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しおりを挟む久しぶりの外出だ。
リカルドが嫌がることを知っているから、セレスティナは極力屋敷から出ないように気をつけていたが、今日は当のリカルドに会いに行くのだから問題ないだろう。
というか、反動からの囲い込みは織り込み済みだ。
向こう一週間、まともに動けなくなるだろうなと覚悟しつつも、セレスティナはどこか浮き足だった気持ちでいた。
落ち着いたフォッグブルーのワンピースは、襟や袖に白いレースがたっぷりとあしらわれており、抜け感があって爽やかだ。騎士団棟へ向かうので、華美すぎず、かといって地味すぎない上品な印象になるよう、形の綺麗な衣装を選ぶことにした。
髪は軽く編み込んで、後ろでひとつに束ね、ワンピースと同じ色のリボンで纏めた。
屋敷の中ではあまり着ない格好で、お出かけに気持ちも上がる。
セレスティナは自分が必要とされているのを実感すると、嬉しくて胸が膨らむのだ。
リカルドは驚くだろうけれど、この訪問が彼にとって少しでもよいものになるといい。
しっかり皆への差し入れも用意して、意気揚々と城へ向かった。
話はきちんと通っているらしく、城につくなり、フィーガがニコニコと出迎えにきた。
「いやあ、奥様すみません! ――ちなみに、主はこのことを知らないので、あなたを見つけた時の表情には注目ですね!」
「まあ!」
悪戯っ子の目をして、口元で人差し指を立てながらニイイと笑うフィーガの様子に、セレスティナもくすくすと笑う。
遠くからは訓練中の、騎士たちのかけ声が聞こえてきて、その力強さにセレスティナはますます昂揚していく。
フォルヴィオン帝国の騎士団は本当に優秀だと聞く。だから、純粋にどのように訓練しているのか興味もあるのだ。
城の東に向かっていき、石造りのアーチをくぐり抜ける。
四方を高い石壁に囲まれたそこが、騎士団の訓練所のようだった。
丁度、模擬試合をしているらしく、抜剣した騎士たちが打ちあっている。その熱気にのまれ、セレスティナは息を呑むも、その中にひときわ目を引く集団がいた。
ほとんどの騎士たちが一対一で打ちあっているのに対して、訓練場の中央で打ちあっている者たちの人数比率がおかしい。
一対七? いや、もっとか。十人くらいいるかもしれない。
圧倒的な人数差を、長剣ひとつでいなしている男がいる。
鮮やかな赤い髪が揺れる。黒のコートを翻し、次々と襲い来る騎士たちを軽く薙いでいく。
相手の振りかぶった剣の力をそのまま利用し、勢いを殺して体勢を崩したところを長い脚で蹴り上げる。
かと思えば、後ろから襲ってきた男の位置を正確に把握し、ザッと空中に飛びたっては、くるりと後ろに回転して着地。見事に男の背後をとり、肘で背中を突いた。
剣を持っているけれど、それを使用したらあまりに簡単に殺せてしまう。訓練用ではあるから怪我程度で済むかもしれないが、それでも、大怪我をさせかねないほどの実力差。
だからリカルドは、剣は受け流すだけに使い、ほぼほぼ体術で応戦していた。
驚くべきなのは、その体術が全く型にはまっていないということだ。
おそらく、彼の独学。というか、感性による動きなのだろう。人体の限界を無視した圧倒的な体術。あの細い身体から、その俊敏さ、力強さがどうやって湧いてくるのか不思議で仕方がない。
「…………アレで、まだ特大の魔力を隠し持っていますからねェ。ま、バケモノです」
「魔力」
そうだ。
リカルドといえば、黒騎士。その名前の由来は、本来彼の持つ魔力から来ているのだという。
〈糸の神〉の力をそのまま受け継いだとも言われる爆発的な魔力。たったひとりで、一軍と相対せるという力を使わずとも、この実力である。
(フォルヴィオン帝国が手放さないわけね)
少々の素行不良など、余裕で目を瞑れるほどの、圧倒的な力。
それを目にして、セレスティナは思った。
(なんて、難儀な……)
セレスティナのように中途半端な力しか授からなくても大変だけれど、大きすぎる力に振り回される彼はもっとだろう。
「ふふっ」
と思えば、横でフィーガが笑っていた。
「主ってば、今日はとっても調子がいいみたいですね」
「そうなの?」
「ええ、あなた様のおかげです」
驚きで目を見開き、フィーガの横顔を確認する。
普段は人を食ったような表情ばかりしているフィーガが、頬を緩め、とても眩しそうにリカルドを見ていた。
「主が、日の光が苦手だというのはお伝えしておりましたね」
「ええ」
「それに限らず、本当に――本当に駄目だったのですよ」
「何が?」
「生きることが」
時間が止まったような気がした。
だって、それは、全部だ。彼の全て。その意味を受けとめかねて、セレスティナはぎゅっと胸元で手を握りしめる。
「生きて、呼吸をするだけで苦しい。全身が痛み、身体を動かすことも億劫なほどに。――10年以上前、僕があの方を見つけたとき、あの方は世界の全てを呪っていた」
「…………」
「あの方の加護は特別です。本来、人間に与えられるものとしてはあまりに強すぎる加護。――実際、7柱いる最上級神の加護を受けた人間は、歴史を遡っても数える程しかない」
それはそうだ。
神々に愛されしルヴォイア王族の血族を見ても、最上級神の加護は、初代の〈天空神〉ルヴォイアスの加護まで遡る。それほどまでに稀で、第一降神格の中でも特別な存在だ。
そんなとんでもない加護を授かった人間が、普通に暮らせるとは思えない。
「〈糸の神〉は命を絶ちきる戦の神。そのせいで、あの方は戦っているときしかね、まともに身体を動かすこともできなかった」
「…………」
「国の要請がないかぎり、あの地下室で、言葉通り、ずっと苦しんで眠っていたのですよ」
「でも、4年前は――」
例の国際会議でリカルドと会った。あれは体調不良を押して、無理に参加していたのだろうか。
それが成人した第一降神格の義務だから。
「ええ。4年前。あの方にとって、全てが変わる出会いがあった」
もしかして、と思う。
リカルドと〈糸の神〉の関係性は密接だ。彼の言動や考え方を見ていても思う。〈糸の神〉と非常に近いものがある。
そして、〈糸の神〉とまるでシンクロするかのように求めているものがあった。
「――――わたし?」
「そうです。〈処女神〉の加護を授かったあなた様と」
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