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しおりを挟む勝手知ったる王宮だ。
いくつかある控え室の一室を開放してもらい、リカルドとふたりきりになる。
ああ、視界が暗く、狭くなっていくようなこの感覚。
あの顔を見るだけで、いまだに蘇ってくる恐怖。身体の芯から凍える心地がして、セレスティナは身体を丸くした。
リカルドは大股でソファーまで移動すると、セレスティナを抱き上げたままドカリと腰を下ろした。かと思えば、さらに強くセレスティナを抱きしめる。
「ティナ」
名前を呼ばれてわずかに顔を上げると、容赦なく唇が落ちてきた。
ああ、貪るような激しいキス。口紅がつくのも厭わずに、彼は何度も何度もセレスティナの口腔内を犯していく。
余裕がないとき。
外に出て、セレスティナが誰かと会ったとき。
騎士たちとの訓練に立ち会ったとき。
後でいつもリカルドはこんなキスをする。
セレスティナが誰かと交流すると、彼はいつだって不安になるのだ。それを耐えて、耐えて、耐えて、ふたりきりになった瞬間に爆発させる。
――でも今は。
「ティナ。ああ、ティナ――」
いつもの比ではない。
深く。どれだけ執拗に舌を絡めても、全然足りないらしい。
「どうすればいい? どうすれば、あなたの記憶からあの男を消せる?」
「ん、んん……っ」
「――――――――――あの男には、渡さない」
そう呟くリカルドの声は、低く、暗い。
絶対の決意を持って呟かれた言葉に、セレスティナの心も侵蝕されていく。
(ええ、渡さないで)
唇を奪われていて、言葉に発することなどできなかった。
(わたしをずっと、あなたのものでいさせて……?)
今はリカルドの執着が頼もしく、セレスティナ自身も縋りつきたい気分だった。
激しすぎるくらいの熱で、セレスティナの心はわずかに解れ、彼の背中に腕を回す。そうして自分からも彼を抱きしめると、リカルドは表情をくしゃくしゃにして、さらにセレスティナを貪った。
セレスティナの細い身体を抱きしめる腕が、するすると下へ下ろされていく。腰をなぞり、太腿へ。さらにドレスの裾を捲り上げようとしていたところで――――。
「はーい、そこまで。そこまで。――あ、いやね。僕には見えてませんからァ? どこまでかはわからないですけど、主、ここ、各国の賓客が集まるレセプションの場だってことわかってます? 奥様を外に出せないようにしちゃったりしてないですよねェ、当然ねェ?」
ドンドンドンドン! とけたたましいノック音と共に聞こえてきた間延びした声。
緊張感の欠片もないそれに、リカルドはピタッと動きを止めた。
かと思うと、
「はぁーーーー…………」
…………リカルドが、見たこともないほどに長いため息をついたのだった。
しばらく何かを考えるように頭を掻いた後、優しくセレスティナの髪を手櫛で梳かしていく。わずかに乱れたドレスも整え「なんだ」と外に向かって低い声を返した。
鍵を閉めていたはずなのに、いとも簡単に解錠される。そうしてひょっこり顔を出したのは、いつものとぼけたような顔をしたフィーガだった。
「どもどもーォ、主の忠実な下僕フィーガでェす!」
「忠実、だと言うのなら邪魔をするな」
「ええー!? そこは、主の大切な奥方様を慮ってのことですってェ! こんな場所で、外に出られなくしちゃうつもりですか?」
「……………………」
リカルドはふいっと視線を逸らした。
これは、何も考えてなかった顔である。フィーガの予想通り、本当に外に出られなくされてしまうところだったらしい。
セレスティナも、意識が落ちこんだまま流されそうになっていて、ハッとする。
フィーガの気の抜けるような声に、ようやく現実に引き戻された心地がして顔を上げた。
「わたし……」
しまった。
本当に、このままリカルドの腕の中で閉じ込められたいと思っていた。
けれど、さすがに今は駄目だ。社会生活を営む人間としての思考をようやく取り戻し、首を横に振る。
「リカルド、ごめんなさい。わたし、動揺しちゃって」
「いや……………………」
慌てて彼から両手を離し、わずかに身体を離した。
相変わらず膝の上からは逃がしてもらえないが、多少日常が戻ってきたような感覚がある。
目の前のリカルドだけはまだまだ不満げと言うか、とても物足りなさそうな目を向けてくる。が、駄目駄目、流されてはいけないと首を横に振る。
それでもリカルドは果敢に、捨てられた子犬のような顔を向けてくるが駄目。これに頷くと、レセプションを放り出して即行寝室コースになる。
国際会議の初日にそんなことをやらかしたら、会期中ずっと噂になること確定だ。
(駄目駄目! そんなの、絶対駄目だって!)
セレスティナは、この国際会議で目標があった。
リカルドに外の世界に慣れてもらうことはもちろんのこと、この結婚を周知して、ルヴォイア王国とフォルヴィオン帝国の関係性をハッキリさせる。
そうすることで、祖国の立場も確立できるというのもあるし、なによりも、セレスティナがリカルドの妻だと認められたい。
(本来なら、これは認められるべき婚姻ではなかったけど)
それでも、セレスティナは胸を張って、自分がリカルドの妻だと言えるようになりたいのだ。
「や、僕だってねェ、こんな邪魔をしたくなかったですよ? でも、さすがルヴォイアの王宮っていいますか、第一降神格の加護の力、思う存分ふるえなくってェ」
ああ、それもそうだろう。
各国の第一降神格が集まるこの国際会議では、防衛上の理由で、魔法が使用できないように特殊な結界が張られているのである。
もちろん、生活魔法を含めた全ての魔法を禁ずると、十分な招待ができなくなる。
だからルヴォイア王国の血が流れる者のみが魔法を使用できる。ルヴォイア王国の中でも特別で、国王のみが使用できる特殊結界なのだ。
この王宮がある場所は、ルヴォイア王国でも特に力が強い。言わば聖地だ。
本来ならばそんな高度な魔法、人間が成し得るものではないのだが、この土地の特殊性、そして初代国王が〈天空神〉ルヴォイアスの加護を授かっていた影響と言われている。
逆に、こんな特殊結界が張れる土地だからこそ、国際会議が毎回この国で行われているのだ。
「フィーガ、声をかけてくれてありがとう。リカルドがいるから、もう大丈夫よ。――会場に戻りましょう?」
「しかし――」
リカルドは納得いっていないらしい。
だって、会場に戻ればラルフレットがいる。むざむざ、元夫に会わせる気などないということだ。
(でも、会期は長いわ。いずれ、顔を合わせることになる)
であれば、今のうちに慣れてしまった方がいい。セレスティナは勇気を奮いたたせて、立ち上がろうとする。
「あー、ちょっと待ってください。戻る前に、おふたりにご報告が」
「報告?」
一体何だろうか。
唐突なフィーガの呼びかけに、リカルドの方が表情を強張らせる。
「あー……なんかですねェ。件の王太子サマってば、一体何を思ったのか、奥様に未練タラタラって感じでェ」
まさかの情報に、セレスティナは目を丸くした。
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