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8−1 甘い監禁

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 何度目を覚ましても、薄暗い部屋の中、目の前にはリカルドの顔があった。
 溺れるほどドロドロに愛されて、前後不覚のまま眠りに落ちる。
 たまに彼の手ずから食事を摂らされたような気もしたけれど、その記憶も曖昧だ。

(フィーガは『奥様が・・・食べやすいと思うものを用意して』って言ってた)

 もしかして、リカルドの執務室へ向かえば、こうなることがわかっていたのだろうか。
 ぼんやりとした頭で考えるも、すぐに意識をリカルドに持っていかれる。

 貪り喰う。
 まさにその言葉がピッタリなほどに、セレスティナは身体の隅々までリカルドに味わわれたのだった。


 そうして今。
 これまで、朝なのか昼なのか夜なのかすらわからずにいたけれど――。

(朝……?)

 ふと目を覚ましたとき、直感でそのことを理解することができた。
 なぜ、と思い、さらに気がつく。
 なにか、とてもふかふかしている場所にいる。リカルドの執務室の、あの固いベッドの上ではない。肌触りのいい寝具に包まれ、セレスティナは眠っていたらしい。

(あ……日の光……)

 カーテンの合間から、柔らかな午前の光が差し込んでいることに気がついた。だから、今が朝だと思ったのか。
 ここは――と思い、身体を起こすと、見知った環境が目に映る。

 ああ、丘の上の我が家だ。
 リカルドに与えられた寝室で、これまで眠っていたらしい。

(だったら、あれは、夢……?)

 リカルドにドロドロに愛された。
 以前のリカルドの態度を知っているからこそ、現実味があまりない。
 しかし、身体のあちこちがギシギシと悲鳴をあげているし、ふと、自らの身体に視線を落としてギョッとする。数え切れないほどの赤い印が、身体のあちこちに刻まれていたからだ。

 ボンッと頬が上気する。
 ああ、やはりあのめくるめく彼との日々は夢ではなかったのだ。
 だったら、と、両頬を押さえたそのとき、後ろからにゅっと腕が伸びてくる。かと思えば、次の瞬間には誰かの腕の中に抱きすくめられていた。

「もう、起き上がれるようになったのですか」
「え? あ…………」

 温かい。ふと声をした方に顔を向けると、黒曜石の瞳と目が合った。

「リカルド、様」
「ん」
「えと。その。おはよう、ございます」

 頭が真っ白になる。咄嗟に出てきたのは挨拶の言葉だけ。
 ただ、リカルドは困ったように口を開け閉めしていた。それ以上に反応はない。

「あの、おはようございます?」

 何か返してほしくて繰り返すと、リカルドが困ったように口を噤む。
 なぜか頬を真っ赤にして唾を飲み込んだ後「おは、よう……」と掠れた声で返ってきた。
 そう、反応がちゃんと戻ってきたのである!
 感動に近い気持ちが湧いてきて、セレスティナは表情を輝かせる。
 それを見るなり、リカルドは目をまん丸にして、ガシガシと頭を掻く。かと思えば、次の瞬間にはぐりんと視界が反転しており、彼に組み敷かれていることに気がついた。

「朝からそんな、可愛い、顔、して……」

 ちゅ、と口づけが落ちてくる。
 あまりの甘さに目を白黒させていると、味を占めたとばかりにその口づけは深くなっていく。舌が絡まる熱。それだけで、セレスティナの全身は火照ってしまうように作りかえられていて、腹の奥の欲が疼いた。

「ティナ。はぁ…………」

 以前とは違うため息だ。
 吐息の中にハッキリと甘さが混じっていて、セレスティナの心臓は大きく鼓動した。

 もしかして、いや、もしかしなくても、少しは愛されている?
 完全に拒絶されたと思っていたけれど、そんなことはなくて。すごく強い執着の対象になっていることはわかっているけれど。

「ティナ」
「リカルド様」
「ん、ティナ」
「――えっと? リカルド様」
「それ」
「え?」

 目をしばたかせると、リカルドはどこか不機嫌そうな顔をしてこちらを睨みつけてきた。

「いつまで、俺に様なんかつけるんですか……」
「え?」

 ボソッと言われて、小首を傾げた。
 しばらくして、ようやくリカルドの要求を正確に理解したセレスティナは、おずおずと口に出してみる。

「では、リカルド。これでいいですか?」
「その言葉遣いも。俺以外の人間には、もっと砕けた言葉、使ってるでしょう?」
「――でも、それはリカルドも」
「俺はこのままでいいんです」
「ええ……?」

 彼の主張が捻れている。
 リカルドがセレスティナにだけは敬語を崩さないことには気付いている。それがちょっと引っかかっているのに、彼は直すつもりはないらしい。
 じぃーっとこちらを見つめてくる顔を見るかぎり、彼の意思は固そうだ。
 まあ、そこは追々か、と思いつつ、セレスティナはこくりと頷いた。

「だったら、リカルド。――これでいいかしら?」
「ん」

 よくできました、とばかりに、ご褒美のキスが落ちてきた。
 少し彼の顔が照れていてぎこちないあたり、彼の戸惑いも伝わってくる。

 しかし、それが逆に甘い。
 想像以上に、ずっと。

 なにがどうなって彼とこんな関係になれたのかはちっともわからない。だが、とにもかくにも、接触ゼロの冷え切った夫婦関係という状態からは脱却したようだ。
 というか、脱却しすぎて行きすぎている気もするが、セレスティナもちっとも嫌じゃない。

 ――ただ、ある一点を除いては。

 ムクムクと、彼の下半身あたりが何か硬くなっているような感覚がある。
 あ、これはと目を丸くした。
 嫌な予感がして、セレスティナはトンと彼の胸をつく。

「リカルド、そろそろ起きましょう? 屋敷に連れ帰ってくれたのはありがたいけれど、わたし、何日も引き籠もってばかりの――」
「どうして?」
「え?」

 リカルドの瞳が鋭くなった。

「俺、言いましたよね? あなたを捕らえて、閉じ込めて、離さないって」

 言った。確かに言った。
 人並み外れた〈糸の神〉の執着を抱え込んで、それを全部ぶつけられた。

「まだ、駄目。あなたは俺のものです。誰にも見せない。ここで、ずっと俺に囚われて? ――ね、ティナ。ちゃんと、覚悟してくれましたよね?」
「え!? そ、それは覚悟したけれど……!」

 でも、「ずっと」というのはどういう意味だ。

(まさか、一生誰とも会わず、リカルドとだけ過ごせ……とか、そういう意味じゃないわよね)

 たらたらと、背中に冷たい汗が流れていく。
 けれども、熱を孕んだリカルドの瞳。それを見たら、冗談ではないことくらい伝わってくる。

(嘘、よね……っ)



 しかし、残念なことにセレスティナの予想は的中してしまうことになる。
 リカルドは本当に、セレスティナを侍女や使用人にすら会わせず、彼女の部屋に閉じ込め続けた。

 何日も、何日も、リカルドの腕の中で求められ続ける。
 この主寝室から続くセレスティナの部屋には、生活に必要なものがひと通り揃っていたし、食事はセレスティナが気を失っているうちにリカルドが運んでくれた。
 そうして、本当に誰の目にも触れず、セレスティナはリカルドに囲われ続けたのだった。

 数日頑張れば満足してくれるか――と思ったけれど、そんなことはなかった。
 彼の欲も体力も底なしで、永遠とも思える時間、彼に愛され続け――。


 解放されたのは、おおよそ半月後。
 箍が外れて愛され続けた結果、セレスティナが再び高熱を出して倒れてしまったからだった。

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