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 リカルドは、セレスティナとの出会いで何かが変わった。
 確かに〈処女神〉は、〈糸の神〉とは因縁がある存在だ。

 神になりきれない中途半端な半神。だからセレスティナも、魔力が少し多いだけで、その魔力を何に使うこともできない平々凡々な才能しか授からなかった。
 ずっと第一降神格エン・ローダではあっても、第一降神格エン・ローダではないような複雑な気持ちを抱いて生きてきたのだ。
 けれど――。

 向こうで戦うリカルドを見た。
 太陽の下、自由に身体を動かしながら、活き活きと戦っている。
 いや、戦闘時だけではない。このところ、彼は外に自由に出られるようになった。

 それは、生きていることが苦痛でなくなったということだ。
 セレスティナと出会い、結婚してから――。

(――ううん、違うわ。あの地下室にお見舞いに行った日からよ)

 結婚しただけでは、彼の体調はよくならなかった。やはり地下室に引き籠もり、なんとか呼吸をしていただけ。
 しかし、暴れようとする〈糸の神〉の渇望を抑えきれず、セレスティナを襲い――彼は変わった。

〈処女神〉には、何の力もないと思っていた。
 少なくとも、神話上では〈糸の神〉を冥界に堕とすきっかけになっただけで、何をしてあげられたわけでもなかった。
 けれども、もしかしたら。

(わたしが。わたしだけが、リカルドを癒やせる……?)

 胸の奥に膨らむひとつの希望。
 そうだったらいい。
 誰の、何の役にも立てなかったセレスティナだけど、リカルドの役に立てているのかもしれない。
 それはとても嬉しく、誇らしい出来事だ。

 目頭が熱くなるのを自覚しながら、ぐっと堪える。
 そうして目を細め、騎士たちと戦うリカルドを見つめた。

 あの人に囚われ、囲われ、何度も抱かれた。
 そうした日々の中で、彼に情がわかないはずがなかった。
 セレスティナを欲してくれた大切な旦那様。そんな彼のことを、特別に想わないはずがない。

 無口で、何を考えているのかわからなくて、強引で、社会不適合者で、どうしようもないところもあるけれども。それでもセレスティナを求め、甘えてくれる彼の存在が愛おしい。
 胸の奥に宿る熱を感じつつ、セレスティナはぎゅっと胸の前で手を握った。


「こんなものか! お前たち!」

 10人抜いてそれでも足りず、さらに10人を相手する。どれほど集中しているのか、こちらに目もくれず戦い続ける彼のことを、周囲の騎士たちも驚きの目で見つめていた。
 どちらかと言えば、畏怖だ。
 誰かが「バケモノだ」と呟くのが聞こえる。
 やさぐれるように「訓練したところで勝てるはずがない」と――。

 周囲がリカルドの圧倒的な強さに線を引いていく。それが心の奥でチリチリ燻る。
 そうじゃない。彼には、もっと――! と思ったところで、ふと、彼がこちらの方向に顔を向ける。

「!!」

 横から攻撃してきた騎士をいなすために吹き飛ばし、バッと後ろに跳躍する。

「――ここまでだ!」

 かと思えば、唐突に訓練を終了し、リカルドは一足飛び。
 疲労で崩れ落ちる騎士たちを無視して、あっという間にセレスティナの前に辿り着いた。

「ティナ!」
「リカルド。――ふふ、来ちゃった」

 などと、あくまでもセレスティナの思いつきであったかのように言ってのける。こうしておけば、周囲への咎はないはずだから。……おそらくだが。
 一方のリカルドは、早々にセレスティナの姿を皆から隠そうと、自らが壁になっている。

「ねえ、リカルド。皆が指示を待ってるわよ?」

 放置していたらいけないでしょう? と、彼の仕事を思い出させるように突っついてみた。リカルドはウッと言葉に詰まり、振り返る。

「10分の休憩と――いや、この後は自由訓練――」
「10分! 10分よ! 規定通り!」

 危なかった。
 横から止めなければ、このまま彼と一緒に真っ直ぐ帰宅コースになるところだった。
 セレスティナが割り入るように大きな声を出すと、周囲の騎士たちが面食らったような顔をしてこちらを見ている。
 中には、ぷっと噴き出す者もいて、ちょっとだけ安心した。

「リカルド、わたし、どうしてもあなたが訓練しているところが見たかったの。だから、これで終わりだなんて言わないで?」
「しかし……」

 リカルド相手には要望を具体的に伝えた方がいいことを、すでにセレスティナは理解している。だから、はっきりと見学がしたいのだと告げると、リカルドはぐっと空を仰いだ。
 目元を押さえ――これは、非常に考えている顔である。己の中の欲望と、セレスティナの希望、色々なものを天秤に掛ける際、彼はじっと押し黙るのだ。

「………………………………わかった」
「ふふ、嬉しい!」

 手を叩いて喜ぶと、リカルドはぎゅぎゅっと眉間に皺を寄せた。
 機嫌が悪いか、非常に機嫌がよすぎるか、極端なときに見せる顔である。彼は無言でセレスティナの腰を抱き、訓練場の入り口から外に出る。
 ひと目がなくなった瞬間に、視界がリカルドの顔でいっぱいになった。

 キスだ。
 すっぽりと彼に抱き込まれて、キスをされている。

「――あなたは、屋敷で大人しくしていては、くれないのですか」

 少し責めるような口調に、彼の本音が垣間見えた。
 リカルドはいつだって、セレスティナを閉じ込めたい。そんなことはわかっている。

「わたしが外に出るときは、あなたと一緒か、あなたの元へ向かうときだけ。それでは駄目かしら?」
「――――っ」

 しっかり目を合わせて尋ねると、リカルドは分かりやすく狼狽えた。
 耳まで真っ赤にして、そっぽ向く。

「本当に?」
「ええ、本当に。約束するわ」

 なんとなく。
 これだけは、絶対に守らないといけないと感じている。
 彼の中で許せるギリギリのライン。
 彼のセレスティナへの執着は重く、深く、おそらくセレスティナでは理解できないようなもの。
 でも、わからないからといって踏みにじってはいけない。

 本当は誰にも見せず、囲い、捕らえ、閉じ込め、一生飼い慣らしたいと、彼の本能は思っているだろう。
 そこを、彼は少しだけ譲歩してくれた。己の渇望を押しとどめ、セレスティナに自由をくれた。
 ならばセレスティナも、彼に対して何かを捧げなければいけない。

 ここを越えると、何かが壊れる。
 セレスティナ自身もそれを本能で察知したからこそ、迷いなく約束した。

「必ず約束するわ。リカルド」

 あなたの檻に囚われてあげる。
 そう微笑み、今度はセレスティナからキスをした。
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