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しおりを挟むとてもではないが、他国から王女を迎えた家とは思えない。
結婚式初日とは考えられないくらいに空気は冷え切っている。
侍女たちがセレスティナの顔色を窺ってくれているのがわかるから、セレスティナだって暗い顔ばかりはしていられない。
だから、セレスティナはなんとか気丈に振る舞うことにした。
先ほどの会話だって、きっと何かの間違いだった。
たまたま、この結婚が悪し様に言われているように聞こえただけ。話の前後を通して聞くと、全然意図が違っていたのかもしれない――なんて。
(そんなわけ、あるはずがないわよね……)
扉はわずかに開いていた。
リカルドだって、セレスティナに会話を聞かれたことはわかっていたはずだ。
しかし、追ってくることも、誰かを遣わせて弁解するようなこともなかった。
この結婚を、本当に疎ましく思っているのだ。だから、セレスティナがどう思おうと、彼には関係ないのだろう。
セレスティナとしても、あそこまでハッキリと言い切られてしまっては、言葉どおりに飲み込む他ない。
しかし、これは国を挙げての婚姻だ。
彼が拒んだところで、事実は変わらない。
それならば、セレスティナは腹を括るしかない。
もう、セレスティナには帰る場所などないのだから。
(わたしが、わたしの家族のためにできることは、わたし自身が幸せになること)
きっと今が最低だ。ここからは浮上するしかない。
少なくとも、リカルドは早々にセレスティナを縛って、搾取するようなことはない。
ならばここで、自分の居場所は自分で作っていく。
(大丈夫。きっとわたしならできるわ)
これでも、最初に嫁ぐまでは、社交が得意だと言われていた。
人なつっこくて、どのような気難しい相手でもセレスティナが話すと打ち解けられると。
セレスティナ自身はあまりその自覚はなかったが、周囲にずっと言われることで、それが自分の長所だと認識できた。
今はリカルドも、この婚姻に納得していないのかもしれない。
でも、これから。
まだまだ彼との関係は構築できる。
そう信じるしかない。
――いや、そう信じないと、今にも挫けてしまいそうだから。
そうして、いよいよ初夜。
セレスティナは、侍女たちによって身体の隅々まで磨かれ、綺麗にしてもらった。
髪は艶々、銀に近いプラチナブロンドは、背中の真ん中くらいの長さだ。貴族の子女としてはかなり短い方だろう。2年という幽閉期間の中でボロボロになり、毛先をかなり切るしかなくなってしまったのだ。
1年かけてゆっくり伸ばしたけれど、以前の様な美しさはない。それでも、セレスティナは胸を張るしかない。
身に付けているのは少し厚手のナイトドレスだった。
これを着るだけで思い出す。期待していたのか、と嘲笑され、さらに罵倒されたあの日のことを。
かつての夫は、自分と愛人の行為を隠すことなく見せつけた。
お前など自分の妃にふさわしくない。うぬぼれるなと、彼が言った言葉が今でもセレスティナの心に突き刺さって抜けない。
だからセレスティナは怖い。
淫らなナイトドレスを身につけて、自分を誘っているのかと笑われるのが。
色は白く、控えめで無難。それはセレスティナのたっての願いで選ばれた。
本当はもっとレースがたっぷりで、豪奢なものもあったけれど、どうしても身に付けることはできなかった。
そういった際どいものに触れるだけで、セレスティナの震えが止まらなくなるから。
だから厚手の、少し野暮ったいくらいのナイトドレスの裾を掴みながら、セレスティナはひとり寝室で待つ。
それは、永遠とも思える時間だった。
そもそもリカルドはやって来ないかもしれない。
だって、彼はセレスティナのことを歓迎していない。花嫁を迎える気がない男が、どうしてセレスティナを抱くというのだ。
だから、寝室の扉が開いたとき、少なからずホッとした。
リカルドはセレスティナと向き合う気がある。まだ、これから関係性を構築していける。
初夜のドキドキよりも、リカルドとまともに会話できるかどうかの方が、今のセレスティナにとっては重要だった。
ガチャリとあけられたドアの向こうに、リカルドの姿が見えた。
湯浴みをして、紅蓮の髪が艶々に輝いている。
こちらを見つめる切れ長の瞳。薄い唇。すっと通った鼻筋に、シャープな輪郭。改めて、彼が非常に整った顔だちであると理解する。
そんな彼は、セレスティナと目が合うなり、ビクッと大きく震えた。
冷ややかだった表情がますます険しくなる。
眉間にギュウギュウに皺を寄せ、まるで憎き敵を見つめるかのような眼差しを向けてきた。
それだけで、彼との関係性はゼロではなく、マイナスであることを理解した。
これから、どう関係性を作っていけばいいのか。
最初の一歩すら踏み出せないまま、セレスティナは言葉を探す。
「あの――」
「俺は、あなたを抱くつもりはありません。それを言いに来ました」
冷たい声だった。
ハッキリとした拒絶だ。それを面と向かって告げられて、セレスティナは目を見開いた。
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