上 下
58 / 59
第3話 まさか聖夜にプロポ……いえ、わたしなにも気がついていません。

3−18

しおりを挟む

 ――ねえ、知ってる?

 ラルフ。
 わたし、ずっと都会に憧れてた。

 あなたがくれたの。
 なにも、自分の未来に希望を持てなかったわたしに、あなたが、夢を与えてくれた。

 兄弟が多くて、みんなの世話だけで毎日が終わっていく。家のお手伝いを頑張ることに一生懸命になったけど、手元にはなにも残らない。それが当たり前で、感謝もされない。
 そんな毎日がつまらなくて、わたしの一生ってこんなのなんだなってふて腐れてた。

 けれどあなたは、いつか都会に住むんだ! みたいな、漠然とした夢を楽しそうに語ってくれてさ。
 ……バカみたい、って思ったけど、ずっと、変わらない生活から逃げたかったわたしは、そんな荒唐無稽な夢に憧れた。
 家族に言っても呆れられるだけの、無謀そうに思えるその夢にね? どれだけ救われたかわからない。

 あなたはわたしを追ってきてくれたって言うけれど。
 やっぱり、わたしもさ。
 ちいさいころの、あなたの背中を追いかけてた。

 でも、今は――、



 ◇ ◇ ◇



「ふぅー、食った食った! ――っと、お、おお、スゲ」

 ラルフが予約を入れてくれていたお店でね? ふたりで少しだけ早めの、ちょっと贅沢なディナーをして。
 お店の外に出ると、空はすっかり暗くて。
 でもその宵闇の空に、ふわり、ふわりって優しい光が漂っててさ。

「きれい……」
「ん」

 今年はほんっと、あっという間だったなぁー!
 もう聖夜かあ。
 ふわふわふわふわ、精霊の光が漂う、幻想的な夜にうっとりと目を細める。


 あれから、エイルズの街に帰ってきて、アレクシスさんとのこともひと区切り。
 賠償とかもいろいろあるみたいだけど、アレクシスさんと直接顔をあわせることはもうないよ、って言われて。
 年末のお仕事バタバタこなして、仕事納めをしてから、ちょっと家の中を綺麗にしてたり、不必要な物を人に譲ったり、実家に送るお土産とお手紙を準備したりしてたら、すぐに一年で最後の日になってさ。

 約束どおり、今日は明るい時間からラルフとデート。
 お店をやってる人たちはさ、この日は朝から家族総出で出店を出したり、店を開放したり、大忙し。すっごく寒いけど、街は活気づいてて、わたしもいちにちラルフと腕を組みながらいろんなところを見てまわってさ?
 暗くなって、精霊の光が灯りはじめたからさ。いよいよ、目的の場所にむかう。


 街の中心地にある、精霊王さまの噴水はね? やっぱり特別な場所で。
 でも、この日は恋人たちの場所でもあるってみんな知っているから、男女で歩いているひとたちにみんな道を譲ってくれてさ?

「おっ! ラルフじゃん」
「マジか、ついにか?」
「男をきめるか、ラルフ!?」

 ……ついでに、めちゃくちゃ冷やかされていますけれど。ラルフが。
 友達多いよねえ。
 でも、ラルフってば、いつもなら結構言い返したりするのに、今日はすました顔でスルーしてる。
 ぷぷぷ。
 かっこつけてる。
 ちょっとかわいいかも、とか思っちゃうわたしも、たいがいラルフのこと好きだよね?


 精霊を祀る噴水は、やっぱり精霊たちにとっても特別なのかな。いっそう光が濃くなって、眩く周囲を照らす。

「すごい……」
「キレーだな……」

 湖面がキラキラ輝いて、まるで精霊王さまの像自体も光っているように見える。
 円形の噴水を中心に、同じく円形の広場が広がって、さらにそこを円形の劇場みたいに、二段、三段と高台がぐるりととりかこむ。
 大勢のひとが噴水の幻想的な風景に酔いしれ、カップルたちもみんな、うっとりとこの光景を見ていて。

「すごい人だね」
「だな。でも――」

 ラルフがわたしの手を引っ張って、先導する。
 ひとびとの合間を縫うようにして、一歩、二歩。
 そしたら、ラルフの存在に気がついた人たちがそっと道を開けてくれて。……なんだかすっごく楽しそうな視線を感じるけど。
 うううっ、めちゃくちゃいろんな人に、見守られてる……よね?

 噴水まで真っ直ぐ道ができて――ラルフに連れられてそこを歩いて。
 やわらかい光をまとった精霊王さまと対面して――わたしたちは祈りをささげる。

 どうか。
 どうか。
 これからも、ラルフと一緒に、笑って生きられますように。


 ラルフはどんな願いごとをしたのかなあ。
 なんて、くいっと彼に手を引かれて、すぐに理解する。

 手を引かれた方に視線を向ける。
 わっ、て周囲のひとが楽しそうに声をあげて。
 みんな、ラルフを見ているのがすぐにわかった。もちろんわたしも。彼を見ずにはいられない。

 わたしの手をとったまま、彼はそっと片膝を地面につけててさ。

「……っ」

 えっと。
 わかる。
 わかるよ?
 なにが起こっているのか、くらい。

「リリー」

 彼が顔をあげた。
 真剣な顔をして、まっすぐわたしの方を見て、さ?

「う、ん……」

 心臓がばくばく音を立てる。
 っていうか、跳ねて、痛いくらいで。

 もしかして、って思ったことは何度もあった。期待していなかったと言えば嘘になるし、覚悟もしてた。
 でも、呼吸することも苦しいくらい、ラルフの目を見ているだけでいっぱいいっぱいになる。ぎゅって、唇引き結んでさ。ラルフのこと、見つめて。

「オレ……ちいせーころから、オマエのことばっか見てきて……」
「……」
「ずっと。夢にしてきたことがあるんだけど」
「ゆ……め……?」

 ラルフから、夢の話が出てくるのは意外だった。
 だって、そんなの、ちいさい頃に話したっきりで。都会に出る、なんて夢、とっくに叶えて。有名な冒険者になってさ。
 これ以上、なにをって思うのに。

 同時に期待しちゃうんだ。

「オマエと……ずっと」
「……」
「ずっといっしょに、いられたらって」

 やば。
 顔、熱い。
 やだなあ。胸がいっぱいで、くるしい。
 こんなの、慣れてないのに。

「だから、オマエが首都に行くなら、首都に。他の場所でも、どこでも一緒に行く」
「……っ」
「オレ、嫉妬深いし、バカなとこあるけど。オマエに苦労ばかりかけてきたけど。でも、オマエがずっと一番だから。オマエを守るからっ。だから。たのむっ」

 息が苦しい。
 心臓が、もたないよ。

「オレと――オレと、結婚してくれ……っ!!」

 ……。
 やば。ちょっと、泣きそう。

 彼と触れあう手が、指先まで、じんじん熱くて。
 呼吸もまともにできてなくて。でも、なんとか息を整える。

「……っ」

 言葉がうまく選べない。
 でも、伝えたいことはただひとつ。だから、ごまかさずにちゃんと言え、リリー!

「わ、……たしも、ラルフと、いっしょにいたい」
「それって」
「うん。……結婚、しよ? ラルフ」
「……っ!!」

 ラルフの両目がこれでもかってくらい見開かれて、でも、すぐにくしゃくしゃになる。
 それから彼は、コートの内ポケットに手を入れてさ?
 ふふふ、今日は落とさず、持ってたんだね?
 しっかりしまって、あたためておいた願掛けこみの――もう、どんな願掛けがされてたかって、わたしでもわかるよ? ――その指輪を取り出して。
 ゆっくり、ゆっくりとわたしの左手の薬指にはめてくれる。

 その指輪には、小さな赤い石がついてるみたいでさ。
 あはは、ラルフの瞳の色だね?
 ラルフってば、ロマンチックなとこ、あるよね。……ふふ。うれし。はー……なきそ。

「リリー」

 彼は立ち上がり、わたしの手を引いた。
 ゆっくりと抱きしめられ、触れるだけのキスをくれて。

 ぱちぱちぱちぱち。
 おめでとー!
 ついにか、おまえら!!

 なんて、拍手とか、いろいろ声もかけられて。
 あはは、ほんとに、めちゃくちゃ見守られてたね?
 外、寒いのに、体ぽかぽかだし。
 はー……顔熱い。でも、うん。しあわせ。だね?

 人目もはばからず抱きあっちゃってるけど――いいよね? 今日は、好きな人とぎゅっとしてていい日だもん。

 あ。めちゃくちゃ目があった。
 かっこいいなあ。はぁー……あのラルフが、ほんと格好良く見えちゃう。

 ふふふ。
 お調子者で、おばかなところもあるけど、大好きだよ。ラルフ。

 ずっと一緒にいようね。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

処理中です...