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第1話 嘘から本気にさせられちゃった恋のおはなし。

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 事務室の通信の魔道具から報告が入るたびにビクビクしながら、わたしは、長い夜を――、
 
 長い夜を――――、

 長い夜には――――――、

 ――――――――――――ならなかった。




 冒険者たちが連携してグリーンドラゴンを狩猟する前に、なんと、ドラゴンは大人しく帰っていったのだ。
 奇跡的に街に被害もない。

 っていうか、グリーンドラゴンってば、やっぱり人里に出てきたのには理由があったみたいで。
 どうやら、保護条例を破った人間が、親ドラゴンが留守の隙にドラゴンの巣に潜って、卵を盗んだらしいのね?
 で、それに怒ったドラゴンが、卵を探しに来てたみたいで。
 ちょうど正門からこの街に入ろうとしてたアヤシイ連中が、その犯人だったらしく。
 もちろん、卵も発見。連中はお縄。卵はドラゴンに返却。
 やさしい目をしたドラゴンは、卵をだいじに抱えて、おとなしく山に帰っていきましたとさ。めでたしめでたし。

 ――当然、冒険者たちの出番もなかったわけで。
 


「うーっし、帰ったぞー! リリー!!」

 ……。
 …………うるさい。

「リリー、ほら。旦那に呼ばれてるよ、リリー?」
「ええと……」

 事務室の方まで届いてくるバカでかい声。
 隣の席にいたケーシャが、わたしをツンツンと突いてくる。

 数多くの冒険者がヤレヤレと帰ってきて、そのまま食堂の方で酒盛りしようとしてる人も多いんだろうね。
 そこそこ夜もふけてきているのに、いつもよりギルドホールは賑やかで。

「おーい! リリー、いるかー!?」

 もう少し、恥じらいというモノをっ! 覚えてくれないかなっ!!
 ちょっと腕がいいからって、ギルドホール内を我が物顔で闊歩しちゃってさあ!

「今日はもう上がって大丈夫だぞー、リリー」
「そうだそうだ。ラルフが待ってるぞー? リリー」
「…………うぅ……」

 緊急事態で、制服も着てなかったからね。
 わたしはふらふらと、そのまま鞄を持って立ち上がる。

 いや。うん。
 なんかいろいろ覚悟は決めたけどさあ。
 ラルフがちゃんとしようってしてくれるなら、わたしもちゃんとしなきゃなわけで。

 でももうちょっと……、
 こんな空気はちょっと……、
 私には荷が勝つと言いますか……。

「健闘を祈る、リリー」
「………………ガンバリマス……」
「ちょーど明日、遅番だもんね? よかったね?」
「そういう展開には……まだ……」
「お? なんだ。ちゃんと意識してるんじゃん」

 そうですね……。
 どうせケーシャはわたしがニブニブだってツッコミたかったんでしょうね?
 でもまあ。いよいよ?
 わたしだって意識しますよ。

 ああもう、どうしよ。
 どういう流れで?
 どう切りだして?

 はーっ! もう、ラルフに会うのが怖い!!

「おーい! リリー!」

 聞こえてますよ! もう!!
 いい! わかった。行ってやる! で! 言ってやるんだからもうっ!!

 ぱん! と両頬を叩いて、ホールに続く扉の方を睨みつける。
 ほほーう、勇ましい。とかなんとか、ケーシャは好き勝手言ってるけど、そうよっ。もうねっ。臨戦態勢ですよっ。

 大股で闊歩て扉を開くと、大勢の冒険者たちがたむろしている手前に、ひときわガタイのいい男の人がいる。
 そりゃあもう、清々しい笑顔でね? やり遂げたって顔してて。周りはみんな肩をすくめながら苦笑してて、ああもう、なにこの公開処刑って思う。

「リリー!」

 なんか駆け寄りたそうにウズウズしてるけど、堪えてるっぽい。なぜだ。
 わたしが無の表情でトコトコ彼のとこに歩いてくとさ、ばって。
 ばって! 両手広げて! へらって笑って。

 え?
 なにそれ、え? なに? アンタの胸にとびこめ的な? そういうの?

 グリーンドラゴン事件は無事に解決したっていうけど、感慨深さもなにも感じていない。なのでわたしは、両手を広げた彼のちょっと手前で足を止めた。

「ほら……」
「え?」
「ほら、リリー」
「なに?」
「約束」
「…………」

 …………えーっと?
 キス、ですか……?

 彼が出ていく前まではね? そりゃあ、状況のせいか? 彼が望むならって思ったけど?
 ……事件がおそろしいほど平和的に収束してくれたせいで、無事でよかったーっ!! みたいな感動もなく。彼はたぶん、大剣をひと振りもしていない。
 そりゃあ、もしものときにそなえて、万全の準備をしてくれたと思うし、神経研ぎ澄まして警戒もしてくれたと思うよ?

 でもね?
 なんか、ちがわない? これ。


 ……わたしが盛り上がりきれてないのもばれてるんだろうね。
 周囲の冒険者たちが失笑している。
 うっ……それは、それで、やだな。
 別にわたしは、ラルフを笑いものにしたいわけじゃなくて――。

「っ……!」

 だからわたしは、問答無用でラルフの手を掴んだ。
 周囲のざわめきとか全部無視して、ギルドホールの外へと歩いていく。

「お、おいっ」
「来てっ」

 真剣な顔つきになっちゃってるのも、気がついてくれたんだろうね。
 ラルフはなにも言うことなく、素直にわたしについてきてくれる。

「ちょっと、待ってくれ」

 でもね。
 途中で少しだけ、手を引かれて、立ち止まる。
 騒ぎが収まったあとの、薄暗い夜道。大通りだけど、まだ人もまばらで――。

「こっちのが、いい」

 なんて、指を絡めるように手を繋ぎなおして。

「落ち着いていいから。帰るんだろ? ゆっくり歩け? な?」

 危ないから。――って言ってくれる彼の方が、よっぽど大人で。

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