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第1話 嘘から本気にさせられちゃった恋のおはなし。
1−9
しおりを挟む狭いアパートの一室。流し台の前。
図体だけは大きなラルフはちょっと狭そうで、ぜんぜん雰囲気なんかない。
ないけど。
どっ、どっ、どっ、どっ……!
……めちゃくちゃ、心臓、あばれてる。
しかも、緊張してるの、わたしだけじゃない。ラルフの方まともに見られないけど、わかる。
だって、わたしの顔は彼の胸に押しつけられてるような形になってさ。……だから聞こえるもん。ラルフの、心臓の、鼓動……。
「あっ、あのっ」
やば。声裏返った。
「きゅ、きゅうに、なに、かなっ」
「……だめか……?」
「だ、だめって……なにがっ……」
声が、ふるえる。ってか、全身。
なんか、ぶるぶる、すごいぶるぶる震えてる。
ラルフの腕ってば、がっちりたくましくってさ。
一緒に村を出てきたときも、身長だけはあったけど、まだ今みたいにガッシリしてなくてさ。冒険者として経験を積んでいくうちに、どんどんたくましくなっていった。
わたしだって頑張ってたけど、ラルフは、本当にメキメキと実力をつけて、すぐに若手ナンバーワンって言われるようになって。
……なんだか、すごく遠い場所に、行っちゃった気がした。
わかってる。
わたし。ムカついてたんだ。ずっと。
わたしとは全然違って、彼はいくらでも成り上がれる。
どこまでも遠くに行けるのに、いつまでもわたしのまわりをちょろちょろして、こんな狭いアパートだって引っ越さない。
それじゃだめだ。彼は、もっと大きくなれるのに。
仕事の時の彼と、私生活の時の彼がちぐはぐで、私生活さえちゃんとしたら、彼はもっと飛べると思った。
飛んでいくべきだと思った。
だから、わたしはわたしで、仕事の斡旋もがんばった。ご飯だって急に食べに来られたりしても、なんだかんだ次の食事も用意したりしちゃってさ。
ラルフに彼女ができたらできたで尊重して、幼なじみは、少し距離をとった方がいいのかなって気をつかったりして。
全部全部、彼が飛んでいくなら仕方ないって、それを手伝った自分に安心して。
……でも、やっぱり遠くへ行かないまま、近くにいてくれる彼にも安心して。
ふたつの気持ちはどっちも嘘じゃなくて。
やっぱりいま、同じこと、悩んでる。
自分は彼の踏み台になるべきだって、心のどっかで思ってたのに………やっぱり、そばにいると、安心するというか。しっくりきたりして。
でもいま、こうやって抱きしめられて。
心臓、めちゃくちゃどきどきしてて。
「オマエがさ、まだこうして抱きしめたりするのに戸惑ってるのはしってる」
わたしが口を開く前に、彼がしゃべり出す。
ぎゅっと、わたしを抱きしめる力が強くなって、彼はわたしの肩に顔を埋めた。
ちゅって、そのまま、肩口にキスされて。
びくって震えたら、彼は慌てて、顔をあげてさ。
「でも、なんつーか。オレも、男で。急かしたいわけじゃ、ないんだが。その。ずっと、ずっと、好きだったから」
「……」
「ふとした瞬間に、爆発しそうになるっつーか。いや、オマエを! 尊重! したいとは、思ってるんだがな」
「ラルフ……」
「わ、その顔。やば……」
いっかい目があったら、彼は慌ててもう一回肩口に顔を埋めちゃって。
どうやら、ギルドでキスしたとき、わたしが倒れちゃったことをそうとう気にしているらしく。
「我慢。我慢だ、オレ……あー、情けねえ……」
……ずっと、ずっと、わたしの心の準備ができるのを、待ってくれてたってことみたいで。
そんなの、ずるいじゃない。
だって、わたしと比べて、誠実すぎる。
今のわたしは嘘の塊なのに。
彼の気持ちに応える資格なんてないのに。
……でも、都合よく応えてしまいそうになるわけで。
「ラルフ……」
――今だって。
彼の頭を自然に撫でていて、彼がゆっくり頭を上げて、目があって。
わたしがこんな顔してたらさ。
いいか、なんて、彼ももう聞いてくれない。
ゆっくり顔が近づいてきて――わたしも、目を、閉じようとして――。
そこで。
ドンドンドンドン!!
――ものすごい勢いで、外のドアを叩かれて、硬直する。
固まるわたしたちに、扉の向こうから、慌てた男の声が聞こえた。
「リリーちゃん、いる!? そこに、ラルフさん、いる!?」
ドンドンドンドン!!
容赦なく扉を叩きながら、男はさらにつづける。
「ドラゴンだ! グリーンドラゴンが出たって、通信が!!」
とんでもないモンスターの出現に、別の意味でわたしたちは固まった。
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