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「今はまだここは人が通らないようにしてるんですよォ。今のうちなら、主にたっぷり愛されて乱れまくりのかんわいィ奥方の姿、誰にも見られずに運べますよ?」
舌打ちをする。
ああ、フィーガに見せるのすら嫌だが、仕方がない。
セレスティナの服は、すでにビリビリに引き裂いた。代わりのものなどあるはずがなく、リカルドは眉を吊り上げる。
仕方がないからシーツに浄化の魔法をかけた。自分は適当に落ちてる服を拾って着て、彼女にはシーツをぐるぐるに巻き付ける。
一番隠したい顔だけは、さすがに息苦しそうで隠せない。せめて美しいかんばせが見られぬようにと、ぎゅっとリカルドの胸に押し付けた。
そうして彼女を大切に横抱きにして、リカルドは執務室の扉をガンガンと蹴った。
なにせ今、ここの扉は、外側から鍵がかけてあるのだ。
普通の魔法鍵程度ならどうとでもできるが、これはフィーガお手製だ。
悪戯っ子の〈伝達の神〉の分身とも言えるフィーガの魔法鍵は特別製。リカルドでも、周囲の壁を徹底的に破壊しないかぎり、この部屋から出ることはかなわない。
さすがに城の壁を壊すとなると、後々面倒だからやらないだけだ。
おお、怖……とぼやきながらも、フィーガはいそいそと鍵を開けてくれた。
「どもォ、お久しぶりです、主」
「チッ」
何日経ったかはわからないが、おそらく、これはただの嫌味だ。
ギラリと睨みつけるも、フィーガには全然効かない。他の男なら縮み上がるはずなのに、そこはやはり第一降神格だからか、フィーガの性質か、肝が据わっている。
「聞き分けのいい主で助かりますよ。はい。帰りましょう」
「…………どこへだ」
一応、尋ねる。
セレスティナには屋敷を用意したが、リカルド自身には帰る家などない。この暗い地下室以外に居場所なんてなかったはずなのに。
「もちろん、アナタ様方のお屋敷に、ですよ。購入なさったじゃないですか。奥様好みの眺望のいい素敵なお屋敷を」
「…………あそこに住めと? 俺も?」
「奥方のことを考えたら、一番だと思いますよォ。――っていうか、そもそも。主ってば自分が住む気がないんでしたら、どうしてあんな街外れの屋敷を選んだんです?」
「それは」
指摘されて気がついた。
確かに一番の決め手は眺望だが、あの屋敷は周囲に家がないことも大変気に入ったのだった。
言われてみれば、購入前から屋敷でセレスティナを囲う気満々だったことを自覚し、うっと息を呑む。
「――――チィ! もういい、帰るぞ」
「はい。帰りましょう」
帰る、なんて言葉を使うのははじめてだった。
しかし、その言葉がするりと口をついて出て、戸惑う。
ああ、慣れないこの感情。落ち着かず、ソワソワするような胸の疼きがある。
「で、主。その何でもかんでも舌打ちするクセ、奥様の前ではやめた方がいいですよ」
「そもそも、そんなことができるか! クソ!」
「おや? 愛称でお呼びだから、てっきり砕けた関係になっていらっしゃるのかと」
「…………」
廊下を歩きはじめながら、すっと視線を逸らす。
聡いフィーガは、それだけで現状のセレスティナとの関係を正確に読み取ったのだろう。
「まさか、まだよそよそしィく敬語使ってるってことは?」
「…………………………」
「えー! うそォー! どれだけ緊張しっぱなしなんですか!」
「仕方がないだろっ! 相手は! あのセレスティナ姫なんだぞ!!」
「憧れ拗らせてるゥ!」
大げさに驚かれ、さらに舌打ちする。
そんなに簡単に普通に話せたら苦労しない。
そもそも、リカルドが敬語で話す相手など、国王陛下とセレスティナふたりだけだ。
なんと騎士団長や宰相にすら、不遜な態度をとることが見逃されている。――いや、社会不適合者すぎて、もはや諦められているというのが実状だろう。
(今さらながら、嫌になる)
こんな自分が。
まともに人と関わることすらできなくて、引き籠もっている自分が。
きっとこれから、セレスティナと長い時間を過ごすことになる。
でも、彼女にだけは諦められたくない。呆れられたくない。嫌われたくない。
そんな複雑な気持ちがムクムクと膨らみ、首を横に振る。
(いや……嫌われても、もう、俺は……)
彼女を囲うことしかできない。
セレスティナに諦めてもらうほかない。
そんな感情を抱いて、リカルドは城を後にした。
今は朝方だったようで、外に出ると優しい朝日と爽やかな風がリカルドに吹き付ける。
不思議なことに、日の光を浴びても、リカルドの身体はちっとも痛まなかった。
舌打ちをする。
ああ、フィーガに見せるのすら嫌だが、仕方がない。
セレスティナの服は、すでにビリビリに引き裂いた。代わりのものなどあるはずがなく、リカルドは眉を吊り上げる。
仕方がないからシーツに浄化の魔法をかけた。自分は適当に落ちてる服を拾って着て、彼女にはシーツをぐるぐるに巻き付ける。
一番隠したい顔だけは、さすがに息苦しそうで隠せない。せめて美しいかんばせが見られぬようにと、ぎゅっとリカルドの胸に押し付けた。
そうして彼女を大切に横抱きにして、リカルドは執務室の扉をガンガンと蹴った。
なにせ今、ここの扉は、外側から鍵がかけてあるのだ。
普通の魔法鍵程度ならどうとでもできるが、これはフィーガお手製だ。
悪戯っ子の〈伝達の神〉の分身とも言えるフィーガの魔法鍵は特別製。リカルドでも、周囲の壁を徹底的に破壊しないかぎり、この部屋から出ることはかなわない。
さすがに城の壁を壊すとなると、後々面倒だからやらないだけだ。
おお、怖……とぼやきながらも、フィーガはいそいそと鍵を開けてくれた。
「どもォ、お久しぶりです、主」
「チッ」
何日経ったかはわからないが、おそらく、これはただの嫌味だ。
ギラリと睨みつけるも、フィーガには全然効かない。他の男なら縮み上がるはずなのに、そこはやはり第一降神格だからか、フィーガの性質か、肝が据わっている。
「聞き分けのいい主で助かりますよ。はい。帰りましょう」
「…………どこへだ」
一応、尋ねる。
セレスティナには屋敷を用意したが、リカルド自身には帰る家などない。この暗い地下室以外に居場所なんてなかったはずなのに。
「もちろん、アナタ様方のお屋敷に、ですよ。購入なさったじゃないですか。奥様好みの眺望のいい素敵なお屋敷を」
「…………あそこに住めと? 俺も?」
「奥方のことを考えたら、一番だと思いますよォ。――っていうか、そもそも。主ってば自分が住む気がないんでしたら、どうしてあんな街外れの屋敷を選んだんです?」
「それは」
指摘されて気がついた。
確かに一番の決め手は眺望だが、あの屋敷は周囲に家がないことも大変気に入ったのだった。
言われてみれば、購入前から屋敷でセレスティナを囲う気満々だったことを自覚し、うっと息を呑む。
「――――チィ! もういい、帰るぞ」
「はい。帰りましょう」
帰る、なんて言葉を使うのははじめてだった。
しかし、その言葉がするりと口をついて出て、戸惑う。
ああ、慣れないこの感情。落ち着かず、ソワソワするような胸の疼きがある。
「で、主。その何でもかんでも舌打ちするクセ、奥様の前ではやめた方がいいですよ」
「そもそも、そんなことができるか! クソ!」
「おや? 愛称でお呼びだから、てっきり砕けた関係になっていらっしゃるのかと」
「…………」
廊下を歩きはじめながら、すっと視線を逸らす。
聡いフィーガは、それだけで現状のセレスティナとの関係を正確に読み取ったのだろう。
「まさか、まだよそよそしィく敬語使ってるってことは?」
「…………………………」
「えー! うそォー! どれだけ緊張しっぱなしなんですか!」
「仕方がないだろっ! 相手は! あのセレスティナ姫なんだぞ!!」
「憧れ拗らせてるゥ!」
大げさに驚かれ、さらに舌打ちする。
そんなに簡単に普通に話せたら苦労しない。
そもそも、リカルドが敬語で話す相手など、国王陛下とセレスティナふたりだけだ。
なんと騎士団長や宰相にすら、不遜な態度をとることが見逃されている。――いや、社会不適合者すぎて、もはや諦められているというのが実状だろう。
(今さらながら、嫌になる)
こんな自分が。
まともに人と関わることすらできなくて、引き籠もっている自分が。
きっとこれから、セレスティナと長い時間を過ごすことになる。
でも、彼女にだけは諦められたくない。呆れられたくない。嫌われたくない。
そんな複雑な気持ちがムクムクと膨らみ、首を横に振る。
(いや……嫌われても、もう、俺は……)
彼女を囲うことしかできない。
セレスティナに諦めてもらうほかない。
そんな感情を抱いて、リカルドは城を後にした。
今は朝方だったようで、外に出ると優しい朝日と爽やかな風がリカルドに吹き付ける。
不思議なことに、日の光を浴びても、リカルドの身体はちっとも痛まなかった。
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