52 / 65
13−4
しおりを挟むリカルドからも殺気が漏れる。それを見て、フィーガは大げさに肩をすくめてみせた。
「あー……先に、一応忠告しときますけどォ。主、今から僕が報告することに腹を立てて、そこらへんの物を壊さないでくださいね。面倒ごと大きくなるだけなんで」
「……………………」
――それは難しいかもしれないと、セレスティナも思った。
だって、今現在リカルドから放たれている殺気。ここは結界内のはずなのに、それを無視して放出されていないだろうか。側にいるセレスティナまでもが、その濃さにゾクゾクしてしまうほどに。
リカルドにルヴォイアの血など流れていない。なにがどうなって、こんな魔力放出が可能なのか。
正直、リカルドの魔力が桁違いであるとしか考えられない。
「うわ、この前置きだけで魔力暴発の気配あるとかどんだけ!? あのね! ここ、奥様の実家! 迷惑かけない! わかりますゥ!?」
「……………………………………言ってみろ」
「大丈夫かなァ……」
おおいに不安を感じながらも、フィーガは意を決したようだ。
「なんかですねェ、イオスの王太子サマってば、奥様のことを『自分の妃』だとかなんとか呼ん――――」
バギィ! と、言い終わる前に座っていたソファーが真っ二つに折れた。
リカルドはセレスティナを膝の上に乗せたまま、空気椅子状態である。そのまま動けないくらいに、完全に固まってしまっている。
「あ、あ、あァ! よりにもよってソファー! …………ハァ、謝罪が……僕の仕事が……」
「ここで報告したお前が悪い」
「僕のせい!? ああもう、むしろ事前にお伝えしていてよかったですよ! 会場だと即例の王太子サマを殺しかねなかったですよね!? ってか、結界内でこれって、どんな魔力してんですかアナタ!?」
「ああ、そうか。そうだな。そんなに簡単だったのか。あの男自体を消してしまえばいいのか」
「いやいやいやいや! その真理を得たりって顔、やめてくれますゥ!?」
案の定物騒なもの言いに、フィーガの方が目を白黒させている。けれど、リカルドは納得するようにふんふんと首を縦に振るだけだ。
「なるほど。フィーガ、なかなかいいことを言う」
「いやいやいやいや!? それはさすがにもみ消せないので、殺す場合は誰も見ていないところで――じゃない! もうちょっと別の方法で怒りを抑えてくださいって!」
「無理だ。――――いや、無理だ」
「結局無理なんじゃないですか!」
男ふたりで大騒ぎしているけれど、セレスティナもわけがわからなかった。
どうして今さら、ラルフレットがセレスティナのことを妃などと呼ぶのだろう。
彼とは離縁したと聞き及んでいる。
セレスティナはとっくの昔に捨てられており、イオス王国内での噂も散々だ。今さら固執する意味がわからない。
――が、その前に。
このままだとリカルドが永遠に空気椅子状態のままである。格好もつかないし、さすがにしんどいだろうと、セレスティナはするりと彼の膝の上から下りた。
「リカルド、ほら、立って」
そうしてリカルドの手を掴んで立ち上がらせ、ぎゅーっと彼を抱きしめる。
「…………ティナ」
ああ、彼の体温だ。
荒んでいた彼の魔力が凪いでいく。
リカルドは困惑するような、どこかあどけない顔をして、おずおずとセレスティナを抱き返してきた。そんな彼の背中をぽんぽんと叩き、大丈夫だよと伝える。
「わたしは、あなたの妻」
「ああ」
「ちゃんと、婚姻は結んだもの。それに、わたしはあなたを愛しているわ。――だから、大丈夫」
「――――ん」
はっきりと言い切ると、リカルドもかなり落ち着いてきたのか、セレスティナの肩口に顔を埋める。
うん、うん、と何度も頷き返してくるのが愛しくて、セレスティナは彼の頭を撫でる。
長身で、誰よりも強い男の人なのに、セレスティナにだけは甘えたがりだ。そんな彼が落ち着くまでずーっとそうしていると、フィーガが「大変申し上げにくいんですがー……」と、おずおずと声を書けてきた。
「なんだかね。持ってるんですよ」
何を? と小首を傾げた瞬間。
フィーガはここに来て、特大の爆弾を落とした。
「あの不届き王太子サマと奥様の、当時の婚姻証明書。多分本物」
パリンパリンパリンパリーン! と音がしたかと思うと、部屋中の調度品が綺麗に割れていた。
「…………あ、あ、あっ! どうしてくれるんですか損害賠償がァ~!」
などとフィーガは嘆くけれど、このタイミングで言ったフィーガが悪い。
(……ううん。ここまで、計算に入れて言ってそうではあるけどね)
おそらく、先にリカルドの怒りを発散させるために。
放置しておけば、このあともっと大きな被害が出かねない。だから、被害をこの程度にとどめておいたというわけだろう。
689
お気に入りに追加
2,264
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる