32 / 65
8−1 甘い監禁
しおりを挟む何度目を覚ましても、薄暗い部屋の中、目の前にはリカルドの顔があった。
溺れるほどドロドロに愛されて、前後不覚のまま眠りに落ちる。
たまに彼の手ずから食事を摂らされたような気もしたけれど、その記憶も曖昧だ。
(フィーガは『奥様が食べやすいと思うものを用意して』って言ってた)
もしかして、リカルドの執務室へ向かえば、こうなることがわかっていたのだろうか。
ぼんやりとした頭で考えるも、すぐに意識をリカルドに持っていかれる。
貪り喰う。
まさにその言葉がピッタリなほどに、セレスティナは身体の隅々までリカルドに味わわれたのだった。
そうして今。
これまで、朝なのか昼なのか夜なのかすらわからずにいたけれど――。
(朝……?)
ふと目を覚ましたとき、直感でそのことを理解することができた。
なぜ、と思い、さらに気がつく。
なにか、とてもふかふかしている場所にいる。リカルドの執務室の、あの固いベッドの上ではない。肌触りのいい寝具に包まれ、セレスティナは眠っていたらしい。
(あ……日の光……)
カーテンの合間から、柔らかな午前の光が差し込んでいることに気がついた。だから、今が朝だと思ったのか。
ここは――と思い、身体を起こすと、見知った環境が目に映る。
ああ、丘の上の我が家だ。
リカルドに与えられた寝室で、これまで眠っていたらしい。
(だったら、あれは、夢……?)
リカルドにドロドロに愛された。
以前のリカルドの態度を知っているからこそ、現実味があまりない。
しかし、身体のあちこちがギシギシと悲鳴をあげているし、ふと、自らの身体に視線を落としてギョッとする。数え切れないほどの赤い印が、身体のあちこちに刻まれていたからだ。
ボンッと頬が上気する。
ああ、やはりあのめくるめく彼との日々は夢ではなかったのだ。
だったら、と、両頬を押さえたそのとき、後ろからにゅっと腕が伸びてくる。かと思えば、次の瞬間には誰かの腕の中に抱きすくめられていた。
「もう、起き上がれるようになったのですか」
「え? あ…………」
温かい。ふと声をした方に顔を向けると、黒曜石の瞳と目が合った。
「リカルド、様」
「ん」
「えと。その。おはよう、ございます」
頭が真っ白になる。咄嗟に出てきたのは挨拶の言葉だけ。
ただ、リカルドは困ったように口を開け閉めしていた。それ以上に反応はない。
「あの、おはようございます?」
何か返してほしくて繰り返すと、リカルドが困ったように口を噤む。
なぜか頬を真っ赤にして唾を飲み込んだ後「おは、よう……」と掠れた声で返ってきた。
そう、反応がちゃんと戻ってきたのである!
感動に近い気持ちが湧いてきて、セレスティナは表情を輝かせる。
それを見るなり、リカルドは目をまん丸にして、ガシガシと頭を掻く。かと思えば、次の瞬間にはぐりんと視界が反転しており、彼に組み敷かれていることに気がついた。
「朝からそんな、可愛い、顔、して……」
ちゅ、と口づけが落ちてくる。
あまりの甘さに目を白黒させていると、味を占めたとばかりにその口づけは深くなっていく。舌が絡まる熱。それだけで、セレスティナの全身は火照ってしまうように作りかえられていて、腹の奥の欲が疼いた。
「ティナ。はぁ…………」
以前とは違うため息だ。
吐息の中にハッキリと甘さが混じっていて、セレスティナの心臓は大きく鼓動した。
もしかして、いや、もしかしなくても、少しは愛されている?
完全に拒絶されたと思っていたけれど、そんなことはなくて。すごく強い執着の対象になっていることはわかっているけれど。
「ティナ」
「リカルド様」
「ん、ティナ」
「――えっと? リカルド様」
「それ」
「え?」
目をしばたかせると、リカルドはどこか不機嫌そうな顔をしてこちらを睨みつけてきた。
「いつまで、俺に様なんかつけるんですか……」
「え?」
ボソッと言われて、小首を傾げた。
しばらくして、ようやくリカルドの要求を正確に理解したセレスティナは、おずおずと口に出してみる。
「では、リカルド。これでいいですか?」
「その言葉遣いも。俺以外の人間には、もっと砕けた言葉、使ってるでしょう?」
「――でも、それはリカルドも」
「俺はこのままでいいんです」
「ええ……?」
彼の主張が捻れている。
リカルドがセレスティナにだけは敬語を崩さないことには気付いている。それがちょっと引っかかっているのに、彼は直すつもりはないらしい。
じぃーっとこちらを見つめてくる顔を見るかぎり、彼の意思は固そうだ。
まあ、そこは追々か、と思いつつ、セレスティナはこくりと頷いた。
「だったら、リカルド。――これでいいかしら?」
「ん」
よくできました、とばかりに、ご褒美のキスが落ちてきた。
少し彼の顔が照れていてぎこちないあたり、彼の戸惑いも伝わってくる。
しかし、それが逆に甘い。
想像以上に、ずっと。
なにがどうなって彼とこんな関係になれたのかはちっともわからない。だが、とにもかくにも、接触ゼロの冷え切った夫婦関係という状態からは脱却したようだ。
というか、脱却しすぎて行きすぎている気もするが、セレスティナもちっとも嫌じゃない。
――ただ、ある一点を除いては。
ムクムクと、彼の下半身あたりが何か硬くなっているような感覚がある。
あ、これはと目を丸くした。
嫌な予感がして、セレスティナはトンと彼の胸をつく。
「リカルド、そろそろ起きましょう? 屋敷に連れ帰ってくれたのはありがたいけれど、わたし、何日も引き籠もってばかりの――」
「どうして?」
「え?」
リカルドの瞳が鋭くなった。
「俺、言いましたよね? あなたを捕らえて、閉じ込めて、離さないって」
言った。確かに言った。
人並み外れた〈糸の神〉の執着を抱え込んで、それを全部ぶつけられた。
「まだ、駄目。あなたは俺のものです。誰にも見せない。ここで、ずっと俺に囚われて? ――ね、ティナ。ちゃんと、覚悟してくれましたよね?」
「え!? そ、それは覚悟したけれど……!」
でも、「ずっと」というのはどういう意味だ。
(まさか、一生誰とも会わず、リカルドとだけ過ごせ……とか、そういう意味じゃないわよね)
たらたらと、背中に冷たい汗が流れていく。
けれども、熱を孕んだリカルドの瞳。それを見たら、冗談ではないことくらい伝わってくる。
(嘘、よね……っ)
しかし、残念なことにセレスティナの予想は的中してしまうことになる。
リカルドは本当に、セレスティナを侍女や使用人にすら会わせず、彼女の部屋に閉じ込め続けた。
何日も、何日も、リカルドの腕の中で求められ続ける。
この主寝室から続くセレスティナの部屋には、生活に必要なものがひと通り揃っていたし、食事はセレスティナが気を失っているうちにリカルドが運んでくれた。
そうして、本当に誰の目にも触れず、セレスティナはリカルドに囲われ続けたのだった。
数日頑張れば満足してくれるか――と思ったけれど、そんなことはなかった。
彼の欲も体力も底なしで、永遠とも思える時間、彼に愛され続け――。
解放されたのは、おおよそ半月後。
箍が外れて愛され続けた結果、セレスティナが再び高熱を出して倒れてしまったからだった。
842
お気に入りに追加
2,264
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる