま固定されてしまっている。
 あまりの出来事に、ラルフレットもわけが分からないらしく、その場でぽかーんと口を開けていた。

 その格好。服は乱れてぐしゃぐしゃ。手袋は中途半端に焼け焦げ、髪の毛は見事に逆立っている。
 東の大国イオス王国の王太子の姿としてはあり得ないほどに滑稽な姿に、周囲も笑いを禁じ得なかったらしい。

 ぷっ、と噴き出す笑いが漏れたかと思うと、そのざわめきがどんどん広がっていく。
 表立って笑えない人々も、その笑いを堪えるのに必死なようだ。

「うちの可愛い妹にあれだけのことしでかしてくれて、それをなかったことにするなんて都合がよすぎませんこと?」
「そうよ。本当なら、わたし達がお仕置きして差し上げたいけれど、それは――」

 と、家族の皆が一斉にこちらに目を向ける。
 正確には、セレスティナの前にいる男に。

「彼に譲るべき、なのでしょうね?」

 そこには、滑稽なラルフレットの姿を見てもなお、微塵も表情を崩さないリカルドが立っていた。
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