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10−1 お仕事見学
しおりを挟むそうして、リカルドと丘の上の屋敷で暮らす日々が始まった。
セレスティナとしては、まずはリカルドの部屋を用意したかったけれど、それだけは嫌だと断固拒否された。
もともと、狭い地下の執務室にセレスティナを閉じ込めるつもりだった彼のことだ。部屋を分けることなどあり得ないらしく、屋敷にいるときは本当にセレスティナにぴっとりくっついている。
どちらかといえば監視のようで、少しだけ息が詰まる。
セレスティナとしては、もっと肩の力を抜いてくれていいのにとも思うが、その感覚がリカルドにはわからないのだろう。
でも――。
(リカルドは、ラルフレット様とは違う)
執着し、閉じ込め、囲い込もうとするけれど、根底が違う。それだけは確かだ。
リカルドの想いははっきりとはわからない。でも、きっと、ここからだ。
彼はセレスティナと向き合い、話を聞いてくれる。
ずっと引き籠もっていたのに、納得して外に出ようとしてくれていることもそう。受け入れ、変化しようとしてくれている。
もちろん、根っこの部分は変わらない。
抱き潰されて、翌朝ふたりして起きられないことなど一度や二度ではない。
フィーガが、リカルドは社会不適合者と言い切っているが、それは真実で、呆れるほどに自由だ。セレスティナを抱いているうちに火がついて、翌日も翌々日も部屋に篭りきりになり仕事を放棄することなんてしょっちゅうで、よくそれでクビにならないなと呆れることもある。
リカルドは言葉通り困った人だし、国も国でリカルドに甘すぎるのだ。
そう、フォルヴィオン帝国自体が。
セレスティナの中で、燻るような想いがある。
どうしてこの国は、こうもリカルドに甘いのか。
結局の所、圧倒的なリカルドの力を手放せないと思っているからだろう。
だから、普段の生活態度などどうでもいい。いざというとき、彼の力を自由に引き出せる位置にいてくれたら、それでいいと開き直っているのではないだろうか。
「…………」
セレスティナは厳しい顔をして考え込む。
そうして諦めていては、関係性など築きようがない。単に、互いに楽をしているだけだ。
でも、それは――。
(あまりに寂しい)
そう考えてしまうのは、セレスティナのエゴなのだろうか。
《あー……ええー……奥様、奥様、聞こえてますゥ?》
それは、あまりに突然だった。
リカルドを仕事に送り出し、自室でのんびりしていたときのことだ。
昨夜もリカルドにはたっぷり愛されて、まだまだ身体はだるい。これをゆったり回復させるのもセレスティナの仕事だから、無理せず休むようにしている。
そんな折、誰もいない部屋の中に、唐突に声が響いてきたのだ。
「え?」
《あ! ちゃんと聞こえてますね! ドーモドーモ、フィーガです》
一体何が起こっているのだろうか。
フィーガはリカルドと共に、騎士団へ顔を出しているはずだ。ひとりだけ先に帰ってきたのだろうか。
一体どこにいるのかとキョロキョロ周囲を見回すも、彼の姿は見えない。代わりに、ふよふよと宙を浮いている、薄緑色の光球のようなものがあった。
《これ。光の球、見えますゥ? 僕、ここから声、出してるんですけど》
「……魔法?」
《そーそー。魔法みたいなモノって言うか、加護ですねェ。ほら、奥様、僕の加護はご存じで?》
「〈伝達の神〉の……」
《そーゆうこと! これ〈伝達の神〉サマサマの、超便利な加護なんですけど》
「まさか、離れたところから声を?」
《ですです。実は、それなりの距離ならコイツで会話できちゃうんですよ。便利でしょ?》
「……すごいわね」
改めて、これが第一降神格の力かと実感する。セレスティナには到底なかった力だ。
ただ、昔ならすごく羨んでいたと思うが、不思議と今はそのような感情が湧いてこない。純粋に感心し、そのような優秀な補佐官がリカルドを見込んで側にいてくれることにほっとする。
《主のいない今のうちに、ちょこっと提案なんですけどォ》
「どうしたの?」
わざわざ声を潜ませて、フィーガは告げる。
《奥様、体調はどうです? 午後あたりから、動けたりしません?》
「えっと。まだ少しだるいけれど、午後からなら大丈夫かな。何かあるの?」
《ふっふっふ! これは、提案なんですけどォ。――奥様、抜き打ちで主の職場訪問、しません?》
「え?」
セレスティナは目を丸くした。
職場訪問というのは、以前訪れた騎士団棟のことだ。
もしかして、リカルドが再びあの地下室に引き籠もってしまったのだろうか。急に心配になって、ガバリと顔を上げる。
《あっあっあっ! 勘違いなさらないでくださいね。以前みたいなのではなく――いや、その節は、だまし討ちで連れて行っちゃったみたいになって、僕も反省していると言いますか、本当にすみません……》
「いいえ。いいのよ、それは」
確かにやり方は、あまりよくなかったかもしれない。
まさか何日もあの部屋から出られなくなるとは思わなかったし、とんでもない経験を積んでしまった。ああなるのがわかっていて連れて行ったのだから、相当タチが悪い。
けれども、結果的には、セレスティナにとってもリカルドにとってもよかったと思う。
《今日はその、もっと別のお誘いで! 明るいところで! 他の騎士たちもいる元気な職場なんですゥ! 主ってば、とうとう他の騎士の指導を任されることになっちゃってるんですけど――あ、任されるようになったって言っても、もともと隊長の業務ではあるんですけどね!》
……これまでのらりくらりとサボっていたというわけだ。
わかっていたことだが、改めて、どれだけ自由を許されていたのだと頬を引きつらせる。
《ほら、主ってば、あんな感じでしょ? 神出鬼没のミステリアス騎士ってことで、若手の騎士は案外憧れてたりもするんですけどォ、それはそれ、これはこれで》
「ああ……」
なんとなくわかる。コミュニケーション能力が皆無で、指導どころではないのだろう。
《みんな怖がっちゃうし、主も主で、戦闘能力と指導力は比例しないっていうかァ》
きっと天才肌なのだろう。
努力型のセレスティナにはありありと想像できる。
感覚で全てを理解できてしまう人の教えは、本当に参考にならないのだ。
彼の部下にあたる騎士たちが途端に不憫に思えてくる。
《指導力は、まァ、追々でいいとも思うんですけど、もうちょっとね、人間関係は何とかしてあげたいなって言うか。ほら、主のためにも》
上手くいかなければ、やる気を失ってまた引き籠もりかねない。
こういうときは初めが肝心だ。セレスティナは大きく頷きながら、光球に向きなおる。
《そこで! 奥様の出番ってわけです。穏やかで優しい奥様が見学にいらっしゃったら「あんな素敵な女性と素敵な家庭を築いている方なんだ」って主の好感度もアップ! 親近感が湧くってモノですよ》
なんだかとても、責任重大な役割を任されてしまった。
ただ、リカルドの職場の同僚に挨拶をすること自体は吝かではない。むしろ、今後ともリカルドを頼むと、しっかり伝えておきたい。
「ちょっと買いかぶりのような気もするけれど、わたしもご挨拶に行きたいわ」
《やったー! ありがとうございます! ――あ、でも》
急にフィーガの声が翳った。
一体どうしたのだろうと、パチパチと瞬く。
《今回は先に言っておきますけどォ。主ってば、嫉妬して、反動で奥様にヒドイコトをしたり、囲い込んで閉じこもったりとかァ。まあ、色々やらかしそうではあるので、そこは――》
覚悟して来いということなのだろう。
まあ、フィーガの言っていることはよくわかる。セレスティナだって、同じ想像をしてしまったのだから。
「わかってる。それでも、きっとそれがリカルドのためだから」
もう、覚悟は決めているのだ。
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