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5−1 決意
しおりを挟むふと、目を覚ました。
朦朧とした意識の中で、何度も見た天井がそこにはある。
白く、幾重にも段を重ねたたっぷりと装飾の入った天井。古典柄が美しく、ああ、ここはリカルドの屋敷の主寝室なのかと理解する。
リカルドに捨てられてから、どれほどの時間が経ったのだろう。
開かない扉の前で崩れ落ち、その後の記憶がほとんどない。
ただ、気を失っていたセレスティナに侍女たちが気付いてくれて、その後一生懸命介抱してくれた。
一日経っても、二日経っても熱は下がらず、皆を心配させてしまったことは確かだ。
(主寝室――お借りしたままだったのね)
本来ならばリカルドが使うべき部屋だろう。倒れてから最も近いベッドに寝かされたのだろうが、彼の休む場所を占拠してしまったことは申し訳ない。
ギシギシと軋む身体をなんとか起こし、周囲の様子を見る。
主寝室の扉は開け放たれていた。おそらく、セレスティナが自由に向こうの部屋に行き来できるようにするためだろう。
大きな扉を挟んで向こう、セレスティナの自室の居間が見える。
そこでふと、気がついた。
(あれ? この部屋――)
ここが屋敷の主寝室だと侍女たちは言っていた。
主寝室の扉は、セレスティナとリカルド双方の部屋と行き来できるようにできているはずだが、出入り口はひとつ。そしてそれは、セレスティナの自室へと繋がっている。
そういえば、とセレスティナは思った。
今までは部屋の観察などする余裕がなかったが、この主寝室、何かおかしくないだろうか。
白いシーツには、淡い藤紫色の糸で刺繍が入り、可愛らしい花々の絵柄が入っている。枕や天蓋もフリルがたっぷりで、どこか女性らしい印象だ。
周囲の調度品も色が白で統一してあり、とてもではないが黒騎士リカルドの趣味ではなさそうだ。
(本当の主寝室は別にあるの……?)
しかし、日当たりがよく、部屋の位置的にもここはこの屋敷の一番いい部屋だろう。屋敷の主人のリカルドが使わずに、セレスティナに与えられる道理がない。
その時、自室の扉が開く音がした。
まだセレスティナが眠っていると思っているのか、音を立てずに静かに開けられる。
現れたのは、セレスティナと同じくらいの年頃の娘だった。この屋敷に来たときから、セレスティナのことを一番気遣ってくれた侍女であったと覚えている。
紺色のお仕着せを着た彼女は、煉瓦色の髪を左右にお下げにしている。キラキラ輝くオレンジ色の瞳は快活な印象だ。
「あ! セレスティナ様! おはようございます。お目覚めになったのですね!」
目が合うなり、彼女はぱああああ、と表情を明るくする。そして水差しの入ったトレイを手にしたまま、足早にやってきた。
「お加減はどうですか? ああ、顔色は随分とよくなってますね」
そう言いながら、彼女はセレスティナの額に手を置き、熱を確認する。
すっかりと熱が下がっていることを確認すると、ホッとしたように微笑んだ。
「よかった。何かお召し上がりになれますか? すぐにご用意しますから!」
そう言うなり、彼女はナイトテーブル脇に置いてあるベルを鳴らす。
たちまち大勢のメイドがやってきて、目の前の彼女はハキハキと指示を出していった。
「随分と寝込んでいたみたいね。心配かけてごめんなさい」
「そんな! 奥さまが謝らないでくださいませ。それもこれも全部――」
と、侍女は表情を曇らせる。
「――旦那様のせいですから」
口を尖らせ、不機嫌そうな様子を隠そうともせず、堂々と言ってのけるものだから、セレスティナは面食らった。
ぽかんとしていると、すぐに彼女は微笑みをたたえ、大きく頷いて見せた。
「だから、奥さまは気になさってはなりません! 今はゆっくり養生なさるのが先です」
「え? ――ええ」
その勢いに押されてセレスティナはこくこくと首を縦に振る。
ちゃんと反応を返せることに安心したのか、彼女は肩の力を抜き、その場で一礼する。
「――申し遅れました。セレスティナ様、私、セレスティナ様付きの侍女となりました、ミア・アム・フィーガロットと申します。精一杯お仕えしますね」
そう人好きのする笑顔で言ってくれる。
フィーガロットという姓に聞き覚えがあり瞬くも、すぐに彼女の微笑みに目を奪われる。
ミアからは親愛の情のようなものが伝わってきて、それが少なからずセレスティナの心を溶かした。
リカルドとは上手くはいかなかった。
でも、この国自体に疎まれているわけではない。
イオス王国で経験したようなことは起こらない。人格自体を否定され、暗い場所に閉じ込められ、生きているか死んでいるかわからないような生活にはならない。
そのことを確信できただけでも、セレスティナには十二分に意味のある第一歩だった。
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