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しおりを挟むセレスティナを組み敷き、服を切り裂き、拘束し、視界を閉ざした誰か。
ぼんやりと掠れる意識の向こうで、その誰かがわなわなと震えているのがわかる。
けれどもセレスティナにも余裕はなく、襲い来る恐怖を受けとめるのに精一杯だった。
どうしよう。
どうやって呼吸をすればいい?
それすらもわからず、無様に浅く呼吸を繰り返すも、ちゃんと酸素が届かない。
足りない。
酸素が。全然。
そうするうちに手足が痺れ、眦に涙が溜まる。それが目元の布を濡らすも、どうすることもできなかった。
大丈夫。まだ、涙は出る。死んでない。でも、怖い。
全身がひどく寒く、痛く、苦しく、つらい。何もできない。誰か。誰か助けて。
そのひと言すら発することができなくて、セレスティナはひたすら浅く呼吸をした。
そうしてようやく、セレスティナを組み敷く誰かが、セレスティナの異変を理解したらしい。
「――――っ、っ、っ、ティナ!」
弾かれたように動き出し、目元を隠していた布を剥ぎ取る。
瞬間、わずかな光が飛び込んできて、セレスティナは目を見張った。
ああ、視界が暗い。定まらない。ぼんやりする。わからない。
でも――。
目の前に映る赤。
誰かが心配そうにこちらを見つめている。
その瞳の黒に、ああ、と思う。
――セレスティナは知っている。
かつて、あの深い闇の底から救ってくれた誰かが、こんな色彩をしていた。
ぽとりと、セレスティナの頬に温かいものがこぼれ落ちる。
涙だ。
黒曜石の瞳から、ほとほとと涙がこぼれ落ちてくる。
心配そうな目を向けて。
でも、その感情をどうぶつけていいのかわからなくて。
不器用にこちらを見下ろしていたあの人。
「――――――――リカルド、だったのね」
かつて、イオス王国からセレスティナを助けてくれたのは。
セレスティナに対する、並々ならぬ執着は知っていた。
彼自身がそれを押しとどめようとしていることも。
拒否しているのを分かっていながらも、フィーガや周囲が後押しして、この婚姻は成立した。
一度箍を外してしまえば、リカルドの人生をレールに敷くことができる。数多の人が、彼の幸せを決めつけて、実行した。
だからセレスティナは、少なからずこの婚姻に対して戸惑う気持ちはあった。
本当にセレスティナを手に入れることが、彼にとっての幸せかどうかわからないから。
リカルド以外の人間がそれを決めつけてはいけないと、どこかで思っていたからだ。
でも――。
(あのとき、リカルド自らが来てくれた)
フォルヴィオン帝国とはまったく関係がない異国の王女。その王女が婚姻先で虐げられていようと、本来は横槍を入れるものではない。
それでも、彼自らが助けに来てくれた。
周囲が背中を押したからじゃない。
ちゃんと、リカルド本人がセレスティナを欲してくれた。
それを実感して、胸がいっぱいになる。
「俺は、俺はいつだって、あなたを傷つけることしかできない」
ああ、リカルドが泣いている。
泣かないでいいのに。あなた自身が傷つかなくていいのに。
「捕らえて、囲って、こうして怖がらせることしか――」
「いいえ、違うわ」
セレスティナは首を横に振った。
はっきりと言葉にすると、リカルドがぱちぱちと瞬く。そのたびに、眦に溜まった涙がこぼれ落ち、ほたほたとセレスティナの頬を濡らしていった。
(こんな温かい涙を流す人が、傷つく必要なんてない)
セレスティナ自身も瞳を潤ませながら、表情をくしゃくしゃにして微笑んだ。
「ね、リカルド。この拘束を解いて? でないと、あなたを抱きしめられないわ」
そう言いながら縫うように纏められた手首を振って主張すると、リカルドは放心しながらもこくりと頷く。
今度は丁寧に、優しく、その布は解かれた。
少しキツイくらいに縛られていたから、拘束が取れてわずかにほっとする。
そうしてセレスティナは濡れた彼の頬を細い指先で拭い、今度は彼の背中に腕を回してゆっくり引き寄せた。
とても簡単に、彼の身体は引き寄せられてくれた。
そして今度は、セレスティナから優しいキスを送る。
「ね、リカルド。わたし、あなたが好き」
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