13 / 65
4−2
しおりを挟む「主ィ――……ああ、やっぱりここに来てましたねェ」
間延びした男の声が、執務室の外から聞こえてきた。
そう、この声だ。
かつてリカルドの育った辺境まで、緊張感のないこの男がリカルドを迎えに来たのだった。
リカルドは大きくため息をついた。
しばらくひとりになりたいのに、いつだってこの男から逃れることは難しい。
鍵がかかっているはずの扉をいとも簡単に開けられて、すっかり腐れ縁となった男の姿にリカルドは舌打ちした。
「まったく。新婚早々、なにしてくれやがっているんですか、あなたは!」
「昨日も言ったろう。……俺は、あの方との婚姻など、望んでいなかった……っ」
正確には、覚悟は決めていたものの、直前になって日和っただけ。
セレスティナを前にして、想像以上に〈糸の神〉が暴れてくれすぎて、逃げるしかなかったとも言う。
とにもかくにも、昨夜散々繰り返した押し問答を、まだ続けることになるだなんて。
リカルドはのそりと上半身を起こし、やって来た男を睨みつけた。
無造作な若草色の髪に、蜂蜜色の瞳。リカルドよりも4つ年上の29歳ではあるが、どこか愛嬌のある幼い顔つきをした男。
フィーガ・フィーガ・エン・フィーガロット――特定の第一降神格の加護を代々血で引き継ぐという特殊な家門フィーガロット家の若き当主である。
フィーガは、睨みつけるリカルドに臆することなく、飄々とした表情を浮かべている。
かの家門の長だけは、〈伝達の神〉フィーガの名前をそのまま使用することができる。それは、フィーガが生粋の神ではなく、同一の存在が数多いる精霊の複合体であることが由来しているが――まあそれはいい。
とにかくこのフィーガという男は、悪戯好きの〈伝達の神〉フィーガそのものだと言われる特殊な生まれの男だった。
幸か不幸か、フィーガロット家の人間は、仕える相手を自らの直感で決めるという慣習があり、その主というのがリカルドだったというわけだ。
11年前、フィーガはリカルドを見つけるなり、嬉々として皇都へ連れて行った。
もちろん、あの家族と引き離してもらえたことは感謝している。フィーガに見つけてもらってから、リカルドの人生は好転したことも確かだ。
魔力を制御する術を学ばせてもらい、ある程度自由に身体を動かせるようになった。必要なだけ知識も身に付けられたし、自分の力で思うように生きられるようになったと思う。
ついでに言えば、生活能力がゼロのリカルドを彼自らが世話してくれるのもありがたい。
彼がリカルドのことを誰よりも気にかけてくれていることも、当然わかっている。
――しかし!
かのセレスティナとの婚姻までセッティングしてくれと、誰がお願いしたというのだ!
「うーわ。何その、俺はお前を許さん、って目ェ。僕、怖くってちびっちゃうゥ」
「言葉の通りだ……お前を、許さん……っ」
「うわあん主! それはないでしょっ! 元はと言えば、アナタが『セレスティナ姫とじゃなきゃ結婚しない~!』って言ったのが原因でしょうが」
「それは……っ」
リカルドはたじろいだ。
もう4年も前のことだ。確かに、かつてリカルドは言ったことがある。
セレスティナとなら結婚を考えてもいいと。
「しかし、彼女はルヴォイアの王女だ! 王族でもなく、しかも第一降神格な俺には……っ」
かの国の慣習を考えると、到底結婚できるはずのない相手。
だからこそ、リカルド自身の婚約話を避けるには最適な相手でもあった。
元は平民だとは言え、豊富な魔力と第一降神格としての加護を授かった自分。
この性格と体質だ。女性とはとんと縁がないが、縁談だけは来る。
しかも、フィーガや国王陛下が率先してリカルドに結婚させようとしてくるから、言ってやったのだ。
セレスティナ以外とは結婚する気はないと。
――彼女だけが、リカルドの渇望を癒やせるから、と。
それだけ。
本当に、望まぬ婚姻を避けるそのためだけだったのだ。
662
お気に入りに追加
2,268
あなたにおすすめの小説
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
「え、じゃあ結婚します!」
メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。
というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。
そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。
彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。
しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。
そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。
そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。
男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。
二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。
◆hotランキング 10位ありがとうございます……!
――
◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
私を捕まえにきたヤンデレ公爵様の執着と溺愛がヤバい
Adria
恋愛
かつて心から愛しあったはずの夫は私を裏切り、ほかの女との間に子供を作った。
そのことに怒り離縁を突きつけた私を彼は監禁し、それどころか私の生まれた国を奪う算段を始める。それなのに私は閉じ込められた牢の中で、何もできずに嘆くことしかできない。
もうダメだと――全てに絶望した時、幼なじみの公爵が牢へと飛び込んできた。
助けにきてくれたと喜んだのに、次は幼なじみの公爵に監禁されるって、どういうこと!?
※ヒーローの行き過ぎた行為が目立ちます。苦手な方はタグをご確認ください。
表紙絵/異色様(@aizawa0421)
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
前略陛下、金輪際さようなら。二度と私の前に姿を見せないで下さい ~全てを失った元王妃の逃亡劇〜
望月 或
恋愛
ロウバーツ侯爵家の娘であるイシェリアは、父の策略により、ウッドディアス王国のコザック王と政略結婚をした。
コザック王には結婚する前から愛妾メローニャがおり、彼は彼女にのめり込み国務を疎かにしていた。
そんな彼にイシェリアはやんわりと苦言を呈していたが、彼らに『洗脳魔法』に掛けられ、コザックを一途に愛し、彼の言うことを何でも聞くようになってしまう。
ある日、コザックはメローニャを正妻の王后にし、イシェリアを二番目の妻である王妃にすると宣言する。
その宣言を受け入れようとしたイシェリアの頭に怒声と激しい衝撃が響き――
「……私、何でこんな浮気最低クズ野郎を好きになっていたんでしょうか?」
イシェリアは『洗脳』から目覚め、コザックから逃げることを決意する。
離縁に成功し、その関係で侯爵家から勘当された彼女は、晴れて“自由”の身に――
――と思いきや、侯爵の依頼した『暗殺者』がイシェリアの前に現われて……。
その上、彼女に異常な執着を見せるコザックが、逃げた彼女を捕まえる為に執拗に捜し始め……?
“自由”を求めるイシェリアの『逃亡劇』の行方は――
・Rシーンにはタイトルの後ろに「*」を付けています。
・タグを御確認頂き、注意してお読み下さいませ。少しでも不快に感じましたら、そっと回れ右をお願い致します。
悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~
束原ミヤコ
恋愛
ルティエラ・エヴァートン公爵令嬢は王太子アルヴァロの婚約者であったが、王太子が聖女クラリッサと真実の愛をみつけたために、婚約破棄されてしまう。
ルティエラの取り巻きたちがクラリッサにした嫌がらせは全てルティエラの指示とれさた。
懲罰のために懲罰局に所属し、五年間無給で城の雑用係をすることを言い渡される。
半年後、休暇をもらったルティエラは、初めて酒場で酒を飲んだ。
翌朝目覚めると、見知らぬ部屋で知らない男と全裸で寝ていた。
仕事があるため部屋から抜け出したルティエラは、二度とその男には会わないだろうと思っていた。
それから数日後、ルティエラに命令がくだる。
常に仮面をつけて生活している謎多き騎士団長レオンハルト・ユースティスの、専属秘書になれという──。
とある理由から仮面をつけている女が苦手な騎士団長と、冤罪によって懲罰中だけれど割と元気に働いている公爵令嬢の話です。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる