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12−1 ルヴォイア王国へ

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 まさか自分が、こんなに穏やかな日々が過ごせるようになるとは思わなかった。

「……………………仕事になど、行きたくない」

 …………なんだか、朝から盛大に駄々をこねている人がいるけれども。

 リカルドと本当の意味で結ばれてから1ヶ月、セレスティナは毎日がとびっきり幸せだった。
 彼は自分の気持ちをどうにか言葉にしようと苦心してくれるようになり、訥々と、想いを打ち明けてもらえることも増えた。

 リカルドは人一倍執着心が強く、嫉妬深い。だから、やはりセレスティナを独り占めしたがるし、あまり外に出したがらない。
 セレスティナも彼のその性質はよく分かっているから、彼との約束をしっかり守り続けた。

『わたしが外に出るときは、あなたと一緒か、あなたの元へ向かうときだけ』

 セレスティナはその約束をただの一度も違えていない。
 そうすることで、リカルドもいくらか安心できるようだから。
 きちんと仕事に出ることが増え、自分の部下たちとの交流も増えているようだ。

 元々、段違いの実力がある彼だ。
 これまでの素行も「そういうものか」と受け入れられており、結婚してから丸くなったのだと認識されるようになったらしい。

 1ヶ月前、セレスティナが見学に行ったことは、結果的にいい方向に動いたようだ。寡黙かと思いきや、妻にはゾッコンという一面が強調されたらしく、そのギャップに親近感を持ってもらえたようである。
 最近、サボらず勤務日が増えているのも、セレスティナに背中を押されているからと認識されているらしい。

 ちょっと思ったものとは違う方向に転がったが、彼が部下たちに愛されるようになったのは素直に嬉しい。
 それでもまあ、発作のように仕事を放棄したくなることはあるみたいで、そのたびにセレスティナは訓練所へ呼ばれている。
 そうすることで、彼はやる気を取り戻し、少しでもいいところを見せようと張り切ってくれるらしい。
 ――もれなく、その日の夜はとんでもない目に遭うけれども。

 でも、全然いい。
 むしろ嬉しい。
 セレスティナの存在が励みになって、彼が世界を広げていくのが嬉しくてたまらない。

 ただ、一度外に出てしまえば頑張るけれども、毎朝、セレスティナと離れるときだけはどうしても嫌なようだった。



「ずっと屋敷にいて、あなたとくっついていたい。このまま――こうして――」

 と、何の躊躇もなく胸に顔を埋めてくる。

 フォルヴィオン帝国にやって来て、リカルドと身体を重ねるうちに、停滞していたセレスティナの体調不良がみるみるうちによくなっている。
 痩せぎすだった身体も、初婚前くらいの体型に戻っており、正直胸は昔以上に育っているような気がする。

(揉むと大きくなるって、聞いたことはあるのよ? でも……!)

 現実に大きくなるとは思わないではないか!
 でも、セレスティナのことが大好きな旦那様にこれでもかと言うほどに揉み拉かれている事以外、理由が見つからない。

 今も、顔だけではなくその大きな手、長い指で感じ入るように胸を揉み続けている。そのまま片方の手がすーっと下に下がっていくものだから、さすがにストップをかけることにした。

「リカルド! 今は忙しい時期でしょう?」

 このところ、セレスティナが以前にも増して彼を送り出さなければと躍起になっているのは理由があった。
 5年に一度の国際会議。その開催が1ヶ月先に差し迫ってきていて、当然、彼も、セレスティナも同行することが決まっているのだ。
 リカルドは第一降神格エン・ローダである以上参加は必須だ。それにともない、彼の率いる第7部隊の精鋭が護衛として同行することが決まっているのだ。
 そのため、特別訓練や警備計画など、業務が山積みになっている。屋敷でぐずぐずしている場合ではない。

「もうっ! 帰ってきたら、いくらでも揉ませてあげるから!」

 ――なんて、言ってからハッとする。

「本当か!?」

 ガバッと彼が顔を上げた。
 いつになく瞳がキラキラしている。
 これは、もはや「間違いでした」なんて言えるはずもない。
 もし明日の朝、お見送りすらできなくなったとしたら、それはリカルドのせいだからね! と心の中でぼやきつつ、いってらっしゃいのキスをした。



 ぐずりつつも、仕事に出かけるリカルドを見て、本当によかったと胸をなで下ろす。
 今日は朝からよく晴れている。
 それでも、太陽の陽差しに怯むことなく、彼は堂々と歩いて――いや、勤務時間ギリギリまで屋敷で粘るため、結局飛行して最短距離で仕事に向かうわけだが――とにかく、太陽の下で元気に過ごせている。
 どういった理屈かわからないが、彼がセレスティナと出会うまで体調不良に喘いでいたのは本当で、セレスティナの存在が確実に彼を癒やすようになったらしい。

 一方で、セレスティナにも変化があった。
 いつからかは正確にはわからないが、枯渇していたはずの魔力が戻ってきた。
 というよりも、リカルドと生活するようになって、以前の自分では説明できないほどの膨大な魔力を操れるようになっているらしい。

 セレスティナは魔力だけは備わっているが、加護を与えてくれているのは何の特性も持たない〈処女神〉である。だから、どれだけ頑張ってもどの魔法も中級程度の威力しか出ないはず。
 しかし、今はそのリミッターが完全に解除されてしまっているのだ。

(フィーガは、〈糸の神〉と〈処女神〉がくっついたからだ、って言うけど……)

 やはり、そうなのだろうか。
 神話上では、最後まで交わることのなかったふたり。

 これまで歴史上で見ても加護を授けることのなかった2柱が、同じ時代にそれぞれ加護を与えた。
 これを運命とせずに何を運命とするのだと、フィーガは熱く主張していた。

 でも、確かに、リカルドと身体を重ねるようになってから――まあ、体力的に、あるいは足腰的には辛いけれど――身体の芯というか、気の流れというか、何となく快調であるような気がしていたのだ。

(神話では、〈糸の神〉が〈処女神〉を神に引き上げた)

 だから、現実でも、リカルドがセレスティナのリミッターのようなものを解除したのかもしれない。そう考える以外、説明がつかないのだ。

(不思議ね)

 まるで、本当に運命みたいだ。
 少なくとも、セレスティナの存在は、リカルドのためにあったのだと思える。
 同じく、リカルドの存在もまた、セレスティナに意味を与えてくれる。
 セレスティナは無価値などではなかった。

(リカルドのためにも、わたしも頑張らないといけないわ)

 夫婦で参加するし、リカルド自身も、どちらかといえば護衛と言うより招待客としての意味合いが強い。だから当然、夜会やパーティなども出席することになる。
 となると、それなりに見映えのする服装というものが必要になってくる。

 リカルドは、セレスティナのドレスは自分が見繕うと鼻息荒くしているけれど、一着や二着では足りない。用意周到すぎるくらいしていていいし、何よりも、リカルドの服装だ。

(リカルドってば、自分の格好にはてんで無頓着なんだもの)

 いつも黒いコートを纏っているから黒騎士なんて呼ばれているけれど、単に、色んな服を選ぶという概念が欠けているだけなのだ。

(せっかく綺麗な顔をしているのに、勿体ないわ!)

 これを機に、セレスティナの好みの衣装も着てもらおうと、実はワクワクしているのである。
 社交は元々セレスティナの得意とするところだ。
 そして、どうしても、リカルドは周囲に誤解されがちなところがある。
 でも、騎士団の皆と接している様子を見ていてもわかる。彼は本来、他者を受け入れたいと思う心も持っているのだ。
 だから少しでも、彼の印象がよくなるように、セレスティナは並々ならぬ気合いを入れていた。



 そうして1ヶ月後。
 いよいよ、国際会議がはじまることとなる。

 会議の場はもちろん、ルヴォイア王国。
 セレスティナの大好きな祖国だ!
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