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 ――――なんて。

(セレスティナ姫……)

 いや、わかっている。
 心に蔓延る黒い感情がある。
 彼女のことを想うといつもそうだ。〈糸の神〉の思念か、なんなのか。己の奥に渦巻く暗い欲望を自覚している。

「あの方だけが主を癒せるって言うからァ、これまでルヴォイアに無理を言ってあの方の魔力のこもった魔石を融通してもらってたのに、その恩を仇で返しすぎじゃありません?」
「俺に抱かれるより、マシだろう」
「えええ? でも、アナタ、男として最低なことしてますよ?」

 そんなこと言われても、社会不適合者の自覚があるリカルドに、今さら一般的な男らしさを求められても困る。

「俺が人として最低なのは、今に始まった事ではない」
「ドヤ顔! 言い切っちゃいます、そこ!?」

 フィーガは大袈裟に仰け反った。
 そうして、頭をガシガシ掻きながら、盛大なため息をつく。

「かと言って、アナタ、そろそろ限界でしょう?」
「…………」

 痛いところを突かれて視線を逸らす。
 本当に、フィーガはリカルドのことをよくわかっている。

 4年前、この身体を癒せるのは彼女だけだと確信したことがあった。
 この呪いのような加護の厄介さは、フィーガも皇帝もよく知っている。だから、継続してセレスティナの癒やしを受けられるように、彼の国に申し出てくれたのだ。
 彼女の魔力を込めた魔石を譲ることで。

 しかし、まもなくセレスティナの婚約が整ってしまった。
 婚約者のいる女性が、異国の男に魔石を贈り続けるなど醜聞以外なにものでもない。
 それでも、事情が事情だからと、ルヴォイア王家が協力してくれた。そうしてセレスティナ本人には知らせず、こっそりと彼女の魔力が籠もった魔石を定期的に送ってくれていたのだ。

 もちろん、礼は十分以上にしている。
 かの国からセレスティナ奪還に協力したのもそうだし。
 ルヴォイア王国では、セレスティナの実情を知る諜報力も、取り返す力もなかったから、率先して手伝っただけ。

 しかし、セレスティナの魔力は枯渇していた。
 大切に使ってきた彼女の魔石も、1年前には空になり、その後は以前のように苦しみに喘ぐ日々だ。というより、彼女を知る前より酷くなっている。
〈処女神〉を知ったせいで〈糸の神〉が暴れているのだ。
 もっと、彼女が欲しいと。

「意地を張るのはやめて、頂いちゃえばいいのに」
「彼女の魔力は枯渇している。彼女を抱いたところで、本当にこの身体が癒されるとは限らない」
「本能でわかっているのにィ?」

 フィーガはニイイと悪い笑みを浮かべた。
 しかし次の瞬間、真顔になる。


「――アナタ、このままじゃ死にますよ」


 フィーガの言葉に、リカルドは押し黙った。

「そのまま体内を〈糸の神〉にズタズタにされて死ぬか、耐えきれなくなって自死するか、精神を侵されて周囲を巻き込んで暴れ回り討伐対象――うわあ、それだけは被害が尋常じゃないし、仮にもアナタの奥方になったあの方にも責任が降りかかりそうですから、勘弁してほしいんですけどォ」

 これ見よがしに、つらつらとあげつらっていく。
 本当にどれもありそうだと思ってしまうから厄介だ。
 しかし、とリカルドは思う。

(俺は、〈糸の神〉の加護を授かった人間。だから――)

 この体内に渦巻く、執念、嫉妬、執着、執愛――。
〈糸の神〉に相応しい、ドロドロとしたどす黒い感情。

 ――それを、彼女にぶつけてはならない。
 彼女にだけは、絶対に。

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