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しおりを挟む「主ィ――……ああ、やっぱりここに来てましたねェ」
間延びした男の声が、執務室の外から聞こえてきた。
そう、この声だ。
かつてリカルドの育った辺境まで、緊張感のないこの男がリカルドを迎えに来たのだった。
リカルドは大きくため息をついた。
しばらくひとりになりたいのに、いつだってこの男から逃れることは難しい。
鍵がかかっているはずの扉をいとも簡単に開けられて、すっかり腐れ縁となった男の姿にリカルドは舌打ちした。
「まったく。新婚早々、なにしてくれやがっているんですか、あなたは!」
「昨日も言ったろう。……俺は、あの方との婚姻など、望んでいなかった……っ」
正確には、覚悟は決めていたものの、直前になって日和っただけ。
セレスティナを前にして、想像以上に〈糸の神〉が暴れてくれすぎて、逃げるしかなかったとも言う。
とにもかくにも、昨夜散々繰り返した押し問答を、まだ続けることになるだなんて。
リカルドはのそりと上半身を起こし、やって来た男を睨みつけた。
無造作な若草色の髪に、蜂蜜色の瞳。リカルドよりも4つ年上の29歳ではあるが、どこか愛嬌のある幼い顔つきをした男。
フィーガ・フィーガ・エン・フィーガロット――特定の第一降神格の加護を代々血で引き継ぐという特殊な家門フィーガロット家の若き当主である。
フィーガは、睨みつけるリカルドに臆することなく、飄々とした表情を浮かべている。
かの家門の長だけは、〈伝達の神〉フィーガの名前をそのまま使用することができる。それは、フィーガが生粋の神ではなく、同一の存在が数多いる精霊の複合体であることが由来しているが――まあそれはいい。
とにかくこのフィーガという男は、悪戯好きの〈伝達の神〉フィーガそのものだと言われる特殊な生まれの男だった。
幸か不幸か、フィーガロット家の人間は、仕える相手を自らの直感で決めるという慣習があり、その主というのがリカルドだったというわけだ。
11年前、フィーガはリカルドを見つけるなり、嬉々として皇都へ連れて行った。
もちろん、あの家族と引き離してもらえたことは感謝している。フィーガに見つけてもらってから、リカルドの人生は好転したことも確かだ。
魔力を制御する術を学ばせてもらい、ある程度自由に身体を動かせるようになった。必要なだけ知識も身に付けられたし、自分の力で思うように生きられるようになったと思う。
ついでに言えば、生活能力がゼロのリカルドを彼自らが世話してくれるのもありがたい。
彼がリカルドのことを誰よりも気にかけてくれていることも、当然わかっている。
――しかし!
かのセレスティナとの婚姻までセッティングしてくれと、誰がお願いしたというのだ!
「うーわ。何その、俺はお前を許さん、って目ェ。僕、怖くってちびっちゃうゥ」
「言葉の通りだ……お前を、許さん……っ」
「うわあん主! それはないでしょっ! 元はと言えば、アナタが『セレスティナ姫とじゃなきゃ結婚しない~!』って言ったのが原因でしょうが」
「それは……っ」
リカルドはたじろいだ。
もう4年も前のことだ。確かに、かつてリカルドは言ったことがある。
セレスティナとなら結婚を考えてもいいと。
「しかし、彼女はルヴォイアの王女だ! 王族でもなく、しかも第一降神格な俺には……っ」
かの国の慣習を考えると、到底結婚できるはずのない相手。
だからこそ、リカルド自身の婚約話を避けるには最適な相手でもあった。
元は平民だとは言え、豊富な魔力と第一降神格としての加護を授かった自分。
この性格と体質だ。女性とはとんと縁がないが、縁談だけは来る。
しかも、フィーガや国王陛下が率先してリカルドに結婚させようとしてくるから、言ってやったのだ。
セレスティナ以外とは結婚する気はないと。
――彼女だけが、リカルドの渇望を癒やせるから、と。
それだけ。
本当に、望まぬ婚姻を避けるそのためだけだったのだ。
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