【R18】愛されないとわかっていても〜捨てられ王女の再婚事情〜

浅岸 久

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 セレスティナを組み敷き、服を切り裂き、拘束し、視界を閉ざした誰か。
 ぼんやりと掠れる意識の向こうで、その誰かがわなわなと震えているのがわかる。
  けれどもセレスティナにも余裕はなく、襲い来る恐怖を受けとめるのに精一杯だった。
 
 どうしよう。
 どうやって呼吸をすればいい?
 
 それすらもわからず、無様に浅く呼吸を繰り返すも、ちゃんと酸素が届かない。
 足りない。
 酸素が。全然。

 そうするうちに手足が痺れ、眦に涙が溜まる。それが目元の布を濡らすも、どうすることもできなかった。

 大丈夫。まだ、涙は出る。死んでない。でも、怖い。
 全身がひどく寒く、痛く、苦しく、つらい。何もできない。誰か。誰か助けて。
 そのひと言すら発することができなくて、セレスティナはひたすら浅く呼吸をした。

 そうしてようやく、セレスティナを組み敷く誰かが、セレスティナの異変を理解したらしい。


「――――っ、っ、っ、ティナ!」

 弾かれたように動き出し、目元を隠していた布を剥ぎ取る。
 瞬間、わずかな光が飛び込んできて、セレスティナは目を見張った。

 ああ、視界が暗い。定まらない。ぼんやりする。わからない。
 でも――。

 目の前に映る赤。
 誰かが心配そうにこちらを見つめている。
 その瞳の黒に、ああ、と思う。

 ――セレスティナは知っている。
 かつて、あの深い闇の底から救ってくれた誰かが、こんな色彩をしていた。


 ぽとりと、セレスティナの頬に温かいものがこぼれ落ちる。
 涙だ。
 黒曜石の瞳から、ほとほとと涙がこぼれ落ちてくる。

 心配そうな目を向けて。
 でも、その感情をどうぶつけていいのかわからなくて。
 不器用にこちらを見下ろしていたあの人。


「――――――――リカルド、だったのね」

 かつて、イオス王国からセレスティナを助けてくれたのは。

 セレスティナに対する、並々ならぬ執着は知っていた。
 彼自身がそれを押しとどめようとしていることも。
 拒否しているのを分かっていながらも、フィーガや周囲が後押しして、この婚姻は成立した。
 一度箍を外してしまえば、リカルドの人生をレールに敷くことができる。数多の人が、彼の幸せを決めつけて、実行した。

 だからセレスティナは、少なからずこの婚姻に対して戸惑う気持ちはあった。
 本当にセレスティナを手に入れることが、彼にとっての幸せかどうかわからないから。
 リカルド以外の人間がそれを決めつけてはいけないと、どこかで思っていたからだ。
 でも――。

(あのとき、リカルド自らが来てくれた)

 フォルヴィオン帝国とはまったく関係がない異国の王女。その王女が婚姻先で虐げられていようと、本来は横槍を入れるものではない。

 それでも、彼自らが助けに来てくれた。
 周囲が背中を押したからじゃない。
 ちゃんと、リカルド本人がセレスティナを欲してくれた。
 それを実感して、胸がいっぱいになる。


「俺は、俺はいつだって、あなたを傷つけることしかできない」

 ああ、リカルドが泣いている。
 泣かないでいいのに。あなた自身が傷つかなくていいのに。

「捕らえて、囲って、こうして怖がらせることしか――」
「いいえ、違うわ」

 セレスティナは首を横に振った。
 はっきりと言葉にすると、リカルドがぱちぱちと瞬く。そのたびに、眦に溜まった涙がこぼれ落ち、ほたほたとセレスティナの頬を濡らしていった。

(こんな温かい涙を流す人が、傷つく必要なんてない)

 セレスティナ自身も瞳を潤ませながら、表情をくしゃくしゃにして微笑んだ。

「ね、リカルド。この拘束を解いて? でないと、あなたを抱きしめられないわ」

 そう言いながら縫うように纏められた手首を振って主張すると、リカルドは放心しながらもこくりと頷く。
 今度は丁寧に、優しく、その布は解かれた。
 少しキツイくらいに縛られていたから、拘束が取れてわずかにほっとする。

 そうしてセレスティナは濡れた彼の頬を細い指先で拭い、今度は彼の背中に腕を回してゆっくり引き寄せた。
 とても簡単に、彼の身体は引き寄せられてくれた。
 そして今度は、セレスティナから優しいキスを送る。

「ね、リカルド。わたし、あなたが好き」
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