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4−1 〈糸の神〉の執愛
しおりを挟むこんな結婚、あってはならなかった。
結婚式翌日。
まさに、セレスティナが屋敷で熱に浮かされているころ、リカルドはひとり騎士団棟の執務室に戻り、引き籠もり続けていた。
窓ひとつない薄暗い部屋。黒騎士団の第7部隊隊長の執務室とは思えないほど鬱屈とした雰囲気の場所だ。
手慰みに読む書物が壁一面に並んでいるが、それ以外は何もない。
シンプルな執務机とソファー。それから、簡易のベッドだけ。
元々外に屋敷を持たなかったリカルドは、基本的に、ほとんどの時間をこの地下の執務室で過ごしていた。
今もベッドの上で寝返りを打ち、頭を抱える。
太陽の光が大の苦手。そんな特殊な体質だから、城の地下室の倉庫を改装して、執務室兼自室にしてもらっているのだ。
環境のせいか空気は澱んでいるし、湿気もある。どう考えても快適な場所ではないが、特殊な体質のリカルドにとってはこの部屋以外の場所こそが地獄に感じた。
(ああ……あまりに憎い、この身体……)
それもこれも全部〈糸の神〉の加護のせいだ。
戦闘で魔力を放出していないと、体内に渦巻く闘争本能がリカルド自身を傷つける。
身体の節々がひどく痛み、吐き気、頭痛を伴い、動くことすら億劫になる。日の光を浴びないかぎりはまだマシだから、日ごろからここに引き籠もっているだけ。
大嫌いな〈糸の神〉。それでも、この身体となんとか付き合っていく術を25年かけて見つけてきたというのに――。
(昨日、セレスティナ姫と会ったからか。――クソ、随分好き勝手に暴れてくれる)
――――己の中の渇望が。
セレスティナを迎えることはわかっていたし、この婚姻が逃げられないものであることも理解していた。
リカルド自身、彼女には大恩がある。彼女が生涯をこの国で過ごすのであれば、健やかに過ごしてほしい。その気持ちは強い。
だからリカルドの精一杯で、彼女を迎えるための準備をした。
人付き合いなど苦手なのに、手段を選ばず必死で情報収集した。
セレスティナが少しでも快適に日々を過ごせるように、彼女の好きそうなもので屋敷を固めた。
女性のために尽くすのは生涯はじめてで、戸惑うことも多かった。けれど、やれるだけのことはやったと思う。
しかし、実際に彼女を妻として扱えるかどうかとなってくると、全然話が違う。
(クソ……身体の節々が、痛い。心臓が……っ)
昨日、セレスティナに触れた代償か。
ずっと己の中で、何かが叫び続けている。
彼女を抱け。
彼女を奪え――と。
同時に理解していた。
彼女を抱いてしまえば、この苦しみから解放されると言うことも。
(しかし、駄目だ。それだけは……!)
セレスティナと改めて向きあって実感した。
これは、彼女にとって最悪な婚姻になると。
それもこれも全部、リカルドが〈糸の神〉の加護を授かってしまったからだ。
リカルド・ジグレル・エン・マゼラは黒騎士と呼ばれ、この国の英雄扱いをされている。
しかし、自分がそんなに大層な身分でもないことくらい、よく理解していた。
もともと姓すらも持っていなかった平民だ。
リカルドの姓「マゼラ」は、マゼラ村出身の、という意味でとりあえずつけられただけ。ここフォルヴィオン帝国の片田舎でひっそりと生きていただけの男だった。
しかし何の悪戯か。やがて冥王となった〈糸の神〉の加護は強力すぎた。
(こんな加護のせいで、俺の人生はめちゃくちゃだ)
生まれたのがあまりに田舎すぎて、長く自分が第一降神格であることも知らずに生きていた。
当然、こんな身体ではまともに外に出ることもできず、ひたすら家に引き籠もることしかできない。家族からは穀潰しと罵られるが、当時のリカルドにはどうすることもできなかった。
特に、魔力が多く集中する左眼が厄介だ。
黒曜石の瞳が、感情が高まりすぎると赤く発光してしまうのだ。それが余計に気味が悪いと罵られ、左眼を隠すようにして生きてきた。
さらに、原因不明の痛みと気持ち悪さにのたうち回り、呻き声をあげながらひたすら生きる。その薄気味悪さに、誰もがリカルドを忌避した。
転機となったのは、14歳のころ。
そんなリカルドの噂を聞きつけて、皇都からひとりの男がやってきたことだった――。
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