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しおりを挟む驚くべきことに、今のセレスティナでもいいと言ってくれている酔狂な存在がいるらしい。
しかも、その相手というのは、すでに何度も打診をくれているのだとか。
少なからずセレスティナの事情を調べているらしく、こちらがまともに起き上がれない状態であったことも了承済みだった。
それどころか、心身共に傷ついたセレスティナを心から心配してくれ、国を挙げて大切にするからと、しっかりと約束してくれたのだとか。
にわかには信じがたい話ではあるが、そこまで熱心に打診されると、ルヴォイア王国としても無碍にできなくなる。
結果、セレスティナの元までその婚約話が持ってこられたわけだが――。
「フォルヴィオン帝国、ですか……?」
あまりの相手に絶句した。
世界でも一二を争う大国だ。
正直、イオス王国の比ではないほど、国土も広く、豊かな国である。
予想すらしていなかった大国の名が出てきて、セレスティナは口を開けた。
「しかし、あの国は第一降神格がすでに……」
ぱっと思いつく限り、有名な第一降神格が何名かいる。
ルヴォイアの王女は、第一降神格の存在しない国に嫁ぐのが慣習だ。だからこそ、かつては候補にも挙がらなかった国だ。
まあ、フォルヴィオン帝国ほどの大国になると、優秀な人材が揃いすぎて、今さら第一降神格がひとり増えるメリットも何もなさそうではあるが。
「そうだ。本来はお前が嫁ぐことは難しい国ではある。第一降神格の偏りに、反発する国もあるだろう。だが――」
父であり、国王でもあるディオラルは眼光を緩めた。
その時の優しい瞳。国王から父へと立場を切り替え、穏やかな父親の顔をして彼は告げた。
「お前は再婚にあたる。酷な言い方だが、魔力すらなくなった今のお前でもいいと言ってくれる相手は多くはない」
まあ、確かにそうだろうと、セレスティナは俯いた。
魔力がないだけではない。今のセレスティナには、大病を患っただの、石女であるだの、結婚するには難しい噂が飛び交っている。あえてそんな不良物件を選ぶ王族などいないだろう。
「それに、今回の相手はそもそも王族ではない」
「え……?」
セレスティナは目を丸くした。
例外続きである。
ルヴォイアの王女を迎えることは、神の加護そのものを受け入れると同義。慣例として、必ず王族が相手になってきた。
「黒騎士リカルド・ジグレル・エン・マゼラ――と言えば、お前もわかるか?」
「――っ!? あの、黒騎士さま、ですか!?」
知らないはずがない。
その人物こそ、フォルヴィオン帝国で最も有名な第一降神格。〈糸の神〉ジグレルの加護を授かったその人なのだから。
(よりにもよって、〈糸の神〉の……)
少なからず動揺した。
だって、〈糸の神〉と言えば、セレスティナに加護を与えた〈処女神〉セレスの因縁の相手だ。
かの〈処女神〉を、半神に引き上げた原因となる神。
だからその加護を与えられた相手にも、どうしても身構えてしまう自分がいる。
「そうだ。その黒騎士との縁談だ」
黒騎士リカルド――フォルヴィオン帝国にその人ありと言われる英雄だ。かつて東の国からの侵攻を、リカルド率いるたった一部隊で食い止めた。
しかも一部隊と言えども、実際にはほとんどがリカルドひとりの功績だ。
一騎当千どころか、一騎当万とも言われる大英雄である。
黒騎士という名で呼ばれるのは、その男が常に黒いコートを纏っていること。戦場の死神とも呼ばれるほどに、陰鬱な雰囲気であるからだという。
英雄ではあるものの、どちらかと言えば恐れの対象。あまりいい噂は聞かなかった。
(リカルド様……)
セレスティナも、かつて国際会議の場で会ったことがある。
燃えるような赤髪が印象的な、どこか影のある男性だった。
ただ、その時もほんのわずかに会話を交わしただけ。しかも、彼はどう見ても不機嫌そうだった。
じっとこちらを見つめてくる目が妙に印象的ではあったが、向こうがセレスティナに対して好意を持ったとかそういった印象は全くなかった。
英雄というよりも、孤独な一匹狼と言った方が似合いのイメージだ。
しかし、セレスティナが考えていた以上に、向こうはセレスティナに対して何らかの感情を持ってくれていたらしい。
「お前には話していなかったが、実は先の国際会議のあとからずっと打診はあってな」
「え……!?」
それは、もう4年も前のことではないだろうか。
婚姻対象国でもなく、王族でもない相手――つまり、本来は結婚などありえない相手だ。そんな殿方から婚約の打診があったなど知らなかった。
セレスティナは狼狽えた。
だって、こうも熱心に打診をされる理由が見つからない。
「相手は、お前が魔力を失ったこともご存じだ。それでも、ひとりの女性としてお前を迎えたいと言ってくれた」
「ど、どうして、そんな……」
「私も、お前は第一降神格ではなく、ただひとりの娘として幸せになるべきだと思う」
「お父様……」
その言葉を、どう受け止めたらいいのかわからなかった。
加護をくれたのは半神ではあるけれど、第一降神格であることが自分の存在価値。それをなかったことにしろと言われても、今すぐ受け入れるのは難しい。
ただ、ディオラルは、国王ではなく父の顔をして語り続ける。
すでにセレスティナは、ルヴォイア王国の王女としての役割は十分果たした。先の結婚で苦労した分、これからは目一杯幸せになってほしい。
そして黒騎士リカルドは、その相手として申し分ないからと。
(お父様は、黒騎士リカルド様のことを、とても信頼しているのね)
真剣な眼差しから、そのことだけは十分に伝わってくる。
「国の慣習? そんなものは気にするな。一度慣習に則って結婚したじゃないか。十分だ。――何、周囲の国が何と言ってこようと、私は胸を張ってお前を送り出すよ」
「お父様……」
「それに、フォルヴィオン帝国が国を挙げてお前を迎えてくれると言ってくれているからな。文句があるなら、フォルヴィオンに言え。それくらいの気概で、やりきってみせるさ」
「まあ!」
「だからお前も、かの国で何かあっても堂々としていればいい。自分は何度も請われて、仕方がないから結婚してやった、くらいの気持ちでいい」
「ふふ、それは素敵ですね!」
見事な責任転嫁であるが、セレスティナの気持ちがわずかに軽くなる。
いつぶりかわからないほど久しぶりに、笑い声が溢れた。
それを観て、ディオラルはふと目を細める。
「――――だから幸せにおなり、セレスティナ。私は誰よりも、お前の幸せを願っているよ」
自分は望まれて結婚する。
それを信じて、セレスティナはフォルヴィオン帝国に向かうことにした。
二度目の結婚。
今度こそ幸せになれる。そんな淡い期待が、早々に砕かれることになるなど知らずに。
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