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しおりを挟む一度では足りない。
二度。三度と。
「好き。大好き。――愛しているの」
彼に伝わるまで、何度も。
そうするうちに、ますます彼の瞳から涙が溢れてくる。
〈糸の神〉の加護を受け、圧倒的な力を持っているのに、その反動での痛みや苦しみに喘ぎ、まともに人と接することができなかった臆病な英雄。
今だって、セレスティナをもっと傷つけるんじゃないかと怯えている。
――でも、大丈夫。
「わたしは、あなたに壊されたりしないわ。あなたになら。囲われて、閉じ込められてもいい」
「そんな……うそだ……」
「本当よ」
そういってよしよしと背中を撫でる。
「ごめんなさい、真っ暗な場所で縛られると、どうしても思い出してしまったの。でも、大丈夫。――あなただったから」
くしゃりと目を細め、もう一度彼にキスをする。
「もう怖くない。好きにしていいの。あなたは本当にわたしを壊さない。それをちゃんとわかってるから、平気」
「だが、俺は……」
「不安に思うなら、ぶつけてくれていいの。それであなたが安心できるなら、いくらでも。全部。ちゃんと受けとめるから」
ぽんぽん、と彼の背中を叩く。
リカルドもぎゅうぎゅうにセレスティナを抱きしめ、肩口に顔を埋めた。
たまに、ぐしっと鼻をすするような音が聞こえてくる。涙はなかなか止まらないようで、セレスティナはゆっくりと彼の背中を撫で続けた。
セレスティナも少し性急すぎたのかもしれない。
彼の世界を広げようと、無理をさせすぎた。
これから先、いくらでも彼との時間はあるのに。
対話する時間だって、いくらでも。
だって、彼はこんなにもセレスティナのことを考えてくれていて、セレスティナが胸を痛めれば同じように震え、同じように泣いてくれるのに。
「わたし、あなたが〈糸の神〉とは違うこと、ちゃんとわかっているから」
「…………!」
「リカルドはリカルドよ。わたしのことを想ってくれていて、でも、どうやって大事にしていいかわからない、ちょっと不器用なあなた。そんなあなたに、わたしは惹かれたの」
「こんな、俺に……?」
「ええ」
ぽかんとして顔を上げたリカルドの頬を撫でる。
ああ、真っ赤に目を腫らしている。
こんな顔を見られるのはセレスティナの特権だ。それがとても嬉しくて、彼のまなじりに唇を落とした。
右だけじゃない。左の前髪も横にずらし、そちらも。
リカルドは恐れるようにわずかに震えるけれども、逃がしてあげない。全部、全部愛さずにいられるか。
「リカルド。好きよ。――あなたはどう?」
「お、俺は……」
リカルドの瞳が揺れた。
彼は自分の感情を言葉にする術を持たない。だからちょっと、難しい質問かもしれない。
それでも、彼にも、彼自身の感情を理解してほしかった。
「〈糸の神〉じゃない。あなた自身の言葉を聞かせて?」
「俺の…………」
リカルドは逡巡した。
言葉を探すように、何度も口を開け閉めする。
もごもごと、探し、選び、迷い、口を閉ざして。
「……………………あなたは。俺に、分解しろと言った」
昼間の話だろうか。
騎士団で魔法を撃つ際、その動作を分解してみろと確かに言った。
「あなたを見ていると、落ち着かなくて」
ぽつり、ぽつりと言葉が溢れていく。
「胸を締めつけられるような、苦しくなるような。だから、閉じ込めたら安心できるんじゃないかと思って。それが、暗くて。狭い場所が。俺の居場所だったから」
そういうことかと理解する。
閉じ込めたかったというよりも、自分の居場所にセレスティナを連れて行きたかったのか。
「でも、あなたは明るい場所が似合うから。あなたの好きな、明るい場所に。俺に行けというのなら。俺は、そこに行くことも喜びなのだと、知って。
でも、行けば、あなたのことを思い出して。また、落ち着かなくて。無性にあなたを抱きしめたくなる」
そうやってとつとつと語るリカルドは、いつもよりもあどけない顔をしていた。
全ての感情を初めて理解するかのように、ぽつぽつと呟き、自分自身に教えていくかのような。
「ずっとあなたの温もりを感じていたくて。ぎゅっとしていると、安心して。嬉しくて。欲ばかりが大きくなって。だから――」
リカルドが、セレスティナの頬に手を当てる。
切実そうに、ギュッと目を細めて。
「俺が。俺の欲が。あなたを閉じ込めるだけじゃ足りないって。もっと、笑った顔を見せてほしいって、叫んでるのに。俺はそれが上手くできなくて――!」
悔しい。
掠れた声が、セレスティナに届く。
セレスティナに対する感情を持て余し、閉じ込めたい自分と、セレスティナを幸せにしたい自分で対立し、悩み、でもそれをどうすることもできずに抱え込んだ不器用な人。
それがあまりに愛しく、胸がいっぱいになって、セレスティナは何度も頷く。
「――――だから、あなたの質問にも、俺は答えられない。だって、何と言っていいのか、わからなくて」
「愛してる、じゃないかしら」
「――――!」
セレスティナは微笑んだ。
「誰かが大切で、その人のことばかり考えて。何とかしたいのに、上手くいかなくて落ちこんだり、悩んだり、でも、一緒にいると嬉しかったり、その相手の笑顔が嬉しかったり。それね――――わたしも、一緒なの」
「一緒?」
呆けたようにリカルドが呟く。
そんな彼に頷き、セレスティナは繰り返す。
「わかるわ。だって、わたしも、あなたを愛しているから」
「――――――――愛。これが、愛」
リカルドはそう、噛みしめる。
それからギュッと唇を引き結び、押し黙った。
頬を、さらに耳まで真っ赤にして、しばらく――。
「愛している。――――そうか、こんな感情だったのか」
眩しそうに、微笑んだのだった。
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