【R18】愛されないとわかっていても〜捨てられ王女の再婚事情〜

浅岸 久

文字の大きさ
上 下
33 / 65

9−1 変化のきざし

しおりを挟む

「何やってるんですか、本当に! あなた様は!」

 部屋の向こうから大きな声が聞こえてくる。
 女性の声――ああ、これは侍女のミアの声だと、ぼんやりとした意識の中セレスティナは思った。

「本当にねェ、こうなるんじゃないかなァとは思ってましたけど、やっぱり抱き潰しましたね、主ってば」
「フィーガも! わかっていたのなら止めてください! セレスティナ様がおかわいそうです!」
「でも一回潰さないと、加減ってわかんないじゃないですかァ。あの主ですよ?」

 フィーガもいるのだろう。
 寝室と続きになっている居室で、なにやら問答をしているようだ。

「フィーガ! あなたのことはよく知っているつもりですけどね! 目的のためなら手段を選ばないにしても、さすがにセレスティナ様を道具にしないでいただけますか!?」
「でも、奥様にだって必要なことじゃないですかァ。一度身体で覚えてくれなきゃ、わからないですよ、主には」

 会話はどんどんヒートアップしていく。
 ……その場にはリカルドもいそうなものだが、彼の声は聞こえない。

 大丈夫だろうか。
 そもそも、セレスティナのことでそんなに言い争いをしないでもいい、と思い、セレスティナは身体を起こす。
 ぼろりと、額に置かれていたらしい氷枕が落ちた。
 まだ熱があるのか、身体の感覚がふわふわしている。でも、言い争いを止めなければという気持ちが、セレスティナの身体を動かした。

 ふらふらする身体を支えながら、居室へ続く扉に手をかける。
 普段だと、ここにブレスレットをかざして魔法鍵をあけるのだが、今のセレスティナにその意識は働かない。
 ごく自然に扉に手をかけると、まるで鍵など最初からかかっていなかったかのように普通に扉は開いたのだった。

「ねえ……」
「――――!?」

 掠れた声で呼びかけると、そこにいた三人が驚いたようにこちらに振り返った。
 やはりミアとフィーガ、そしてリカルドが揃っている。なんだか久しぶりにリカルド以外の人の顔を見てほっとしたのも束の間、予備動作なしに、リカルドはセレスティナの目の前に移動してきていた。
 目にも止まらぬ速さというのはこのことを言うのだろう。ガバリと、フィーガとミアから覆い隠すようにして抱き込んでくる。

「ん、んんん、んん!」

 胸元にぎゅうぎゅうに顔を押し付けられ、呼吸もできない。苦しくて抗議代わりに彼の胸を叩くと、しまったとばかりに、慌ててその力を緩められた。

「リカルド、こうも強く抱きしめられたら、息ができないの」
「す、すま、ない……」
「もっと優しくして?」
「………………はい」

 大人しくこくりと頷くリカルドと目を合わせ、セレスティナは微笑んだ。
 これまで、暴走に次ぐ暴走で大変だったけれど、彼が頷いたことに関してはちゃんと理解してもらえていることはわかっている。
 わかってくれて嬉しいと、頬にキスを落とすと、リカルドはみるみる顔を赤くした。

「…………ミア。僕、なんだかとんでもないものを見ているような」
「ええ、私もです」

 居間の中央ではミアとフィーガがぽかんとしながらこちらを見ている。
 リカルドのことだ。彼らにすらセレスティナの姿を見せたくなかったのだろうが、さすがにそれはやりすぎだ。この千載一遇のチャンスを逃すはずがない。

「リカルド、ちょっとミアたちと話があるの。いいわよね?」
「それは」

 本当はすごく嫌なのだろう。
 眉間にギュッギュと皺を寄せながら、おおいに葛藤している。
 でも、強引に力でねじ伏せないのは、先ほど説教されていた件のせいな気がする。リカルドはリカルドなりに、セレスティナを抱き潰してしまったことを気に病んでいるのだろう。
 だからあえてセレスティナはふらついてみせて、彼に身体を寄せる。そのままゼェゼェと荒く呼吸すると、彼はわかりやすいほどに狼狽えた。

「……っ、ミア! ティナを!」
「はい!」

 こうすれば、介抱してくれ! と指示を出さざるを得なくなる。しめたものだ。

 ガバリとリカルドに抱き上げられ、寝室に連れ戻される。
 とはいえ、これまでリカルドの愛の巣だった寝室に、ミアの足を踏み入れさせることに成功した。
 安堵しながら、セレスティナはミアに視線を向ける。

「心配かけたわね、ミア」
「いいえ。お目覚めになってよかったです! まだお熱がありますね。少し食べるものと、薬湯をご用意しますね」
「ええ、頼むわね」

 テキパキと、今のセレスティナに必要なものを挙げていく。チリンチリンとベルを鳴らして他の使用人たちまで呼び、この部屋に出入りする人間を増やしていった。
 このあたり、ミアもセレスティナの意図を汲んでくれているような気がしている。

 一方のリカルドは、看病に関しては、ちっとも自信がないのだろう。セレスティナのすぐ隣を陣取っているも、オロオロとするばかりだ。
 さすがに可哀相になってくるが、ここは心を鬼にするしかない。

「ねえ、フィーガ」

 だから今度はフィーガの名を呼んだ。
 相手が男性だからか、それがフィーガであっても、リカルドの機嫌が急降下していくのがわかる。しかし、ここで日和っていてはいけない。

しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...