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しおりを挟むリカルドのことは当然知っていた。各国の第一降神格の情報はほとんど頭に入っていたからというのもあるが、彼が〈糸の神〉の加護を授かっているから余計に気になっていたとも言える。
セレスティナにとって、神話上で最も関わりの深い存在である。それが現実世界に何か影響を及ぼすわけでもないが、どんな人なのか純粋に興味はあった。
だから、彼の顔色が随分と悪いことにもすぐに気がついた。
『大丈夫ですか? 医官を呼びましょうか?』
『いや。不要、です。気に、しないでください――』
つっかえながらもそう言うけれど、セレスティナが近付いたその時、彼の身体がぐらりと揺れた。
セレスティナは慌てて彼の身体を支えようと手を伸ばす。
その瞬間、彼が驚いたように目を見開いた。
青白かったはずの顔色が、真っ赤に染まっている。ぱかぱかと口を開け閉めして、狼狽えるようにバッと後ろに下がった。
それから口元を押さえるようにして、唐突に訊ねてくる。
『あなたは今、何を、した……?』
『え?』
『魔法か、これは……?』
何のことを言われているのかわからなかった。だからセレスティナは首を傾げるだけ。
『いや、すみません。忘れて、ください』
顔を真っ赤にしながら、彼は頭を下げる。それから困ったように視線を外し、ぽつりと尋ねてきた。
『単に、人に酔っただけで。その――どこか、ひとりになれる場所は――』
先ほどまではフラフラしていたようだが、今は足どりもしっかりしている。
セレスティナは、少しでもこの国を気に入ってもらえたら嬉しいと、セレスティナなりの答えを探す。
そして、とびっきりの秘密基地を教えることにした。
あそこなら、リカルドにも気に入ってもらえると思ったから。
ひとりになりたいとき――セレスティナにはとっておきの居場所があった。それが、王宮の外れの小高い塔だった。
王宮の中でもひときわ加護の強い場所なのか、とても清浄な気が流れている。その最上階から見るルヴォイアの景色が最高なのだ。
明るい時間なら街全体がくっきりと見渡せるし、夜なら仄かな街の明かりと、満天の星々が楽しめる。
ひとりになりたい人には最適だろう。
衛兵には伝えておくから、いつでもそこで景色を楽しむといい。
そこからの景色は、セレスティナの宝物だからと。ふたりで秘密を共有するように、彼にだけ伝えた。
その後、彼がその塔に登ったかどうかは定かではないけれど――――。
「……………………きれい」
この景色が証明してくれている。
彼は、あの時の会話を覚えてくれていたのだ。
この屋敷は、セレスティナのために用意したと聞いた。
わざわざ街外れのこの屋敷を選んだのは、この景色をセレスティナにプレゼントするためではなかったのだろうか。
そうだったらいい。
そうであったら嬉しいと、愚かなセレスティナはまた期待してしまう。
信じたいのだ。
自分を選んでくれたリカルドのことを。
あんなに突き放され、自分のことを嫌っているはずの旦那様。
それはわかっているけれど、それでも、セレスティナは信じたかった。
ほろほろと。
気がつけば涙が溢れていた。
ああ、もう長く――どんなに悲しくても、枯れきったまま一粒も流れなかったのに。
まだ信じたいと思ってしまう。
傷つけられることがわかっていても。それでも。
(ちゃんと、向き合おう)
恐れずに、立ち止まらずに、リカルドと真っ直ぐ。
愚直なセレスティナには、それしかできないから。
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