上 下
42 / 65

11−3

しおりを挟む

 一度では足りない。
 二度。三度と。

「好き。大好き。――愛しているの」

 彼に伝わるまで、何度も。
 そうするうちに、ますます彼の瞳から涙が溢れてくる。

〈糸の神〉の加護を受け、圧倒的な力を持っているのに、その反動での痛みや苦しみに喘ぎ、まともに人と接することができなかった臆病な英雄。
 今だって、セレスティナをもっと傷つけるんじゃないかと怯えている。
 ――でも、大丈夫。

「わたしは、あなたに壊されたりしないわ。あなたになら。囲われて、閉じ込められてもいい」
「そんな……うそだ……」
「本当よ」

 そういってよしよしと背中を撫でる。

「ごめんなさい、真っ暗な場所で縛られると、どうしても思い出してしまったの。でも、大丈夫。――あなただったから」

 くしゃりと目を細め、もう一度彼にキスをする。

「もう怖くない。好きにしていいの。あなたは本当にわたしを壊さない。それをちゃんとわかってるから、平気」
「だが、俺は……」
「不安に思うなら、ぶつけてくれていいの。それであなたが安心できるなら、いくらでも。全部。ちゃんと受けとめるから」

 ぽんぽん、と彼の背中を叩く。
 リカルドもぎゅうぎゅうにセレスティナを抱きしめ、肩口に顔を埋めた。
 たまに、ぐしっと鼻をすするような音が聞こえてくる。涙はなかなか止まらないようで、セレスティナはゆっくりと彼の背中を撫で続けた。

 セレスティナも少し性急すぎたのかもしれない。
 彼の世界を広げようと、無理をさせすぎた。
 これから先、いくらでも彼との時間はあるのに。
 対話する時間だって、いくらでも。

 だって、彼はこんなにもセレスティナのことを考えてくれていて、セレスティナが胸を痛めれば同じように震え、同じように泣いてくれるのに。

「わたし、あなたが〈糸の神〉とは違うこと、ちゃんとわかっているから」
「…………!」
「リカルドはリカルドよ。わたしのことを想ってくれていて、でも、どうやって大事にしていいかわからない、ちょっと不器用なあなた。そんなあなたに、わたしは惹かれたの」
「こんな、俺に……?」
「ええ」

 ぽかんとして顔を上げたリカルドの頬を撫でる。
 ああ、真っ赤に目を腫らしている。
 こんな顔を見られるのはセレスティナの特権だ。それがとても嬉しくて、彼のまなじりに唇を落とした。

 右だけじゃない。左の前髪も横にずらし、そちらも。
 リカルドは恐れるようにわずかに震えるけれども、逃がしてあげない。全部、全部愛さずにいられるか。

「リカルド。好きよ。――あなたはどう?」
「お、俺は……」

 リカルドの瞳が揺れた。
 彼は自分の感情を言葉にする術を持たない。だからちょっと、難しい質問かもしれない。
 それでも、彼にも、彼自身の感情を理解してほしかった。

「〈糸の神〉じゃない。あなた自身の言葉を聞かせて?」
「俺の…………」

 リカルドは逡巡した。
 言葉を探すように、何度も口を開け閉めする。
 もごもごと、探し、選び、迷い、口を閉ざして。

「……………………あなたは。俺に、分解しろと言った」

 昼間の話だろうか。
 騎士団で魔法を撃つ際、その動作を分解してみろと確かに言った。

「あなたを見ていると、落ち着かなくて」

 ぽつり、ぽつりと言葉が溢れていく。

「胸を締めつけられるような、苦しくなるような。だから、閉じ込めたら安心できるんじゃないかと思って。それが、暗くて。狭い場所が。俺の居場所だったから」

 そういうことかと理解する。
 閉じ込めたかったというよりも、自分の居場所にセレスティナを連れて行きたかったのか。

「でも、あなたは明るい場所が似合うから。あなたの好きな、明るい場所に。俺に行けというのなら。俺は、そこに行くことも喜びなのだと、知って。
 でも、行けば、あなたのことを思い出して。また、落ち着かなくて。無性にあなたを抱きしめたくなる」

 そうやってとつとつと語るリカルドは、いつもよりもあどけない顔をしていた。
 全ての感情を初めて理解するかのように、ぽつぽつと呟き、自分自身に教えていくかのような。

「ずっとあなたの温もりを感じていたくて。ぎゅっとしていると、安心して。嬉しくて。欲ばかりが大きくなって。だから――」

 リカルドが、セレスティナの頬に手を当てる。
 切実そうに、ギュッと目を細めて。

「俺が。俺の欲が。あなたを閉じ込めるだけじゃ足りないって。もっと、笑った顔を見せてほしいって、叫んでるのに。俺はそれが上手くできなくて――!」

 悔しい。

 掠れた声が、セレスティナに届く。
 セレスティナに対する感情を持て余し、閉じ込めたい自分と、セレスティナを幸せにしたい自分で対立し、悩み、でもそれをどうすることもできずに抱え込んだ不器用な人。
 それがあまりに愛しく、胸がいっぱいになって、セレスティナは何度も頷く。

「――――だから、あなたの質問にも、俺は答えられない。だって、何と言っていいのか、わからなくて」
「愛してる、じゃないかしら」
「――――!」

 セレスティナは微笑んだ。

「誰かが大切で、その人のことばかり考えて。何とかしたいのに、上手くいかなくて落ちこんだり、悩んだり、でも、一緒にいると嬉しかったり、その相手の笑顔が嬉しかったり。それね――――わたしも、一緒なの」
「一緒?」

 呆けたようにリカルドが呟く。
 そんな彼に頷き、セレスティナは繰り返す。

「わかるわ。だって、わたしも、あなたを愛しているから」
「――――――――愛。これが、愛」

 リカルドはそう、噛みしめる。
 それからギュッと唇を引き結び、押し黙った。

 頬を、さらに耳まで真っ赤にして、しばらく――。

「愛している。――――そうか、こんな感情だったのか」

 眩しそうに、微笑んだのだった。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

処理中です...