【R18】愛されないとわかっていても〜捨てられ王女の再婚事情〜

浅岸 久

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 国際会議の初日は、いわゆるレセプションだ。
 到着した国々の代表者がホールに集まり、談笑している。

 先ほど、ディオラルへの挨拶がよほど緊張したのか、リカルドはややぐったりとしている。しかし、周囲は放っておいてはくれない。
 本来ならばまさに一匹狼。フォルヴィオン帝国の最終兵器とも言える黒騎士リカルドは、妻に対してだけデレデレで、案外気安そうな人だと目に映ったせいだろう。
 実際は寡黙で、それなりに人との壁がある人なわけだが、ここは国際会議の場だ。各国の代表はコミュニケーション力に長けていて、次から次へと挨拶にやって来た。

 昼間からワインを嗜む者も多く、会場全体は穏やかな空気に包まれている。
 ただ、見知らぬ人に話しかけられ――しかもそれが、各国の代表とも言える人だから、無碍にできないことを自覚しているのだろう。
 リカルドは緊張で硬直しっぱなしだから、今こそセレスティナの出番だ。
 王女時代に培ってきた各国の言語や知識を駆使して談笑を続けた。

 この度の再婚のことを祝福してくれる声も多い。
 第一降神格エン・ローダ同士の婚姻だ。少なからず嫌味を言われることもあったが、それは向こうもちゃんと弁えている。表面上は丁寧な褒め言葉に置き換えてくれるため、セレスティナもサッと受け流す。
 とはいえ、ほとんどが好意的に受けとめられていて、セレスティナもほっとした。

「ティナ!」

 さらに、他国に嫁いでいた姉たちが顔を見にやってきてくれて、ほっとする。
 彼女たちは、セレスティナがイオス王国でひどい目に遭っていたことも知っているのだろう。
 心配そうに駆け寄ってきたが、セレスティナの顔を見るなりほっとしたように相好を崩した。

「旦那様に大切にしてもらっているのね」
「はい」

 その質問に、嘘偽りなく頷けることが本当に嬉しい。
 セレスティナが花開くように笑うと、彼女の可憐さに周囲が感嘆のため息をついた。

 しかし、その瞬間。


 ――ガシャァーン! と、大きな音が鳴りひびく。
 ハッとして音のした方向に目を向け、絶句した。

 床に転がるワイングラス。それは粉々に砕けていて、中のワインが飛び散っている。
 それが足元を汚したことにも気付かずに、その場に立ち尽くす男がひとり。
 目が合って、呼吸が止まった。

「あ…………」

 心臓が大きく軋んだ。
 駄目だ。ここは国際会議の場。動揺を見せてはいけない。そう思うのに。
 あの日々の恐怖が甦り、背筋が凍りつく。

 美しい金色の髪に碧い瞳。誰もが息を呑むほどの美しい王子様。
 ラルフレット・アム・イオス。
 かつて、セレスティナの夫だった人だ。
 その実、彼と顔を合わせたのはたった一日で、セレスティナを幽閉し、全てを搾取しようとした人でもある。

 ざっと血が逆流するような心地がして、セレスティナは一歩後ずさる。
 しかし、ヒールが引っかかりよろけてしまった。そこをリカルドにサッと抱きとめられ、顔を上げる。

 リカルドは見たことのない顔をしていた。
 部下の騎士たちに向けた嫉妬の目ともどこか違う。温度のない、戦神の瞳だ。
 セレスティナを強く抱き込んだまま、その目はラルフレットを捉えている。

 圧倒的な敵意をぶつけられ、ラルフレットはビクッと身体を震わせた。
 セレスティナを求めるように片手を前に出そうとするも、そのまま動けなくなってしまったようだ。
 唇を引き結び、目を見開いたまま、セレスティナたちを凝視している。

 まさに一触即発。
 そのような空気に、会場は緊張感を増した。
 しかし、ここはレセプションの場だ。騒ぎを起こしてはいけないことくらい、リカルドも弁えているのだろう。

「ティナ、顔色が悪い。少し、休んだ方がいい」

 彼の中で、最善だと判断された言葉が告げられた。それに納得したのか、すぐ側にいた姉が大きく頷いている。

「そうね。そうした方がいいわ。――リカルド様、向こうに控え室がありますの。ティナをお願いできる?」
「もちろんだ」

 相変わらず険しい顔をしたまま、リカルドも頷き返す。そうしてその場でセレスティナを抱き上げ、その身を翻した。

「――――っ! 待ってくれ! セレスティナ!」

 何を思ったのか、ラルフレットが叫んだ。
 まるで縋るようにセレスティナに呼びかけるも、リカルドが一瞥しただけ。

 そのときの殺気。
 それを正面から浴びたらしく、ラルフレットは大きく震える。瞬時に顔色が真っ青になり、その場に跪いた。
 しかし、リカルドはすっと視線を外し、すぐに立ち去ってしまう。

「セレスティナ……っ!」

 どうして、そう何度も名前を呼ぶのだろう。
 セレスティナの顔を見て、傷ついたような表情をするのだろう。

 理解ができず、セレスティナは己の中でぐるぐる渦巻く気持ち悪さを抱えたまま、休憩室まで連れて行かれたのだった。
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