【R18】愛されないとわかっていても〜捨てられ王女の再婚事情〜

浅岸 久

文字の大きさ
上 下
22 / 65

6−1 閉ざされた執務室

しおりを挟む

 リカルドとちゃんと向き合いたい。
 セレスティナは新たな決意を元に、彼とどう過ごしていくか日々考えた。だが、一日経っても、二日経っても――なんなら一週間経っても、彼は一度も屋敷に帰って来なかった。

 セレスティナはいつ彼が帰ってきてもいいように、毎日屋敷の中を整えたし、彼の勤務先に手紙を届けているが、返ってきたのは一通だ。

『魔力がなくなれば注入するので、魔石を送り返してください。屋敷は、ご自由にお使いください』

 たったそれだけ。
 本当に必要最低限の言葉だった。
 恐ろしく整った字でびっくりしたが、言い換えればお互い関わらずに生きていこうということである。

(なるほど、そういうことね)

 理由こそわからないが、リカルドはセレスティナに接触する気がないらしい。

 この屋敷の奇妙な違和感については気がついていた。
 やはり、どこを探してもリカルドの私室が存在しない。
 まるで最初から、この屋敷に住む気がなかったかのように。

(となると、とれる手段は――)

 本気になったセレスティナを舐めないでほしい。
 これでも一国の元王女なのだ。話し合いのテーブルに出てこない相手を呼び寄せる術はいくつか思い浮かぶ。

 さて、何から手をつけてみようか――と悩んでいたある日のことだった。
 その人は突然、屋敷にやってきた。


「どもどもォ! はじめまして、奥様!」

 若草色の明るい髪に蜂蜜色の瞳。どこか気の抜けたようなへらっとした笑顔が印象的な、ちょっと幼い顔だちの男性だ。

「あなたは――」
「はァい、どうも。リカルド様の忠実な下僕フィーガ・フィーガ・エン・フィーガロットでェす!」

 日中は日当たりのいい居間で過ごすことが多い。窓からさし込む明るい光にも負けない元気いっぱいの挨拶に、セレスティナは面食らう。

(下僕? え? 下僕って言った? この方?)

 話したことはないけれど、彼のことは知っている。
 フィーガ・フィーガ・エン・フィーガロット。〈伝達の神〉フィーガの加護を授かった第一降神格エン・ローダだ。
 この国にやって来てから、いつもリカルドの側に控えていたのを見ているけれど、口を開けるとこんなにも明るい雰囲気の男性だとは思わなかった。

「あ……フィーガロット?」

 そういえば、その姓はつい最近聞いたことがある。
 ミアの家名がそうだった。
 合点がいった、ミアもフィーガも、ふたりともフィーガロットの家門の者だったのか。

「そうそう! そのフィーガロットでェす! あ、そこに居る彼女、ミアは僕の従妹で。アナタがこの国にいらっしゃると聞いたときから、それはもう張り切って『私を推薦してくださァい』って」

 とペラペラ話し出すと、側に控えるミアから「それは黙っててくださいって――」と抗議の声が飛び出してきた。
 ふたりはかなり気安い仲らしく、ポンポンと言い争いが始まった。
 その勢いに呑まれてパチパチと瞬いていると、フィーガは目を細め、じっとこちらの顔を見つめてくる。

「ウン! 顔色、よくなってますね。熱も下がったと聞きましたが、大丈夫ですか? 無理してないです?」
「え? あ? ええ。大丈夫……」

 すっかり向こうのペースに飲み込まれ、物怖じしてしまうも、リカルドとは違ってコミュニケーションは取りやすそうだ。

「心配させてしまってごめんなさい。リカルド様は――?」
「ああ、奥様! 主ってば、あんな態度をとったって言うのに、主のことを気にかけてくださりなんとお優しい!」

 よよよよよ、とフィーガは大げさに嘆き、目元を押さえる。

「リカルド様は今、体調を崩されていて、軍部の自室に引き籠もっていらっしゃるのです」
「体調を? もしかして、結婚式の日も……?」
「えっ? あー……、そーーーーォですねェ。あのときからずっと、でしょうか」

 隣でミアが、ギョッとしたような目を向けているが、セレスティナはそれを気遣う余裕などなかった。

「大変!」

 慌ててガバッと立ち上がる。
 だって、まさか彼の方が体調不良だったとは。
 リカルドの遠回しな気配りは感じている。結婚式当日の言動だけがどうしても不可解だったが、それは今回の体調不良と関係しているのだとすれば……?

(もしかして、ご自身の病気をわたしに移してはいけないと思われたから、とか?)

 最悪だ! と叫んでいたのも、そんな体調の日に結婚式なんて、という意味だったりするのだろうか。
 いや、さすがにその解釈は自分に都合がよすぎる気もするが。

(でも、そんな体調なのに、屋敷でゆっくり休めもしないって……)

 どんな生活をしているのだろう。
 そのような事情を露知らず、ひとりのほほんと暮らしていたセレスティナが恥ずかしい。
 本当はこの屋敷がリカルドの帰るべき場所にならなければいけないのに。

「ねえ、フィーガ。わたし、お見舞いに行っても邪魔じゃないかしら?」

 キッと顔を上げて尋ねてみる。
 瞬間、フィーガはその言葉を待っていたとばかりにパアアアアと表情を明るくした。

「来て下さるのですね!」
「もちろんよ」

 まだ、結婚してからまともに話したことはないけれど、リカルドはセレスティナの夫だ。この屋敷で、セレスティナが過ごしやすいようにと心を尽くしてくれた人。
 その人が苦しんでいるのに、どうして放っておけようか。

「すぐに支度をしましょう。軍部の自室で食事はどうなさっているのかしら? 何か食べやすいものを持っていった方が――ねえ、ミア?」
「え!? セレスティナ様、本気ですか?」

 すぐにミアに相談するも、当のミアはなぜか不安そうに表情を曇らせた。いったいどうしたことだろう。

「でも……あの方は」

 何か言いにくそうに、モゴモゴしている。
 いくら体調が悪かったとは言え、初夜にセレスティナを置き去りにしたことを大層怒っていた。だから、今も思うところがあるのだろう。

「お願い、ミア。行かせて」
「ですが」

 渋る彼女の隣で、フィーガが助け船を出してくれた。

「いやいや、ミア。ここは奥様の希望を叶えて差し上げるべき、だろう?」
「もう! フィーガはいつもそうやって、調子いいことばっかり!」

 ミアが頬を膨らませるも、フィーガにはまともに取りあうつもりはないらしい。
 彼女を押しのけ、ぐいっとセレスティナに迫ってくる。

「では奥様、是非お見舞いに行きましょう! それで、奥様が・・・食べやすいと思うものを用意していただけますか?」
「わたしが? リカルド様の好みは――」
「あー、あの方は、なんでも召し上がりますから! 是非、奥様がよいと思うものを」
「???」

 フィーガの意図がちっともわからないが、選定は任せられたということだ。
 今度はセレスティナがリカルドにお礼をする番だ。食欲がないときでも食べやすい物はなんだろうと考えながら、ミアに相談する。
 ミアはフィーガに対して何やらとっても言いたそうな目を向けながらも、仕方ないかとばかりに肩をすくめた。

「あ、それから、水分はたっぷりとったほうがよいと思われますので、多めに」
「それはそうね」

 納得しながら、レモン水の用意もすることにする。水自体は城で採水できると思われるが、準備は万全にしておきたい。
 用意するものを指折り数えながら、セレスティナは改めてミアと相談することにした。

「あの……セレスティナ様、本当に、本当に行かれるのですか?」

 やはりミアは不安そうだ。
 けれども、今のセレスティナに迷う余地はない。

「もちろんよ」

 胸を張って答えると、ミアもくしゃりと目を細め、わかりましたと頷いてくれた。

しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...