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1−1 プロローグ
しおりを挟む難しい婚姻だとはわかっていた。
それでも、少なからずこの結婚に夢を抱いていた自覚はある。
でも。どうして――。
「あっ、ぁん! そこ! ラルフレット様ぁ!」
――――どうして、初夜に寝所から他の女の淫らな声が聞こえるのか。
自分の夫となる人と、これまでまともに話したことはない。
結婚話が浮上してから、今日まであっという間だった。王族の結婚式とは思えないくらいに急な婚姻に戸惑わなかったと言えば嘘だ。
それでも、改めて結婚式の場で会った彼は素敵だった。
華やかな金色の髪に、透き通るような碧い瞳。まさにおとぎ話の中に出てくるような理想の王子様そのもの。
大国であるイオス王国王太子の名に恥じない、素敵な旦那様。
一方のセレスティナの出身国と言えば、隆盛していたのは過去の話だ。
ただ長い歴史があるだけで、今やすっかりと小国となったルヴォイア王国の第三王女でしかない自分とは、どう考えてもつり合わない。
それでもセレスティナは、この婚姻に夢を抱き続けていた。
――だって、これは望まれた婚姻のはずだから。
その血により、必ず神の加護を色濃く受け継ぐと言われているルヴォイア王国の王女。当然、セレスティナもその恩恵を受けて生まれてきた。
そして、ルヴォイア王女として生まれたからには、必ず他国へ嫁がなければいけない。それがもう何代も続いてきたルヴォイア王国の慣習だ。
いくら小国とはいえ、神の祝福を強く授かった娘は貴重だ。だから本来、嫁ぎ先には困ることがない。
――――ただし、セレスティナ以外は。
(わたしは、いつまで経っても半人前。それでも、ラルフレット様はわたしを必要としてくれた)
等級で言えば、最上級。
第一降神格と呼ばれる最も強い祝福を受けたセレスティナであったが、19歳になるまで、なかなか嫁ぎ先が決まらなかったのは理由があった。
セレスティナに加護を授けた神が、半神だったためである。
〈処女神〉セレス。
神話上、とある神に見初められ、強引に神に引き上げられただけの元人間。
寿命だけを引き延ばされたものの、何の特別な力も持っていないハズレ神である。
歴史上を振り返っても、半神の加護を授かった者など存在しない。
生まれた瞬間、セレスティナは世界でたったひとりの半端者になったのだ。
〈処女神〉の加護を授かったところで無意味だ。莫大な魔力だけは授かったものの、その魔力を使って特別な何かができるわけでもない。
〈豊穣の神〉の加護を授かった一番上の姉のように大地を豊かにすることも、〈音の神〉の加護を授かった二番目の姉のように人々を魅了する音楽を奏でることもできない。
ただ、使い道のない魔力を持っているだけ。
それでも、彼――ラルフレット・アム・イオスは、セレスティナを選んでくれた。
大国であるイオス王国の王太子であるならば、妃などよりどりみどりなはずなのに、あえてちっぽけなセレスティナを。
しかも婚約が整うなり、一日も待てないと言わんばかりに結婚を急いでいた。
それほどまでに自分は望まれている。
その事実が、セレスティナを勇気づけてくれる。
いくら政略結婚でも、姉たちのように愛され、きっと大切にしてもらえる未来がある。
そんな幸福な夢を見ながら、夜、セレスティナは寝所に向かった。
プラチナブロンドと言うには色素が薄く、銀髪に見えなくもない浅い髪。紫水晶の瞳も珍しくはあるけれど、どこか華やかさの足りない薄い自分。
それでも、侍女たちの手によって磨き上げられた今、それなりに見映えはするはず。
レースがたっぷりのナイトドレスは、絹が薄くて心許ない。けれど、これが彼の心を擽るなら喜んで着よう。
ラルフレットに誠心誠意尽くして、愛し愛されるようになりたい。
この身の全てを、彼と、この国に捧げる覚悟はしてきた。
そしてそのためには、この初夜で、その自分の覚悟を見せなければいけない。
――そう思ってきたはずなのに。
ひとり、寝室の扉を開けて、凍りつく。
部屋の奥には大きな天蓋付きのベッド。そこに、ひと組の男女が睦み合っていた。
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