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 さらに一日たっぷり養生し、セレスティナはようやくベッドの住人を卒業することができた。

「セレスティナ様、もし起き上がれるようでしたら、この屋敷をご案内いたしましょうか? 旦那様――はちょっと、アレなところもありますけど、セレスティナ様を迎えるためにこのお屋敷を用意されたくらいですから」
「え? わたしを、迎えるため?」
「はい。そうです。それまでの棲家ではあなた様に失礼になるからと、随分悩まれたと伺っております。――なんて、私もセレスティナ様がいらっしゃるのに合わせて雇われた身ですので、詳しいことは存じあげないのですが」

 驚きすぎて、声が出てこなかった。
 どう考えても歓迎されていない婚姻だとはわかっている。けれど、セレスティナを迎えるためだけにこの屋敷を誂えたとしたら――。

(調度品も何もかも、適当に選んだ、ってわけじゃないわ)

 セレスティナの雰囲気に合っていると言えばいいのか。
 好みともまた違う。でも、セレスティナの見た目に合わせて、色彩や装飾を寄せてもらっていることはわかる。
 単に高級なものを適当に選んだわけでもなく、セレスティナのことを考えて選び抜かれていることは明白だ。

(それを、リカルド様が……?)

 ますます彼が何を考えているのかわからなくなる。
 戸惑っているセレスティナに向かって、ミアはふっと表情を緩める。

「私から渡すのもどうかと言ったのですが――セレスティナ様、これを」

 そうして彼女が懐から取り出したのは、丁度手の平サイズのビロードの箱だった。

 臙脂のビロードで覆われたその箱が、目の前で開かれる。
 そこには華奢なチェーンのついた、白金のブレスレットが鎮座していた。

「全く。こういった贈り物は、殿方自らが渡すべきだと何度も伝えたのですが――」

 ブレスレットにはルビーのような赤い石がひとつ揺れており、シンプルで使いやすそうだ。
 ミアはブツブツと文句を言いながら、そのブレスレットを手に取った。そうして、セレスティナの右手の手首にそっとはめる。
 軽く、つけている感覚はほとんどない。今までもずっとそこにはめてあったかのように、しっくりくるデザインだ。
 戸惑いながらそのブレスレットをまじまじ見つめると、ふわりと、不思議な魔力がセレスティナを包み込んだ。

「――!」

 もちろん、セレスティナの魔力はいまだ空っぽのままだ。だから、これはこのブレスレットから発せられた魔力だろう。
 どうやら赤い石は魔石だったようだ。

(こんなに小さい石なのに、こんなにもたっぷりと魔力が……? どれだけ高価な石を……?)

 魔石は、その体積に込められる魔力の密度によって値段が変わる。小さくてたくさんの魔力が込められる純度の高い魔石は稀少で、その価値を考えるとくらくらするような品だった。
 少なくとも、蔑ろにしている相手に贈るような品ではない。

「ど、どういうこと……?」
「この屋敷は、魔法鍵も魔導具もたくさん設置してあります。それを、セレスティナ様が問題なく使用できるようにと、旦那様がご用意なさったようです」
「リカルド様が? 本当に?」
「はい。意気地なしのようで、直接お渡しする勇気すら持っていらっしゃらなかったみたいですが」

 散々な言われようである。
 黒騎士リカルドといえば、泣く子も黙る冷徹な騎士様のイメージがあったが、ミアの態度を見ているかぎり違うのだろうか。
 困惑がますます大きくなるも、もう一度ブレスレットに視線を落とす。

 不思議な魔力だった。
 魔力は、簡単に人に譲渡するものではない。譲渡したところで、相性が悪ければ使用することもできないから、贈るメリットがない。

 セレスティナも幼い頃に、魔法の練習の際、家族の魔力を何度か貸してもらったことがあるくらいだ。
 魔力には個性があり、セレスティナの家族のものは清廉な気のするものや、温かな空気を醸し出すものが多かったが、リカルドの魔力は全然違う。

(なんだか……ドキドキする)

 ブレスレットをつけた右手に、どうしても意識が行ってしまう。
 存在感を無視できないというか、明らかにセレスティナの中に異物として入りこんでいる感覚なのに、嫌ではない。むしろ、意識しすぎてしまってソワソワしてしまうような、不思議な感覚。

(これが、リカルド様の魔力……)

 少なくとも、相性が悪くて使えないということはなさそうだ。

(そうよね。ここはわたしの屋敷でもあるのだもの。不自由なく暮らせるように、これは頂いていいものなのよね)

 かつて、リカルドに与えられたはずの絶望が薄れていく。

(我ながら、簡単に絆されすぎね)

 困ったものだと笑みを漏らし、セレスティナは試しに自室の扉の所まで歩いていく。恐る恐るノブにブレスレットをかざしてから回すと、カチャリと簡単に魔力鍵は開いた。
 当たり前のことなのに、じわりと、胸の奥に温かい感情が広がっていく。
 ああ、ようやく、この屋敷に迎えいれてもらった感覚がある。

 当たり前のことを当たり前にできる喜びを噛みしめながら、セレスティナは振り返る。
 そこには、ミアが満面の笑みを浮かべて立っていた。

「さあ! 屋敷の中もとっても素敵ですよ! 案内しますね!」
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