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 地下の執務室。
 ある程度覚悟はしていたが、扉が開かれ、足を踏み入れた瞬間目を見開く。

 暗い色彩だ。
 窓ひとつない石造りの部屋の中に、最低限の机とソファー。それから、簡易のベッド。
 片方の壁は本で埋め尽くされているが、装飾などは一切なく、必要最低限の実用性が担保されただけの代物だ。
 絨毯すらも敷いてなく、冷たい石の床がそこにあるだけ。

 リカルドは国に特別待遇をしてもらっている。だから調度品くらいは、こだわりのある品が置いてあってもおかしくないのに、これではまるで独房だ。

 心がざらつく。
 リカルドの現状を、わかっているようでちっともわかっていなかった。
 あんなにも素敵な屋敷をセレスティナに与えられる人が、なぜ、と胸が苦しくなる。

 リカルドは簡易ベッドの上で、背中を向けて寝そべっている。
 が、さすがに誰かが入ってきたことには気がついたのだろう。

「――っ、フィーガか! いい加減、ひとりにしろと言ったろう!!」
「!!」

 ガバッと上半身を起こした。
 さすが黒騎士と呼ばれる男の身体能力と言うべきか。次の瞬間には目にも映らぬ速さでベッドの上から跳躍し、こちらに襲いかかってくる。

 背後では、バタン! と扉が閉められた音がした。部屋の中にはセレスティナだけが取り残され、逃げることなどできない。
 そもそも、大きく振りかぶったリカルドが目の前に迫っていて、この攻撃を避ける術などない。
 まさに一匹狼。己のテリトリーを侵す者は全て排除せんとばかりに襲いかかられ、息を呑む。

 ――が。

「――――っ!?」

 相手もようやく、そこに立っていたのがフィーガでなかったことを認識したらしい。
 ベッドからたった一歩の跳躍。正確にセレスティナの位置を把握していた彼は、目の前に下り立つ。
 振りかぶった手を振り下ろそうとして――――ダァン! と、セレスティナを挟み、背後にある扉に手をついた。
 あまりの衝撃。セレスティナは悲鳴をあげそうになるも、必死で堪える。

「――――――――どうし、て。あな、たが」

 勢いを殺しきれなかったのか、鉄の扉がけたたましい音を響かせている。
 その音、衝撃に、セレスティナは持っていたバスケットを強く抱きしめたまま。リカルドの腕という檻に閉じ込められ、身動きひとつできなかった。
 ただ、リカルドの方が信じられないという顔をして、目の前で震えている。

「体調を崩されたと聞いて、お見舞いに」
「っ……!」

 ごく至近距離で、目を合わせたまま答える。
 瞬間、彼はまた一歩、ものすごい鋭さで後ろに跳躍し、さらに一歩、二歩と後ずさった。

「え? あ、な、たが…………見舞、い?」

 口をぱくぱく開け閉めしながら、リカルドは狼狽えに狼狽えている。
 脳が完全にフリーズしているのか、そのまま固まってしまい十秒。二十秒。三十秒ほど経ってようやく、がばっと口元を押さえた。

 彼の顔が赤い。
 もしや、そんなにひどい熱なのだろうか。

「っ、っ、っ、帰ってくれ!!!」

 かと思うと、強く拒絶され、セレスティナは肩を震わせた。
 でも、彼がセレスティナに対して、様々な気配りをしてくれる人だということは、もうわかっている。
 ちょっと、伝え方に慣れていないだけだ。

(きっと、ご病気がうつってはいけないと思ってくださっているのね)

 そう判断し、あえてセレスティナは相好を崩した。

「お気遣いありがとうございます。でも、お見舞いさせてください。だって、大切な旦那様ですもの」
「は……?」

 旦那様と呼ばれることは嫌がられるだろうか。そう思うも、セレスティナはハッキリと告げた。それがセレスティナの意思表示だからだ。

 このまま彼が屋敷に帰ってこず、セレスティナも彼と接触しなければ、いわゆる白い結婚。書面上の関係だけで、彼とはほとんど他人となってしまう。
 そして相手がリカルドともなれば、他人になるのは簡単だろう。だって、彼からこちらに接触してくるつもりはなさそうだから。
 セレスティナは、彼の援助だけ受けて、悠々自適の生活をできてしまう。そんな未来がありありと想像できる。

 でも、セレスティナは、そのような関係は嫌だった。
 今、この部屋を見て、余計にその気持ちは強くなった。
 リカルドはこの部屋での生活を望んでいるかもしれない。けれど、これは駄目だ。そんな焦燥感に近い想いが胸の奥に渦巻いている。

「ベッドで休んでくださっていていいですよ。わたし、簡単に食べられる物を持ってきたので、食欲があれば準備しますね」

 そう言いながら、セレスティナは部屋の奥に進んで行く。
 余計な家具が置かれていないこの部屋で、バスケットを置けそうな場所は執務机だけだ。一旦そこを借りようかなとリカルドの横をすり抜ける。
 執務机の上でバスケットの中身を出していくと、背後から声をかけられた。

「そ、そもそも! 見舞いが必要だった、のは、あなた、の方では……?」

 その心配するような声色に、セレスティナは瞬いた。
 自然と表情が緩み、目を細めながら振り返る。

「いいえ? 結婚式の当日から、リカルド様は体調がよろしくなかったのでしょう? ――わたしは、そんな事情も知らずに、勝手に拗ねてしまっただけですから」

 自分の落ち度を話すのは恥ずかしい。
 あのときはリカルドの事情など考えず、また捨てられたと思い込んでしまった。
 あの程度のことで絶望で崩れ落ちて、床で眠ってしまい熱を出すだなんて恥ずかしすぎる。
 だから誤魔化すように、もじもじしながら告白すると、リカルドは信じられないと目を剥いて、口を開け閉めしていた。

「しかし! 俺は、あなたに、最低な言葉を――」

 そういう風に言ってくれているということは、彼も自分の言葉がセレスティナを傷つけたことを自覚してくれているということだ。
 かつての夫ラルフレットとは根本的に違う。

「俺は、最低な男でしょう! 放っておいていいから、帰って、ください……!」

 それは切実な叫びだった。
 しかし、セレスティナにはそれが、彼が色んなことを諦めているようにしか聞こえなかった。
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