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9−1 変化のきざし

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「何やってるんですか、本当に! あなた様は!」

 部屋の向こうから大きな声が聞こえてくる。
 女性の声――ああ、これは侍女のミアの声だと、ぼんやりとした意識の中セレスティナは思った。

「本当にねェ、こうなるんじゃないかなァとは思ってましたけど、やっぱり抱き潰しましたね、主ってば」
「フィーガも! わかっていたのなら止めてください! セレスティナ様がおかわいそうです!」
「でも一回潰さないと、加減ってわかんないじゃないですかァ。あの主ですよ?」

 フィーガもいるのだろう。
 寝室と続きになっている居室で、なにやら問答をしているようだ。

「フィーガ! あなたのことはよく知っているつもりですけどね! 目的のためなら手段を選ばないにしても、さすがにセレスティナ様を道具にしないでいただけますか!?」
「でも、奥様にだって必要なことじゃないですかァ。一度身体で覚えてくれなきゃ、わからないですよ、主には」

 会話はどんどんヒートアップしていく。
 ……その場にはリカルドもいそうなものだが、彼の声は聞こえない。

 大丈夫だろうか。
 そもそも、セレスティナのことでそんなに言い争いをしないでもいい、と思い、セレスティナは身体を起こす。
 ぼろりと、額に置かれていたらしい氷枕が落ちた。
 まだ熱があるのか、身体の感覚がふわふわしている。でも、言い争いを止めなければという気持ちが、セレスティナの身体を動かした。

 ふらふらする身体を支えながら、居室へ続く扉に手をかける。
 普段だと、ここにブレスレットをかざして魔法鍵をあけるのだが、今のセレスティナにその意識は働かない。
 ごく自然に扉に手をかけると、まるで鍵など最初からかかっていなかったかのように普通に扉は開いたのだった。

「ねえ……」
「――――!?」

 掠れた声で呼びかけると、そこにいた三人が驚いたようにこちらに振り返った。
 やはりミアとフィーガ、そしてリカルドが揃っている。なんだか久しぶりにリカルド以外の人の顔を見てほっとしたのも束の間、予備動作なしに、リカルドはセレスティナの目の前に移動してきていた。
 目にも止まらぬ速さというのはこのことを言うのだろう。ガバリと、フィーガとミアから覆い隠すようにして抱き込んでくる。

「ん、んんん、んん!」

 胸元にぎゅうぎゅうに顔を押し付けられ、呼吸もできない。苦しくて抗議代わりに彼の胸を叩くと、しまったとばかりに、慌ててその力を緩められた。

「リカルド、こうも強く抱きしめられたら、息ができないの」
「す、すま、ない……」
「もっと優しくして?」
「………………はい」

 大人しくこくりと頷くリカルドと目を合わせ、セレスティナは微笑んだ。
 これまで、暴走に次ぐ暴走で大変だったけれど、彼が頷いたことに関してはちゃんと理解してもらえていることはわかっている。
 わかってくれて嬉しいと、頬にキスを落とすと、リカルドはみるみる顔を赤くした。

「…………ミア。僕、なんだかとんでもないものを見ているような」
「ええ、私もです」

 居間の中央ではミアとフィーガがぽかんとしながらこちらを見ている。
 リカルドのことだ。彼らにすらセレスティナの姿を見せたくなかったのだろうが、さすがにそれはやりすぎだ。この千載一遇のチャンスを逃すはずがない。

「リカルド、ちょっとミアたちと話があるの。いいわよね?」
「それは」

 本当はすごく嫌なのだろう。
 眉間にギュッギュと皺を寄せながら、おおいに葛藤している。
 でも、強引に力でねじ伏せないのは、先ほど説教されていた件のせいな気がする。リカルドはリカルドなりに、セレスティナを抱き潰してしまったことを気に病んでいるのだろう。
 だからあえてセレスティナはふらついてみせて、彼に身体を寄せる。そのままゼェゼェと荒く呼吸すると、彼はわかりやすいほどに狼狽えた。

「……っ、ミア! ティナを!」
「はい!」

 こうすれば、介抱してくれ! と指示を出さざるを得なくなる。しめたものだ。

 ガバリとリカルドに抱き上げられ、寝室に連れ戻される。
 とはいえ、これまでリカルドの愛の巣だった寝室に、ミアの足を踏み入れさせることに成功した。
 安堵しながら、セレスティナはミアに視線を向ける。

「心配かけたわね、ミア」
「いいえ。お目覚めになってよかったです! まだお熱がありますね。少し食べるものと、薬湯をご用意しますね」
「ええ、頼むわね」

 テキパキと、今のセレスティナに必要なものを挙げていく。チリンチリンとベルを鳴らして他の使用人たちまで呼び、この部屋に出入りする人間を増やしていった。
 このあたり、ミアもセレスティナの意図を汲んでくれているような気がしている。

 一方のリカルドは、看病に関しては、ちっとも自信がないのだろう。セレスティナのすぐ隣を陣取っているも、オロオロとするばかりだ。
 さすがに可哀相になってくるが、ここは心を鬼にするしかない。

「ねえ、フィーガ」

 だから今度はフィーガの名を呼んだ。
 相手が男性だからか、それがフィーガであっても、リカルドの機嫌が急降下していくのがわかる。しかし、ここで日和っていてはいけない。

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