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第3話 まさか聖夜にプロポ……いえ、わたしなにも気がついていません。
3−5
しおりを挟むお昼休みにギルド長に呼び出されたこと。
そうしたら、首都ギルドの職員がいて、なんだかわたしのお仕事いろいろ褒められたこと。
その上で勧誘を受けたこと。
もし異動するなら春。だから、年が明けた以降でいいので、返事がほしいといわれたこと。
わたしの話をさ、ラルフは口を挟まずに、最後まで聞いてくれた。
わたしはさ? 胸がちょっと痛くて、ずっと言い出せなかったことを、最後にね? ちゃんと、口にする。
「たぶん、わたしはおまけだと思うの。ほんとはさっ……わたしが、首都ギルドに異動したら、ラルフがついてくるかもとか……そういう、餌にされてるんだと思う」
「……」
「あはは! おかしいよね。だって、わたしが! わたしのほうが、ラルフの隣にいたいのに。異動するわけな――」
「いいんじゃね?」
「っ……」
声が、つまった。
ラルフの言葉があまりに意外すぎて、すぐに頭に入ってこない。
いい?
え? なんて言ったの?
いいって、言ったの? ラルフ……?
わたしがひとり、首都に行っても? それでもいいって、ラルフは言うの?
「や、やだよっ!」
「え?」
想像するだけで、胸がぎゅっとなる。
だって、同じ国内っていっても、首都とエイルズじゃあ……そんな。もうっ。
「だ、……だって、そしたら。ラルフと別れ……っ」
「!? な、なんでそーなる!!!」
だんっ! と、彼は両手をテーブルについて立ち上がる。
「!?」
なんだかめちゃくちゃ焦っててさ。
でも、つまり。ラルフの言葉は、そういうことじゃん?
ラルフは、平気でそう言うこと言うの……?
「別れ!? まて。やめてくれ。まじでっ」
「わたしだって、嫌だよっ!?」
「ぅん!? 嫌だよな!? 嫌…………あ?」
ラルフが硬直する。
ぱくぱくと。
口を、開けて、閉めて、また開けて、閉めて。
「うん、……? そーだよな。……いやまて、リリー? つまり???
――えーっと。マジで。例えでもその言葉は心臓に悪い。やめてくれ。お願いだから」
「え? ええっっっと……ぉ?」
「うん。情報を整理しよう。ちがうんだよな? わかれ……あー、言えねえ。とにかく! そーいうのじゃないよ、な? ちがうな? ちがうと言ってくれ?」
「ち、ちがうよ」
ごんっ。
勢いのままに彼は再び席に腰かけ、盛大にテーブルに頭をぶつける。
「!? 大丈夫!?」
「大丈夫なわけあるかよ……はぁ……心臓、いてえ。……死ぬかと思った……」
突っ伏したまま、彼ははあああとため息をつく。
「えっと。あれか。そもそも、オレの選んだ言葉が悪かったのか? ええと。なんの話してたっけ? ええと、首都ギルド行き?」
「うん」
もう一度、今度は深呼吸をしてから、ラルフは顔をあげる。
「だな。ええと。首都ギルドへの異動、だろ? それこそ、リリーが好きに決めればいいじゃねえかって意味で。興味はあるんだろ?」
「うっ……」
「図星だな? だったら、異動するのアリだと思うぜ? オレもついていくし」
「!?」
「あのなあ。どうしてついていかない選択肢があると思ったよ……?」
「で、でも……」
ちょうどこの間、ラルフが首都のギルドに誘われて、断ったばかりだったのもあって。
てっきり、首都には行きたくないのかなって思ってた。
……まあ、ミリアムがやりすぎただけだった、ってのもあると思うんだけどさ。
「わたしが……ラルフのそばに、いたかったわけ、だし」
「ぐっ……!? うん。ありがとう。だがな、リリー」
「ん?」
「その先はオレが。……あ。でも、もうちょっと、待ってくれ……時期が」
「は……?」
時期?
いったいなんのことだろう。
「もし首都に行くなら、別の時期がいいってこと? いつ?」
「いやいやそういう意味じゃ。あー……いいっ、いまは、忘れて」
「???」
「とにかく! オマエは! 首都に! 行きたい! そうなんだろっ?」
なかば強引に話をまとめられて、きょとんとする。
えーっと。そんなに、今すぐ決められるようなことではないのだけれど。
「……興味は、ある。でも……」
それはつまり、慣れ親しんだこの街とさよならするってことだ。
それに、向こうへ行ったところで、上手くいくとは限らない。
……だって、わたしはラルフを釣るための餌なのだ。わたし自身の能力なんてどうでもよくて……向こうへ行ったところで、わたしが望むような仕事がさせてもらえるとは限らない。
「……」
居たたまれなくなって、お酒に口をつける。
これは、逃げなのかな。
わたしは、今の生活が気に入っていて、この街でできることをやって生きていくつもりでいた。
けれども、思いもがけないところから別の道を指し示されて――しかもそれは、靄がかかって、むこうが見えない。
異動したところで、ずっと燻ったまま、後悔して生きていかないといけないかもしれない。
「な。リリー?」
「うん?」
「この街に来たときのこと、覚えてるか?」
「……うん」
それは忘れるはずがない。
家出同然で村を飛び出してさ。――なんのコネもなかったけど、とにかくなにか仕事にありつきたくて。日稼ぎの仕事をしながら勉強をして、ここのギルドの試験を受けたんだよね。
「オレはさ。オマエを追いかけたかったんだ。昔も。今も。
オマエが行きたいところに、一緒に行きたい。それだけが夢でさ。……はは、かっこ悪ぃけど。オマエと一緒になり…………一緒に、頑張りたいってな」
「ぅん? ……うん」
「この間、オマエさ。オレについてきてくれるって言ってたけどよ。それはオレの方のセリフでさ。オレが、オマエについていきたいんだ」
「……ラルフ」
「だから、オレの存在とかさ、むしろ利用するくらいの勢いで、行ってもいいんじゃねええかって思う。ほら、オレはソロの冒険者だからよ。どこ行っても、やることは変わんねーし」
「ふふ」
「お。笑ったな? 首都のギルドの奴らもさ。セコいことしてんなって思うかもしれねーけどよ? ガンガン利用してやれ? いいじゃねーか。オレら、田舎モンなんだからよ? ちょっとくらい厚かましくてさ」
「あはは」
「つーわけだ。オレからのアドバイス、以上!」
「参考になったよ」
「だろ?」
アハハ、と彼は誇らしそうに笑って、グラスを手にする。
わたしもなんだか、重い荷を下ろしたような気持ちになってさ? 気がついたら、彼と一緒に笑ってて。
相談してよかったって、本当に思う。
ああ……いつからかなあ。
こんなにさ? ラルフの存在に支えられてるって感じるようになったのは。
「ほら。手が止まってるぞ。もっと食えよ? しっかり食って、体力つけとけ」
「ん。いただきますっ」
「おう。……はー! よかった! リリーとこれからも一緒にいられそうでよ」
「あはは。うん。いつもありがと」
「! ん。おうっ」
ついつい素直にありがとうを伝えると、彼はゴクリと唾を飲み込んで、やっぱりへらって笑った。
よかったな。
うん、ラルフがすぐそばにいてくれて、ほんとうによかった。
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