15 / 65
4−4
しおりを挟むセレスティナとはじめて出会ったのはもう4年も前だ。
先の国際会議の場。成人した第一降神格は必ず参加しないといけないからと、皇帝とフィーガに強制連行された。
しかし、ルヴォイア王国の土地に流れる清浄な気のせいか、あるいはその場に第一降神格が大勢集っていたせいか――リカルドの中に流れる暗い感情と魔力が、いつも以上に暴れに暴れた。
身体中が痛みで悲鳴を上げる。その場に立っていることも難しく、気分が悪くなって夜会の会場を離れようかと思ったとき、声をかけてくれたのが彼女だった。
『大勢がいらっしゃるところは苦手ですか?』
『……っ、あ、いや……』
彼女のことは当然知っていた。
神話上で〈糸の神〉を冥王に堕とした要因ともなった、元人間の半身〈処女神〉セレス。
世界でたったひとり、何もできない半神の加護を授かってしまった第一降神格が、ルヴォイア王国に存在すると。
正直、会いたくなかった。
力を持った代償に、生涯自分を苦しめ続けるであろう〈糸の神〉。リカルドは、この〈糸の神〉の加護を心底憎んでいる。
そして、それに関わる神々のことも避けたくなるのは当然だ。
互いに、望まぬ神に魅入られた存在同士、関わらずに生きていった方がいいだろう。
そう思っていたのに――。
目を奪われた。
銀に近いプラチナブロンドは艶々で、儚げな印象ながら、そのアメジストの瞳にはしっかりと強い意志を宿した凜とした姫君。
女性に見とれることなどはじめてで、自分でも困惑するしかない。
(どうして? 彼女が〈処女神〉の加護を授かっているからか?)
何か、予感めいたものを感じ、リカルドは怯えた。
駄目だ。彼女に近付いてはいけない。彼女に触れてはいけない。逃げろと、心の中で警鐘が鳴る。
『大丈夫ですか? 医官を呼びましょうか?』
『いや。不要、です。気に、しないでください――』
もともと人と話すことは苦手だ。いや、声を出すことすら億劫なのだ。
相手が他国の王女だなんて、とんでもない。
ああ、いい香りがする。クラクラする。触れたい。駄目だ。
まともに動けなくなり、膝から崩れ落ちる。その瞬間、彼女が慌てて腕を伸ばしてきた。
そのとき。
彼女が、リカルドの身体に触れた瞬間。
――――世界が塗り変わった。
(これは――彼女の魔力か?)
清浄な気だった。身体全体に爽やかな風が吹きつけ、ドロドロとした何かを吹き飛ばしてしまうかというほどの衝撃。
これまで体内に溜め込んでいた澱みも、苦痛も全て一瞬にして取り払われてしまった。
何が起こったのかわからない。
ただ、目の前で心配そうに瞳を揺らす彼女の姿が、本物の女神のように見えた。
いや、リカルドは神のことは毛嫌いしている。〈糸の神〉だけでない。全ての神を、この身体が、心が、拒否している。
けれど、目の前のセレスティナにだけは本物の救いを感じた。
(欲しい……!)
同時に沸き起こる欲望にゾッとする。
バッと後ろに飛び退いた。顔が熱い。見られたくないと片手で口元を抑えるも、不器用なリカルドはここからどう逃げたらいいのかわからない。
モゴモゴとひとことふたこと、頭が真っ白ながらも話したと思う。そうしてようやく、この場から逃げ去る話題が思いつく。
『単に、人に酔っただけで。その――どこか、ひとりになれる場所は――』
そうして彼女は教えてくれたのだ。
彼女のとびきりのお気に入りの、見晴らしのいい場所を。
セレスティナを迎え入れなければならなくなったとき、フィーガはまずは家を用意しろと言った。だってリカルドはこの地下室に住み着いていたから。
同居するつもりは毛頭なかったし、異国の姫君だ。下手な屋敷には住まわせられない。
だから、あのとき見せてもらった景色のお返しに、あの眺望のよい屋敷をプレゼントしたつもりだ。
イオス王国で、見ていられないほどに酷い目にあっていた彼女が少しでも心穏やかに過ごせるように、リカルドの精一杯で選んだ屋敷。
侍女や使用人たちも、フィーガの協力で身元のしっかりした信頼できる者たちを採用して、何不自由なく暮らせるように配慮した。
あとはリカルドさえ近づかなかったら完璧だ。
だって、リカルドの本能が訴えている。
彼女を逃がすなと。
捕らえて、この腕の中に抱きしめて、一生離すなと。
誰の目にも触れさせるな。リカルドだけを見るように、捕まえて、閉じ込めて、束縛して――どんな手段を使ってでも彼女を奪えと叫んでいる。
だからこそ、リカルドは恐れた。
心優しく、太陽の光が似合う彼女にそんな仕打ちをしてはいけないと、理性を総動員して必死に押しとどめた。
それほどまでにリカルドの心を揺らすたったひとりの存在。
かつて、イオス王国の地下牢で、鎖に繋がれた彼女の姿を思い出す。
彼女を救出するためにルヴォイア王国に手を貸したが、あの時、あの地下牢で、ボロボロになった彼女を見たときに思ったのだ。
――自分も、こうして彼女を閉じ込めてしまいたかったと。
恐ろしいほどの欲望を、制御できるとは思わなかった。
だから、この結婚では彼女を幸せにできない。
リカルドは、彼女を閉じ込めたくない。この衝動のままに奪いたくない。
今、リカルドにできることは、可能なかぎり彼女から離れることだけだったはずなのに――。
「まあ、強がってあの方を突き放すのも、勝手に死ぬのもアナタの選択ではあるんですけどね。その結果くらい、知っておいてほしいなって」
嘲笑するようにフィーガは言う。
なんだ、と低い声で返すと、フィーガは肩をすくめて教えてくれた。
「昨夜。あのあと。あの方、倒れられたそうですよ?」
「え?」
リカルドの頭は真っ白になった。
673
お気に入りに追加
2,268
あなたにおすすめの小説
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
「え、じゃあ結婚します!」
メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。
というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。
そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。
彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。
しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。
そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。
そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。
男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。
二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。
◆hotランキング 10位ありがとうございます……!
――
◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
私を捕まえにきたヤンデレ公爵様の執着と溺愛がヤバい
Adria
恋愛
かつて心から愛しあったはずの夫は私を裏切り、ほかの女との間に子供を作った。
そのことに怒り離縁を突きつけた私を彼は監禁し、それどころか私の生まれた国を奪う算段を始める。それなのに私は閉じ込められた牢の中で、何もできずに嘆くことしかできない。
もうダメだと――全てに絶望した時、幼なじみの公爵が牢へと飛び込んできた。
助けにきてくれたと喜んだのに、次は幼なじみの公爵に監禁されるって、どういうこと!?
※ヒーローの行き過ぎた行為が目立ちます。苦手な方はタグをご確認ください。
表紙絵/異色様(@aizawa0421)
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
前略陛下、金輪際さようなら。二度と私の前に姿を見せないで下さい ~全てを失った元王妃の逃亡劇〜
望月 或
恋愛
ロウバーツ侯爵家の娘であるイシェリアは、父の策略により、ウッドディアス王国のコザック王と政略結婚をした。
コザック王には結婚する前から愛妾メローニャがおり、彼は彼女にのめり込み国務を疎かにしていた。
そんな彼にイシェリアはやんわりと苦言を呈していたが、彼らに『洗脳魔法』に掛けられ、コザックを一途に愛し、彼の言うことを何でも聞くようになってしまう。
ある日、コザックはメローニャを正妻の王后にし、イシェリアを二番目の妻である王妃にすると宣言する。
その宣言を受け入れようとしたイシェリアの頭に怒声と激しい衝撃が響き――
「……私、何でこんな浮気最低クズ野郎を好きになっていたんでしょうか?」
イシェリアは『洗脳』から目覚め、コザックから逃げることを決意する。
離縁に成功し、その関係で侯爵家から勘当された彼女は、晴れて“自由”の身に――
――と思いきや、侯爵の依頼した『暗殺者』がイシェリアの前に現われて……。
その上、彼女に異常な執着を見せるコザックが、逃げた彼女を捕まえる為に執拗に捜し始め……?
“自由”を求めるイシェリアの『逃亡劇』の行方は――
・Rシーンにはタイトルの後ろに「*」を付けています。
・タグを御確認頂き、注意してお読み下さいませ。少しでも不快に感じましたら、そっと回れ右をお願い致します。
悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~
束原ミヤコ
恋愛
ルティエラ・エヴァートン公爵令嬢は王太子アルヴァロの婚約者であったが、王太子が聖女クラリッサと真実の愛をみつけたために、婚約破棄されてしまう。
ルティエラの取り巻きたちがクラリッサにした嫌がらせは全てルティエラの指示とれさた。
懲罰のために懲罰局に所属し、五年間無給で城の雑用係をすることを言い渡される。
半年後、休暇をもらったルティエラは、初めて酒場で酒を飲んだ。
翌朝目覚めると、見知らぬ部屋で知らない男と全裸で寝ていた。
仕事があるため部屋から抜け出したルティエラは、二度とその男には会わないだろうと思っていた。
それから数日後、ルティエラに命令がくだる。
常に仮面をつけて生活している謎多き騎士団長レオンハルト・ユースティスの、専属秘書になれという──。
とある理由から仮面をつけている女が苦手な騎士団長と、冤罪によって懲罰中だけれど割と元気に働いている公爵令嬢の話です。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる