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「リカルドは黒騎士団の隊長の任についているのよね?」
「はい。奥様、そうです」
先ほどの会話からも、フィーガは、目的のためには手段を選ばない男であったと理解した。
リカルドにセレスティナを差し出したのもそうだろう。きっと、リカルドがセレスティナを囲い込もうとすれば、あの地下室から出てこざるを得なくなることまで読んでいた。
セレスティナはおそらく、そのための駒にされたのだ。
でも、ちっとも嫌ではない。
フィーガの一番大事なものは、おそらくリカルドだ。態度は砕けたものではあるが、その行動理念のようなものをはっきりと感じる。
リカルドは、あの地下室に引き籠もっていた。けれど、それに対してもどかしい気持ちもあったのだろう。セレスティナだって同じことを思ったのだから。
リカルドを外に出すという目的を達成したのであれば、次にフィーガが考えていることも、なんとなくわかる。
「それで、リカルドのお仕事のスケジュールはどうなっているのかしら? つきっきりで看病してもらえるのは嬉しいけど――」
あえてリカルドの顔を見上げてみる。
…………やましいところがあるのだろう。ふいっと視線を逸らすあたり、非常にわかりやすい。
「リカルドは、この国でもとても重要な責任を担っているでしょう? わたしが独占しては、この国の民に申し訳が立たないわ」
キュッと彼の服の袖を掴んでみる。ついでに上目遣いをしてみると、リカルドがわかりやすく、うっと呻いた。
しかし、そこはやはりリカルド。我を押し通す強さはピカイチだ。
「俺をみくびらないでくれますか。あなたを優先する。ずっと、ここにいますから。心配しなくていい」
ふたりきりで閉じこもる方向に話を持っていこうとする。
国民や責任とセレスティナを天秤に掛けて、余裕でセレスティナをとるのか。なるほど、なかなか手強い。
チラッとフィーガに視線を向けると、ヤレッ! 行けっ! と目で訴えかけてくる。
なるほど、ここは共同戦線だ。
セレスティナは大きく頷き、もう一度リカルドに向きなおった。
「このところ、ずっとわたしにつきっきりでいてくれたでしょう? リカルドとたくさん過ごせて、わたしは嬉しかった。でも、リカルドの同僚の皆さんにご迷惑をかけるのは本意ではないわ」
「そんなものはどうとでもなります。あなたが気にすることじゃ――」
「嫌なの。わたしのせいで、あなたの評価が下がるのが」
「うっ」
よし、もう一押しだ。
それを察知し、セレスティナは言葉を選ぶ。
「だって、大事な旦那様だもの。新婚で、周囲も理解してくれると思うけれど、それに甘えてばかりじゃ駄目よ。今が一番大事なときなの。あなたのためにも、お仕事を頑張ってほしいの」
「ううう……!」
真っ直ぐリカルドの目を見て告げると、リカルドは目に見えてたじろいだ。
リカルドがまともに働いていないことは、フィーガから聞き取り済みではあるが、この際、そんなことは知らなかったことにする。
「だって、あの黒騎士様よ? あなたを頼りにしている人、いっぱいいるわ。わたし、そんなあなたがとても誇らしいの」
「ううううう……!」
リカルドはセレスティナにとことん甘い。
だから、こう言ってしまえば、セレスティナの期待に応えようとしてくれるだろう。
リカルドがセレスティナのことを殊更大事にしてくれていることは理解している。
愛――なのだろうか。
いや、それとはちょっと違った感情のような気もしないでもないが、おそらく、とても狭い人間関係の中にセレスティナは入りこむことを許された。
そしてセレスティナは、少しでも彼に、もっと外の世界を見てほしい。そう望むようになっている。
「ね、リカルド。わたしね、あなたの話をもっと聞きたい。だから今夜帰ってきたら、今日のあなたのお話を聞かせて?」
「~~~~~~!」
両目をぎゅーっと閉じて、リカルドは天井に顔を向けた。
脳みそをフル回転させて考えているのだろう。欲望と理性、ついでにセレスティナの提案とお願い。色んなものを天秤にかけながら、答えを選び取る。
「……………………………………わかった」
リカルドの後ろで、フィーガが両手を挙げて喜んでいるのが見えた。
ミアも信じられないと、二度、三度とリカルドの顔を見ているし、なによりもセレスティナが、彼がその結論を選び取ってくれたことが嬉しかった。
「わたしはここで、大人しく身体をやすめて待っているから」
「ああ」
「心配しないで。ちゃんと、いい子にして寝ているわ」
そうして、彼の服の袖を引っ張って、リカルドの頬にキスを落とす。
「旦那様のお帰りを、お待ちしています。気をつけて行ってきてね」
誰かの帰宅を待てるというのが、こんなに嬉しいことだと思わなかった。
リカルドはきっと、今夜はここに帰ってきてくれる。
セレスティナの大切な旦那様。
彼と過ごすことは大変でもあるけれど、また彼と会える夜が今から楽しみでならない。
きっとこれは、幸せな結婚にできる。
そう確信しながら、セレスティナはリカルドを送り出したのだった。
「はい。奥様、そうです」
先ほどの会話からも、フィーガは、目的のためには手段を選ばない男であったと理解した。
リカルドにセレスティナを差し出したのもそうだろう。きっと、リカルドがセレスティナを囲い込もうとすれば、あの地下室から出てこざるを得なくなることまで読んでいた。
セレスティナはおそらく、そのための駒にされたのだ。
でも、ちっとも嫌ではない。
フィーガの一番大事なものは、おそらくリカルドだ。態度は砕けたものではあるが、その行動理念のようなものをはっきりと感じる。
リカルドは、あの地下室に引き籠もっていた。けれど、それに対してもどかしい気持ちもあったのだろう。セレスティナだって同じことを思ったのだから。
リカルドを外に出すという目的を達成したのであれば、次にフィーガが考えていることも、なんとなくわかる。
「それで、リカルドのお仕事のスケジュールはどうなっているのかしら? つきっきりで看病してもらえるのは嬉しいけど――」
あえてリカルドの顔を見上げてみる。
…………やましいところがあるのだろう。ふいっと視線を逸らすあたり、非常にわかりやすい。
「リカルドは、この国でもとても重要な責任を担っているでしょう? わたしが独占しては、この国の民に申し訳が立たないわ」
キュッと彼の服の袖を掴んでみる。ついでに上目遣いをしてみると、リカルドがわかりやすく、うっと呻いた。
しかし、そこはやはりリカルド。我を押し通す強さはピカイチだ。
「俺をみくびらないでくれますか。あなたを優先する。ずっと、ここにいますから。心配しなくていい」
ふたりきりで閉じこもる方向に話を持っていこうとする。
国民や責任とセレスティナを天秤に掛けて、余裕でセレスティナをとるのか。なるほど、なかなか手強い。
チラッとフィーガに視線を向けると、ヤレッ! 行けっ! と目で訴えかけてくる。
なるほど、ここは共同戦線だ。
セレスティナは大きく頷き、もう一度リカルドに向きなおった。
「このところ、ずっとわたしにつきっきりでいてくれたでしょう? リカルドとたくさん過ごせて、わたしは嬉しかった。でも、リカルドの同僚の皆さんにご迷惑をかけるのは本意ではないわ」
「そんなものはどうとでもなります。あなたが気にすることじゃ――」
「嫌なの。わたしのせいで、あなたの評価が下がるのが」
「うっ」
よし、もう一押しだ。
それを察知し、セレスティナは言葉を選ぶ。
「だって、大事な旦那様だもの。新婚で、周囲も理解してくれると思うけれど、それに甘えてばかりじゃ駄目よ。今が一番大事なときなの。あなたのためにも、お仕事を頑張ってほしいの」
「ううう……!」
真っ直ぐリカルドの目を見て告げると、リカルドは目に見えてたじろいだ。
リカルドがまともに働いていないことは、フィーガから聞き取り済みではあるが、この際、そんなことは知らなかったことにする。
「だって、あの黒騎士様よ? あなたを頼りにしている人、いっぱいいるわ。わたし、そんなあなたがとても誇らしいの」
「ううううう……!」
リカルドはセレスティナにとことん甘い。
だから、こう言ってしまえば、セレスティナの期待に応えようとしてくれるだろう。
リカルドがセレスティナのことを殊更大事にしてくれていることは理解している。
愛――なのだろうか。
いや、それとはちょっと違った感情のような気もしないでもないが、おそらく、とても狭い人間関係の中にセレスティナは入りこむことを許された。
そしてセレスティナは、少しでも彼に、もっと外の世界を見てほしい。そう望むようになっている。
「ね、リカルド。わたしね、あなたの話をもっと聞きたい。だから今夜帰ってきたら、今日のあなたのお話を聞かせて?」
「~~~~~~!」
両目をぎゅーっと閉じて、リカルドは天井に顔を向けた。
脳みそをフル回転させて考えているのだろう。欲望と理性、ついでにセレスティナの提案とお願い。色んなものを天秤にかけながら、答えを選び取る。
「……………………………………わかった」
リカルドの後ろで、フィーガが両手を挙げて喜んでいるのが見えた。
ミアも信じられないと、二度、三度とリカルドの顔を見ているし、なによりもセレスティナが、彼がその結論を選び取ってくれたことが嬉しかった。
「わたしはここで、大人しく身体をやすめて待っているから」
「ああ」
「心配しないで。ちゃんと、いい子にして寝ているわ」
そうして、彼の服の袖を引っ張って、リカルドの頬にキスを落とす。
「旦那様のお帰りを、お待ちしています。気をつけて行ってきてね」
誰かの帰宅を待てるというのが、こんなに嬉しいことだと思わなかった。
リカルドはきっと、今夜はここに帰ってきてくれる。
セレスティナの大切な旦那様。
彼と過ごすことは大変でもあるけれど、また彼と会える夜が今から楽しみでならない。
きっとこれは、幸せな結婚にできる。
そう確信しながら、セレスティナはリカルドを送り出したのだった。
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