51 / 65
13−3
しおりを挟む勝手知ったる王宮だ。
いくつかある控え室の一室を開放してもらい、リカルドとふたりきりになる。
ああ、視界が暗く、狭くなっていくようなこの感覚。
あの顔を見るだけで、いまだに蘇ってくる恐怖。身体の芯から凍える心地がして、セレスティナは身体を丸くした。
リカルドは大股でソファーまで移動すると、セレスティナを抱き上げたままドカリと腰を下ろした。かと思えば、さらに強くセレスティナを抱きしめる。
「ティナ」
名前を呼ばれてわずかに顔を上げると、容赦なく唇が落ちてきた。
ああ、貪るような激しいキス。口紅がつくのも厭わずに、彼は何度も何度もセレスティナの口腔内を犯していく。
余裕がないとき。
外に出て、セレスティナが誰かと会ったとき。
騎士たちとの訓練に立ち会ったとき。
後でいつもリカルドはこんなキスをする。
セレスティナが誰かと交流すると、彼はいつだって不安になるのだ。それを耐えて、耐えて、耐えて、ふたりきりになった瞬間に爆発させる。
――でも今は。
「ティナ。ああ、ティナ――」
いつもの比ではない。
深く。どれだけ執拗に舌を絡めても、全然足りないらしい。
「どうすればいい? どうすれば、あなたの記憶からあの男を消せる?」
「ん、んん……っ」
「――――――――――あの男には、渡さない」
そう呟くリカルドの声は、低く、暗い。
絶対の決意を持って呟かれた言葉に、セレスティナの心も侵蝕されていく。
(ええ、渡さないで)
唇を奪われていて、言葉に発することなどできなかった。
(わたしをずっと、あなたのものでいさせて……?)
今はリカルドの執着が頼もしく、セレスティナ自身も縋りつきたい気分だった。
激しすぎるくらいの熱で、セレスティナの心はわずかに解れ、彼の背中に腕を回す。そうして自分からも彼を抱きしめると、リカルドは表情をくしゃくしゃにして、さらにセレスティナを貪った。
セレスティナの細い身体を抱きしめる腕が、するすると下へ下ろされていく。腰をなぞり、太腿へ。さらにドレスの裾を捲り上げようとしていたところで――――。
「はーい、そこまで。そこまで。――あ、いやね。僕には見えてませんからァ? どこまでかはわからないですけど、主、ここ、各国の賓客が集まるレセプションの場だってことわかってます? 奥様を外に出せないようにしちゃったりしてないですよねェ、当然ねェ?」
ドンドンドンドン! とけたたましいノック音と共に聞こえてきた間延びした声。
緊張感の欠片もないそれに、リカルドはピタッと動きを止めた。
かと思うと、
「はぁーーーー…………」
…………リカルドが、見たこともないほどに長いため息をついたのだった。
しばらく何かを考えるように頭を掻いた後、優しくセレスティナの髪を手櫛で梳かしていく。わずかに乱れたドレスも整え「なんだ」と外に向かって低い声を返した。
鍵を閉めていたはずなのに、いとも簡単に解錠される。そうしてひょっこり顔を出したのは、いつものとぼけたような顔をしたフィーガだった。
「どもどもーォ、主の忠実な下僕フィーガでェす!」
「忠実、だと言うのなら邪魔をするな」
「ええー!? そこは、主の大切な奥方様を慮ってのことですってェ! こんな場所で、外に出られなくしちゃうつもりですか?」
「……………………」
リカルドはふいっと視線を逸らした。
これは、何も考えてなかった顔である。フィーガの予想通り、本当に外に出られなくされてしまうところだったらしい。
セレスティナも、意識が落ちこんだまま流されそうになっていて、ハッとする。
フィーガの気の抜けるような声に、ようやく現実に引き戻された心地がして顔を上げた。
「わたし……」
しまった。
本当に、このままリカルドの腕の中で閉じ込められたいと思っていた。
けれど、さすがに今は駄目だ。社会生活を営む人間としての思考をようやく取り戻し、首を横に振る。
「リカルド、ごめんなさい。わたし、動揺しちゃって」
「いや……………………」
慌てて彼から両手を離し、わずかに身体を離した。
相変わらず膝の上からは逃がしてもらえないが、多少日常が戻ってきたような感覚がある。
目の前のリカルドだけはまだまだ不満げと言うか、とても物足りなさそうな目を向けてくる。が、駄目駄目、流されてはいけないと首を横に振る。
それでもリカルドは果敢に、捨てられた子犬のような顔を向けてくるが駄目。これに頷くと、レセプションを放り出して即行寝室コースになる。
国際会議の初日にそんなことをやらかしたら、会期中ずっと噂になること確定だ。
(駄目駄目! そんなの、絶対駄目だって!)
セレスティナは、この国際会議で目標があった。
リカルドに外の世界に慣れてもらうことはもちろんのこと、この結婚を周知して、ルヴォイア王国とフォルヴィオン帝国の関係性をハッキリさせる。
そうすることで、祖国の立場も確立できるというのもあるし、なによりも、セレスティナがリカルドの妻だと認められたい。
(本来なら、これは認められるべき婚姻ではなかったけど)
それでも、セレスティナは胸を張って、自分がリカルドの妻だと言えるようになりたいのだ。
「や、僕だってねェ、こんな邪魔をしたくなかったですよ? でも、さすがルヴォイアの王宮っていいますか、第一降神格の加護の力、思う存分ふるえなくってェ」
ああ、それもそうだろう。
各国の第一降神格が集まるこの国際会議では、防衛上の理由で、魔法が使用できないように特殊な結界が張られているのである。
もちろん、生活魔法を含めた全ての魔法を禁ずると、十分な招待ができなくなる。
だからルヴォイア王国の血が流れる者のみが魔法を使用できる。ルヴォイア王国の中でも特別で、国王のみが使用できる特殊結界なのだ。
この王宮がある場所は、ルヴォイア王国でも特に力が強い。言わば聖地だ。
本来ならばそんな高度な魔法、人間が成し得るものではないのだが、この土地の特殊性、そして初代国王が〈天空神〉ルヴォイアスの加護を授かっていた影響と言われている。
逆に、こんな特殊結界が張れる土地だからこそ、国際会議が毎回この国で行われているのだ。
「フィーガ、声をかけてくれてありがとう。リカルドがいるから、もう大丈夫よ。――会場に戻りましょう?」
「しかし――」
リカルドは納得いっていないらしい。
だって、会場に戻ればラルフレットがいる。むざむざ、元夫に会わせる気などないということだ。
(でも、会期は長いわ。いずれ、顔を合わせることになる)
であれば、今のうちに慣れてしまった方がいい。セレスティナは勇気を奮いたたせて、立ち上がろうとする。
「あー、ちょっと待ってください。戻る前に、おふたりにご報告が」
「報告?」
一体何だろうか。
唐突なフィーガの呼びかけに、リカルドの方が表情を強張らせる。
「あー……なんかですねェ。件の王太子サマってば、一体何を思ったのか、奥様に未練タラタラって感じでェ」
まさかの情報に、セレスティナは目を丸くした。
639
お気に入りに追加
2,264
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる