【R18】愛されないとわかっていても〜捨てられ王女の再婚事情〜

浅岸 久

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 国際会議の会期は10日間。
 各国の代表と、今、全世界に存在する成人した第一降神格エン・ローダが一堂に会する。

 とはいえ、メインは各国の代表による国際交流だ。
 世界は大きくふたつの派閥に分かれており、ざっくりと言えばルヴォイア王国を挟んで西側、東側が睨み合っているような形だ。
 フォルヴィオン帝国はルヴォイア王国の南西に位置しており、西側の最大国家。一方、イオス王国が東側の第二国家と言ったところか。
 間に中立国のルヴォイア王国が入ることで、できうる限り互いに協調路線を歩めるように、国際交流を図っているわけだ。

 もちろん、交流だけでなく、第一降神格エン・ローダによる親善試合や技術交流もある。
 それから国家間の取り決めや、貿易協議なども成されている。これから先5年の世界全体の歩む道が決められる、とても大事な会議なのである。

 ――が、その前に、まさかこんな試練があるとは。



 ガラガラと、馬車が北へ向かって進んで行く。
 フォルヴィオン帝国もルヴォイア王国とはわずかに隣接しており、皇都からは真っ直ぐ北東へ進むと辿り着く。
 その間、十日ほどの旅になるわけだが、当然、ルヴォイア王国へ向かうのはリカルドとセレスティナのみというわけではない。
 フィーガも一緒ではあるし――よもや、皇帝陛下と同乗することになるだなんて。

「…………」
「…………」

 ガラガラガラと、車輪の音が妙に大きく聞こえる。
 麗らかな午後の陽気は心地いいし、セレスティナにとっては里帰りのようなものだ。心浮き立つ新婚旅行気分で向かえる――はずもなく。

 目の前には、40代手前の美丈夫がいた。
 クリーム色の髪を後ろになでつけ、深い緑の瞳が印象的な威厳に満ちた男だ。
 とはいえ、どこか洒脱とした雰囲気もあって、リカルドのことをニヤニヤした目で見つめている。

 彼こそ、フォルヴィオン帝国皇帝バルトラム・アム・フォルヴィオンである。
 ルヴェイア王国へ向かう旅の最中、元々はセレスティナ夫婦は別の馬車で同行していたはずなのに、なぜかこの日はバルトラムの希望で同乗させられたと言うわけだ。

(助かった、と言うべきなの? ――ううん、違うわよね。助かってない! 絶対助かってないわ!)

 昨日までは馬車にリカルドとふたりきりだった。
 閉鎖空間だったということもあって、リカルドがセレスティナに触れたがって大変だったのだ。

 この旅では、リカルドはいち騎士というよりも、第一降神格エン・ローダの参加者として同行している。周囲の者たちには仕えられる側だから、馬車の中で特にすることもない。
 旅を楽しめばいいわけなのだが、彼の一番の興味関心と言えばセレスティナである。
 だから、それはもう、毎日存分に可愛がられていたわけだ。

 おかげで、ここまでずっとリカルドは上機嫌だった。
 外にはフィーガの他、護衛の騎士や御者、他、大勢の者たちが同行している。馬車には小さな窓もついているからこそ、外の目が気になる。
「スカートの中に手を入れるのはやめて」「胸に顔を埋めるのは宿に着いてから!」「キスも深いのは恥ずかしい。声が出ちゃうから!」と、散々ストップをかけるのに、油断するとすぐに彼が大胆になって大変だった。

 だからある意味、バルトラムと同乗は安心できるような気がしたのだ。
 ――まあ、気のせいだったわけだけれども。

(……今、初夏よね? なんか、寒い気がするけれど)

 気分は氷点下である。
 というか、実際に冷気が出ている気がする。
 主に、セレスティナの隣に座っている人から。

 当然、その冷気の元は、セレスティナの夫リカルドだ。
 かの皇帝陛下をまさに氷点下の目で睨みつけているのである。

「……………………陛下」
「どうした、リカルド」
「同乗してまで護衛は、必要ないかと。俺は、セレスティナと別の馬車で」
「まあまあ待て待て」

 相変わらずセレスティナ以外には訥々話す癖は変わらない。
 というか、セレスティナ相手にも、彼はいつも言葉を選びながら、訥々話してくれる。
 これはリカルドなりの誠意なわけだが、どうもぶっきらぼうに感じてしまうため、周囲に誤解されやすい。
 しかしバルトラムはそのようなことは承知の上で、ニコニコと人を食ったような笑みを浮かべたままだ。

「お前がいつも、どれだけ言っても城に奥方を連れて来ないからだろう? 独占欲が強いのは何よりだが、わざわざ他国の王族が輿入れしてきてくれたのだ。挨拶くらいさせてくれ」
「っ、ティナのことは俺が。全部。ちゃんと、やりますから。だから陛下は、お気遣いなく」
「ほぉう? 全部? ちゃんと? ――――お前が?」
「……………………」

 リカルドはスッと視線を外した。
 こういうところ、彼はなかなか自分に自信が持てない。
 こればかりは、本人も社会不適合者の自覚があるからだろう。ばつが悪そうに口を引き結んでいる。

 冷気はややおさまり、代わりに気まずい雰囲気だけが流れる。
 さすがに助け船が必要かと、セレスティナはくすくすと微笑んだ。

「陛下、ご挨拶が遅くなってしまって申し訳ありません。リカルド・ジグレル・エン・マゼラが妻、セレスティナ・セレス・エン・マゼラと申します」
「いや! 丁寧にすまんな。あなたのおかげで、すっかりとリカルドが丸くなって。我が国としても本当に感謝をしている」

 話しかけると、バルトラムは大きく両手を開いて、セレスティナを迎えいれてくれた。
 本来はセレスティナから挨拶に伺うべきはずだったのに、その無作法を許してくれる寛大な人物らしい。
 ――というか、寛大でなければ、元々のリカルドの素行は許されてなかっただろう。

「お役に立てて光栄ですわ。ですが、わたしはあくまで背中を押しただけ。元々、リカルドは優秀な騎士としての資質が十分に備わっていますから」
「くくくっ、まあ、そういうことにしておこうか」

 バルトラムは楽しげに頷くも、次の瞬間にはごく真剣な顔をして頭を下げる。
 心臓がヒヤッとした。
 だって、彼は一国の主だ。しかも、フォルヴィオン帝国という大国家を束ねる皇帝なのだ。易々と頭を下げられるはずがない。
 これにはリカルドも驚愕しているようで、バルトラムの頭を見下ろしながら、ピタリと固まっていた。

「陛下! どうか、頭をお上げください……!」
「いや、これだけは、どうしても伝えておかねばならんと思っていたのだ」

 慌てて止めようとするも、バルトラムは頭を下げたままだ。

「我が国の宝、リカルドを救ってくれてありがとう。感謝している」
「そんな――」

 当たり前だ。
 だって、リカルドはセレスティナの大事な旦那様なのだ。救うも何も、彼に尽くさないはずがない。

 でも、バルトラムがなぜ頭を下げているかも理解した。
 リカルドを救えたのは、全世界を探し回ってもおそらくセレスティナひとりだった。
 この婚姻は言わば奇跡だったのだ。
 彼と結ばれなければ、彼は永久に〈糸の神〉の加護に苦しむところだった。
 だから、巡り合わせがよかっただけ。

(でも――)

 セレスティナは頭を横に振った。
 これを、単に奇跡などという言葉で片付けては、色んな人に失礼だ。

 リカルドの抱える問題を見抜き、解決方法を見出し、セレスティナを見定め、さらにイオス王国からの救出に手助けした。
 他国間のいざこざに介入するのは簡単なことではなかっただろう。
 ましてや、相手はかのイオス王国だ。ルヴォイア王国を挟んで対立する国どうし、大きな国際問題として拗れても不思議ではなかった。
 それでも、フォルヴィオン帝国はリカルドが救出に向かうことを認めてくれた。
 さらに、何度もセレスティナに婚約の打診をし、本来不可能だったはずのふたりを結びつけた。
 それは全部、リカルドだけではなく、彼を見守る周囲の温かい目があったおかげだ。

「わたしこそ――陛下。とても。本当に、とても感謝しておりますの」

 だから、セレスティナも頭を下げる。

「わたしを、リカルドに巡り合わせてくださり。この国に迎えいれてくださって、ありがとうございました」

 皆の協力がなければなし得なかったことだ。
 特に、リカルドは最初はこの婚姻を拒否していたのだから。
 周囲の強引な手がなければ、成立するはずがなかった。

「あなた様に最大級の感謝を。そして――――」

 セレスティナは口を噤んだ。

 いきなりこんなことを言い出すのは不躾だとわかっている。
 それでも、いい機会だと思った。
 わずかな不安を抱えながら、セレスティナは決意する。

「お願いがございます」

 顔を上げた。
 同じように、バルトラムもこちらに視線を寄越してくれる。
 先ほどまで頭を下げていた彼ではない。為政者の顔をして、セレスティナを見据えていた。

「どうか、彼を。――リカルドを兵器扱いするのは、おやめください」

 はっと息を呑んだ。
 バルトラムだけではない。隣で聞いていたリカルドまで。

「どうか、どうか――!」
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