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しおりを挟むリカルドがいる軍部というのは、城の東側にある騎士団棟を指すらしい。ここに彼は、執務室兼自室を構えており、ずっとその部屋に引き籠もっているのだとか。
「いち部隊の隊長でいらっしゃるのよね。訓練などは……?」
フィーガとふたり歩きながら、セレスティナは尋ねる。
「あの方自身はあまり指揮されませんねェ。日の光が苦手な体質でいらっしゃいますので、普段は副隊長に指導を任せております。まァ、あの方は別格と言いますか。陛下も特別目をかけていらっしゃいますから、一般騎士と同じ勤務体系は求められてないっていいますか」
「そう……なの?」
それで許されてしまうものなのだろうか。
いや、一匹狼の変わった方だとは聞き及んでいるが、それにしたって驚きだ。
フォルヴィオン帝国の騎士団と言えば、とびきり優秀で、規律正しいと聞いている。そんな中で、そこまでの特別待遇が許されるとはよっぽどだ。
(でも……かつて他国の侵攻をたったひとりで退けた英雄ですものね)
73柱あらせられる神々の中でも、〈糸の神〉は最上級神と称されるひと柱だ。
そして、やがて冥界を支配するほどの圧倒的な力は、加護にも色濃く出るということなのだろう。
今、7柱いる最上級神の加護を受けた第一降神格は、世界にたったひとり。つまり、リカルドは世界中の第一降神格の中でも別格なのだ。
(そんな特別な加護だもの。国も無碍にできないわよね)
同じ第一降神格でも、半神の加護しかないセレスティナとは真逆だ。
心の奥がなぜかしくしくと痛む。
自分にその力があったなら――とわずかに思うも、セレスティナは首を横に振った。
(ううん、どの神様の加護を授かっていようと関係ないわ。リカルド様はリカルド様! わたしの旦那様だもの)
同じ目線に立って真っ直ぐ向き合おう。そう心に決め、フィーガについて行く。
しかし騎士団棟に辿り着くなり、地下への階段を降りようとしたものだから戸惑った。
今から向かうのはリカルドの執務室兼自室と聞いている。それがまさか地下にあるとは思っていなかったからだ。
(日の光が苦手とは聞いていたけれど、まさか、ね……)
単純に人前に出ることの比喩だと思っていた。
(でも、体質的に、とも言ってたわね……)
もしかして、本当に物理的な意味だったりするのだろうか。
地下室はずらりと倉庫が建ち並んでいるらしく、鉄と石、それから黴のようななんとも言えない匂いが籠もっている。
心拍数が上がった。
だって、こうした閉ざされた場所に来ると、どうしても蘇ってきてしまう。かつて真っ暗な地下牢に閉ざされたときの記憶が。
呼吸が浅くなり、指先が震えた。
背筋が凍るような感覚を覚え、足がピタッと止まってしまう。
「奥様?」
フィーガが振り返り、声を掛けてくれたところでようやく、セレスティナは弾かれたように顔を上げた。
ああ、ちがう。
ここはイオス王国ではない。
あんな恐ろしい場所に向かっているわけではない。
そう自分に言い聞かせ、セレスティナは作り笑いを浮かべた。
「ううん、大丈夫。行きましょう」
でも、フィーガにはセレスティナが何を思ったのか筒抜けだったのだろう。心配そうに目を細めるも、すぐに首を横に振る。
「――恐ろしいでしょうに、こんなところまでご足労いただき、申し訳ございません」
今までのへらへらした口調とは違う。
彼は表情を引き締め、改めてセレスティナに向きなおる。
「ですが、どうか。――どうか、我が主をよろしくお願いします」
それは切実な言葉だった。
単純に体調が悪い人間の看病を任せるのとは異なる響き。
セレスティナは背筋を伸ばし、大きく頷く。
こんなところで怖がっている場合じゃない。この向こうには苦しんでいるリカルドがいる。
今日は彼の見舞いに来たのだ。
できれば、屋敷に連れ帰って休ませたいが、それは難しいかもしれない。
だから、本当に顔を見るだけ。様子を見て、必要とあらば看病をして、邪魔をしないように帰ろう。
そうしてセレスティナは、用意していた差し入れのバスケットをフィーガから受け取り、たったひとりでリカルドの部屋に足を踏み入れた。
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