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第3話 まさか聖夜にプロポ……いえ、わたしなにも気がついていません。

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 その日の夕方。
 ハーマンさんたちから解放されて、通常の業務に戻ってからも、わたしはぼんやり、今日のお話のことを思いだしていた。

 あー……もう、どうしよ。
 咄嗟に断っちゃったけど、すぐに笑顔で突っ返されたもんね。もうすこし、ゆっくり悩んで答えを出してくれるとうれしいって。

 あー……えっと。なんのことかっていうとね?

 ……。

 …………うん。

 スカウトされた。首都のギルドに。


 今年コツコツ書いてた、素材をまとめて取引するための集団クエストの提案とか、素材の価格分配の是正に関するレポートとか。わたしが書いたレポート、企画書、提案書――いろいろ集めててさ。
 めちゃくちゃ用意周到。そんなにたいしたことしたつもりはないのに、全力で褒められて、持ちあげられて、居たたまれなくなったところを勧誘されて。
 つまり、エイルズギルドから、首都のギルドに異動しないかって。
 もう、わけがわからなくて。
 わたしじゃ絶対力不足だって思うし、……ほら、先日のミリアムの件もあったからさ?
 なんとなく、素直に受け止めきれなくて。

 ……だから考える前に断りの言葉がでちゃったの。
 行けません。わたしは、エイルズギルドに残りますって。
 で、それをやんわりとつっかえされたってわけ。
 異動は春だからね。こたえは、年が明けてからでいいって言われてしまい。
 ……今にいたる。

 はー……。
 なんだかさ。
 くやしくて、泣きそう。

 つまりこれってさ?
 この勧誘って。
 わたしを呼んだら、ラルフもついてくるからっていう勧誘じゃない?
 こないだミリアムが思わせぶりなことを言ってたけど、もしかしてこのこと?
 ラルフを呼ぶなら、わたしを動かせって?

 わたしの仕事、いろいろ持ちあげられてたけどさ……正直、そこまで絶賛するようなものなにもないって思ってる。こつこつ仕事することが好きなだけの、平凡な職員だよ? どこにでもいるよ? わたしみたいなのは……。
 なのにわざわざ思ってもみないことを褒め称えてさ?
 調子に乗せて連れていこうって?

 ……。
 …………。
 胸が痛いよ。

「ほら、リリー。アンタ、今日めちゃくちゃ不細工な顔になってるよ」
「うぅ……ケーシャぁ……」
「もっと話聞いてあげたいけど、先に彼氏に相談しな。アイツ後回しにしたら、絶対すねるから」
「でも……でもね……?」

 こっそりと事情を説明していたケーシャに宥められる。
 あー……ってか、気がつけば夜になってた。
 はぁ。帰る時間だ。

 ケーシャと飲みにいって、いろいろと相談したいのに、先にやんわりと止められちゃった。
 ラルフに……ラルフに……ねえ。
 事情が事情だけに、すごく相談しにくいというか。
 絶対気をつかわせるだろうから、もう少し、頭の中で整理してからって思うのに。

 わたしはケーシャに背中を押されて、この日の帰路につくことになる。
 もちろん――裏口出たところで、ラルフが待ってくれていてね?



「よ! おつかれ!」
「おつかれさま、ラルフ」

 この日、ラルフは特にクエストとか受けてなかったからね?
 白のタートルネックのセーターに、ベージュのダッフルコート。身長が高いからさ、ダッフルコートみたいに可愛いコートでも綺麗に着こなすとか、ずるくないかな?

 はぁー……中身はともかく、見た目だけはひっじょーに格好いい恋人の姿にうっかり心臓がドキドキしそうになりながら、わたしは彼のそばに歩いていく。
 で、いつものように腕を組んでね?
 はい。えーっと。
 気分でころころ変わるけど、手をつないでばかりじゃなくて、帰りはね? 暗いし。腕を組むこと、多くなりまして。うん、ほら。もう冬だし。ね?
 で、一緒に歩く。

「遅いし。なんか食ってくか?」

 あー……うん。そだね。
 いろいろお話ししなきゃだから……静かなところでお話できたらいいなって思って。……あと、お酒の力もほしいし。

「うん。あ、できたら、落ち着いたお店の気分かも」
「オッケー。うーん、そうだな。……前行きたいって言ってた、肉の煮込みの店はどうだ?」
「いいねえ」
「決定だな。じゃ、行くか」

 って、彼に連れて行ってもらう。

 大通りの方へ出て、夜も賑わう飲食街の方へ。
 この間のデートの時も、このあたりをうろうろして。楽しかったなあって思い出しながらも、さて、どうやって話題を切りだしたものかって考える。
 ちらっとラルフの方を見上げるとさあ、彼は彼でなぜか? ソワソワしてる気がするけど。
 えーっと、どうしたのかな?

 ついついじーって見つめちゃってたら、彼もわたしの視線に気がついたらしくてさ。はにかむようににこって笑って、ぐいってわたしの腕をひっぱる。
 えーっと?
 どどどどどうしたの、かな?

 まってまって。
 どうやって相談ごとを持ちかけるかって考えてたのに、そんな笑顔見せられたら頭が真っ白になるでしょっ。
 あのね。最近気づいたんだから。
 わたし、ラルフの顔も結構好きだったって!
 性格はね? 客観的に見て、いろいろアレなところ多いんだけど……あー、まあ、そのへんも好きなんだけど。
 顔は! その! わたしにはなんというかもったいないというか! いやもう、客観的に見て普通に格好いいと! おもい! ます!!

 はー……まあ。つきあうまではあんまりにも見慣れすぎて、特に意識してなかったんだけどね?
 つきあい始めてから、なんというかあまあまな? 笑顔とか? めちゃくちゃ見せてくれるようになって。一回自覚したらずるずると……って感じで。

 いまだに心臓ばっくんばっくんするからね? 落ち着かないよね。
 外はすっかり寒くなったっていうのにさ。わたし、なんか汗かいてる。


 つきあってそこそこ時間経ってきたっていうのに、まだまだ慣れなくてさ。どきどきしながら、彼のおすすめらしいお店に連れていってもらって。
 しかも、個室に通されてさ?
 お酒とかもお任せしたら、わたしの好きそうなの選んで、頼んでくれて。

 雰囲気のあるランプの明かりに照らされながら、乾杯する。
 ラルフってば、わたしの趣味をよく知ってるからね? お野菜のフライや、生ハム、それからもっちりしたチーズとか。お酒のおつまみにぴったりなものを、いろいろちょっとずつ頼んでくれる。
 盛りつけとかもお洒落でさ。デート感だしながら、食欲もめちゃくちゃ満たしてくれて――はぁー、すごい、知りつくされてる……って思う。

「おいしー!」
「だろ? あとで楽しみにしてた煮込みも来るからな。腹、あけとけよ」
「うんうん」

 って頷きながら食べるんだけどね? いや、めっちゃくちゃ美味しいんだけど。
 そうじゃなくて、わたしの頭はいまだに、どうやって切り出すか……の方に一生懸命になっててさ。

「? ……どうした? 口にあわねーか?」
「えっ!? いやっ」

 あ、声裏返った。

「……」
「…………」

 しかも、沈黙。

「うん? どうした、リリー?」

 はぁー。さすがに様子がおかしいと思われたのか、彼がちょっと不安そうな顔をする。
 うううっ……わたし、その顔に弱いんだよね。

 今でもすっごく申し訳ないんだけどさ。ラルフってば、わたしが嘘をついてつきあってたときのこと、若干トラウマになってるっぽくて。
 もちろんね? いま、わたしが好きっていうのは、ちゃんと信じてくれてはいるんだけど。それでも、告白が罰ゲームだったって知らされた時のことが、たいへん……大変ショックだったらしくてね?

 もう、なにもいいわけできないんだけど。
 全部わたしが悪いんだけど。うん。
 だから、わたしがなにか言いたそうにしているというか。秘密を抱えて、真剣な話をしたがってるときとかに、すごい怯えてるとこあるみたいで。
 今だってそう。
 なにが出るのかわからなくて恐怖している顔してる。

「あのねっ、ラルフ」
「! お、おう……」

 ラルフが生唾をのみ込んだ。
 あー……もう、ごめん。そんなに怖がらないでほしいのに。
 はやく本題言ったほうがいいよね。ええと、ええと!

「ちょっと、相談があるといいますか。その……」
「おう」
「あの。仕事の話。だから、そんなに緊張しないで聞いてほしいんだけど?」
「あ。仕事。そっかそっか」

 あ、少しだけ肩の力抜けたね? よかった。
 とはいえ、わたしも結構勇気がいる。ぐびーってお酒を口にして、アルコールを入れてね? ラルフに向きなおる。

 そして覚悟を決めて、昼間の話を彼に打ち明けたんだ。
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