絶倫騎士さまが離してくれません!

浅岸 久

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1巻

1-3

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「じっとしとけよ」

 彼は上裸のまま、わたしを強く抱きしめた。
 肩口に顔を寄せて、少しでもれ合う面積を増やそうと、ぴっとりと身体を寄せてくる。

「えっ、ちょ、まっ!? 待って?」

 魔法に縛られ、まともに思考が働いていなかったときとは全然違う。わたしは緊張で両目を見開き、ぱくぱくと口を開けながら首を横に振った。
 けれど、彼は聞いてくれない。肩口の次は頬をぴっとりとくっつけられてしまい、動けなくなる。彼の息がかかって、わたしは目を閉じ、浅く呼吸した。
 今日までずっと、彼にひっついて過ごしてきた。
 あこがれの人はいつの間にか庇護対象になっていて、抱きしめられても、のしかかっても、逆にのしかかられることすらすっかり慣れてしまった。
 けれど今は全然違う。彼が自分の意思で、わたしを抱きしめている。
 そのごつごつとした手に、荒々しい手つきに、心臓が暴れ回って苦しい。

「――震えてるのか? 可愛いとこ、あるじゃねえか」
「レオ……ルド……」
「ん……悪くねえな」

 ごほうだ、と、レオルドはわたしの頬にキスをする。
 ふにっとした感覚に、わたしの身体は震えて、目はうるんだ。

「うぶだな、嬢ちゃん。あんだけオレと一緒にひっついて生活してやがったくせに」
「それはレオルドが離してくれな――って、レオルド? 覚えて……?」

 まさかこれまでのことを覚えていたなんてと驚くわたしに、レオルドは頷く。

「ん……まあ、落ち着いたら、少しは。全部、おぼろげだがな」
「……そ、っか」

 よかったと言うべきなのか、なんなのか。
 わたしという存在を認識してくれていた事実にはあんするけど、それはそれ。これはこれだ。

「――心臓の音、すげえ。期待してるのか、嬢ちゃん?」
「ちが……」
「あー。ガキだのはんちゅうがいだの思っていたが、案外イケそうだな、オレも。胸もやわらけェし、ハリがある。折角だし、このままヤッちまうか」
「や……だ……」
「ハッ、さして抵抗もしねェくせによく言うぜ。嬢ちゃん、オレのこと、好きなんだろ?」

 ハッと目を見張るわたしに、レオルドは不敵そうに言う。

「でないとあんなボロボロの奴隷買わねェだろ、普通。甲斐甲斐かいがいしく世話してくれちゃってよ。オジョーサマ?」

 赤い瞳が、ニタリと笑う。
 そのまま大きな手のひらがわたしの身体をい回り、服の上から愛撫してきた。
 わたしの気持ちを疑うことすらせずに断定した彼は、のどの奥で笑ってさらに続けた。

「なるほどねえ。アンタ〈あか〉のファンなのか。いやあ、物好きな金持ちに好かれてオレもラッキーってか? しょうがねえから一発ヤらせてやるよ」
「違う。……やだって……」
「ハッ。こんなに瞳をうるませて――物欲しそうな顔でよく言えるもんだな?」

 口の端を上げた彼の表情は、獰猛どうもうな獣そのものだ。
 どうしよう。まったく心の準備が追いつかない――そう思ったとき、ぐに、と鼻をつままれた。

「――なんてな? 本気にしたか、嬢ちゃん?」
「!」
「くっ……ハッハッハッ! ったく、なんてツラしてやがるんだ。ま、本当にその気だったら、オレだって別にかまわねえけどよ。どうする? 続きするか? アア?」
「っ……! レオルドの、馬鹿ッ!!」

 完全に、だまされたっ! というより、悪ノリがすぎるっ!
 だまされたうらみでぽかすかとレオルドの胸を叩くと、彼もまたくつくつと笑う。

「おうおう、威勢がいいなあ……よっと」

 彼に引っ張り上げられ、向かい合ったまま彼のひざの上に座らされた。そしてそのまま、しっかり抱きしめられる。
 身体をなで回されるようないたずらは、もうされなかった。
 それでも、れ合う温かさや、彼のたくましさを強く感じて、ドキドキはおさまらない。

「悪ィな。なんていうか、こうやって直接れ合ってたほうが、楽だからよ」
「楽?」
「ああ。頭も身体も痛くてたまらなかったのが、ずいぶん楽になった。こうやって、抱き合っていると――もっと、楽だ」
「そ……っか」

 わたしがぽつりと漏らすと、レオルドは不思議そうな顔をする。

「ん。怒ンねえのか?」
「あえて説明せずにやるところ、とっても性格悪いなって思った」
「ハハハ! ハッキリ言うじゃねえか」
「あたり前よ。折角意識が戻ったと思ったのに、安心する暇もなく、こんなことされたらさ」
「そーか。……悪かったな」

 レオルドはそう言って、がしがしとわたしの頭をなでる。
 意識が元に戻ったと思ったら、いきなりこれだ。心配して心底損した。彼の心のケアをしなくちゃって思ってたのに、そんな必要は、全然ない。
 すっかり伸びてしまったしゃくどういろの髪を掻き上げて、前髪を後ろに流すと、やっぱり〈あか〉レオルド・ヘルゲンその人だと思える。これでぼうぼうにえたひげさえってしまえば、やつれたせいでいかつさが割り増しになった〈あか〉のできあがりだ。
 ずっとずーっとあこがれていたあの〈あか〉に、ぎゅうって抱きしめられている状況に、わたしのほうがついていけていない。
 ぽんぽんっと、わたしは彼の背中を叩いた。
 馬鹿、って伝えたかった。
 心の準備なんか全然間に合っていない。
 ほんのついさっきまで雛鳥ひなどりみたいだったのに、急に大人の男の人になって、意地悪して、わたしはすでにめちゃくちゃ振り回されてて。
 馬鹿。さらに背中を叩く。さっきよりも、強く。訴えるように何度も。
 それが少しは伝わったのか、レオルドは気まずげに頬を掻いた。

「まあ……なんだ。悪かったし……助かったよ、本当に」
「うん」

 そうやってしばらく、わたしたちは何をするでもなく、お互い抱き合って。
 これまで何日もくっついてきたのに、ようやくわたしたちは、お互いを知ることをはじめたのだった。

「――で? 改めて聞くが、アンタは?」

 レオルドは壁を背もたれにして寄りかかり、わたしを引き寄せる。ぐりんと向きを変えさせられて、今度は後ろから抱き込まれる形になった。

「シェリル・アルメニオ。フォ=レナーゼのアルメニオ商会の末娘で〈結び〉の魔法使い」
「あのアルメニオ?」
「多分、そのアルメニオ」
「そりゃあ……とんでもねえオジョーサマじゃねえか」

 なるほどなあと納得して、レオルドはわたしの頭をぽふぽふとなでてくれた。まあ、ご令嬢って感じはあんまり……と、余計なつぶやきも聞こえてきたけれど。

「オレのことは知っているか。……レオルド・ヘルゲン。知っての通り奴隷だったはずなんだが」

 なんとも言えない声を出しているのは、彼を縛っていた黒い魔石の首輪が、割れた状態でベッドに転がっているからだろう。
 彼の首輪は特別製で、鍵もなければツギハギすらない。普通の人間ならば装着することも不可能な金属の輪っかだ。
 どう考えても、彼を縛った〈隷属〉魔法使い特製の逸品いっぴん。でも、さっきわたしが一部の〈隷属〉魔法を解いたことで、自然とその首輪は外れてしまった。
 つまり、彼は今、奴隷の身分から解放された状態になっているわけだ。

「たまげたよなあ」

 彼は少し複雑そうな面持ちで、何度も首のあたりをなでている。
 解放されたといっても、わたしからは離れられないわけだから、その複雑な心境に拍車をかけているのだろう。そんな彼に、わたしは問いかける。

「そんなに長い間、〈隷属〉奴隷に?」
「ん。まあな……意識までヤられたのはここ数年だけどよ。……情けねェことに、気がつけば奴隷ちしてたって感じでな」

 そして彼は、ぽつぽつと語り出す。
 最初は一般の奴隷と同じように、肉体労働をさせられたり、モンスター討伐の盾にされたり。
 それでも、魔力を封じられていなかったレオルドは、圧倒的な強さでもって活躍していたようだ。
 だから彼は、奴隷ながらも変わらず人気があったらしい。特に下町の人間に。
 彼をおとしめるために奴隷の身分にとしたはずなのに、彼は変わらなかった。それが、彼をめた者は許せなかったらしい。
 だからくだんの〈隷属〉魔法使いはレオルドの魔力を封じ、〈隷属〉魔法で縛った。それから、彼に苦痛を与えるように仕向けたのだ。
 結果として、彼はまともに戦うことすら難しくなった。

「そこからは、いろんな雇い主をたらい回しにされたよ。役立たずのレッテルを貼られた奴隷が流れゆく先は、どんどん劣悪れつあくな環境になっていきやがる。……見たろ? あれは、死を待つ奴隷をぶち込む部屋だ。あの部屋に入れられた野郎の行き先はわかるか?」
「……まあ」

 わたしだって、商家の娘。知識だけは身につけている。それは、口にすることもはばかられるほどひどい末路だ。よくて外国に売り払われ……おおよそは、モンスターのえさにされる。

「嬢ちゃんが来るのがあと何日か遅けりゃ、オレは間違いなく殺されてた」

 否定することはできない。だから、わたしは彼の手を取った。
 肌がボロボロになって、皮が白くなってしまっている。ツメの形もゆがんでいて、傷だらけの、労働者の手だ。
 ぎゅぎゅってそれを強く握ると、彼もまた、握り返してくれる。
 彼が死んでいたかもしれない。その事実を突きつけられて、平気でいられるわけがなかった。
 わたしは思わず表情を険しくしたけれど、レオルドは穏やかに微笑む。

「だから嬢ちゃんはオレの命の恩人ってことになるわけだ」
「よかった」
「ん。そこは、オレも素直に礼を言うさ。助かった。――まあ、まだこんな状態だがな」

 そう言って肩をすくめるのが少ししい。
 くしゃりと目元を緩める彼を見て、わたしはやっぱり、ここへ来てよかったって思った。
 そして、真実を知らなければいけないと、わたしは再び口を開く。

「ね。なんとなく予想はできてるんだけどさ――あなたを奴隷に追いやったのは、誰?」
「……ここの王と、貴族連中だな。オレは騎士ではあったが、移民だし、平民からの叩き上げでな。ロクな言葉遣いもできねェ荒くれモンだから、風当たりもそれなりに強かった」
「うん」
「この国に黒の魔法使いがいることは知っているか?」
「ええと、オスヴィン・オルトメイア?」

〈隷属〉魔法使いは稀少だから、フォ=レナーゼ出身のわたしだって知っている。それに、オスヴィンはデガン王国の顔として外交の場に現れることも多いと聞いた。

「そうだ、王のこしぎんちゃく

 わたしの答えを聞いて、ぐっと彼の腕に力が入るのがわかった。

「いろいろあってこの国に流れ着いて、騎士になったはいいが、王に忠誠を誓ったときにな――ソイツに仕込まれた。多分、オレをこの国にとどめておきてェっつう王の意向もあったと思う。普通に騎士をやってく分にはなんともなかったんだが……ちぃと、オレが問題を起こしちまって」
「問題?」

 わたしが首をかしげると、彼は気まずそうにする。

「あー……まあ、なんだ。自分で言うのもなんだが、オレはそこそこ強くてな。魔力も持っていたし。一応……ほら、火竜をヤッた実績もあるしな。有名だった」
「うん、英雄扱いされてたよね」
「で。王の娘をやるって言われたけど、それを断っちまって」
「……」

 あんまりにも彼らしくて、黙ってしまった。
 レオルドの気持ちもよくわかるけれど、普通は平民上がりの騎士がお姫さまをされることになって、断れるはずがないよね。いや、もちろん、嫌な気持ちはすっごくよくわかるけど。

「アイツらも平民に断られたとあっちゃ、メンツ丸つぶれだろ? で、この状態。いくらオレが魔力を持ってるっつっても、抵抗できなかった」
「――ああ」

 それは、そうだろうと思う。だって、黒き神の祝福は特別だ。
 一般の魔法ならば、魔力を持った者が鍛錬たんれんすれば身につく可能性はあるけれど、〈隷属〉魔法だけは持って生まれた才能だけがものをいう。生まれついての黒き神の祝福がないと、〈結ぶ〉ことも〈解く〉こともできない。黒き神の祝福を持たないレオルドには、どうにもできない。
 つまり最初から、デガン王国はレオルドを意のままに操ろうとしてたんだ。

「いろいろと流れに流れて、ここ数年のことはロクに覚えちゃいねえ。ただ、アンタがれてくれたあとのことは、ぼんやりとだが覚えている」
「うん」
「どういうわけか、アンタにれていると痛みがやわらぐみたいだな。嬢ちゃんの魔力のせいだとは思うが……」

 うーん、とレオルドは考え込むように黙ってしまう。
 彼なりに言葉を選んでいるようで、いや、とか、違うな……とか、ぶつぶつと考えの断片が漏れ聞こえてくる。
 しばらく待っていると、ようやく考えがまとまったらしく、レオルドはわたしに向きなおった。

「で? オレは嬢ちゃんに買われたみたいだが、どうする? 今のオレは魔力も使えなければ、嬢ちゃんから少しでも離れると使いモンにならねえ。オレが嬢ちゃんにできることっつったら、男妾の真似事か? くくっ、似合わねェなあ」
「だんしょ……!? えっ、違う違う!」
「ふゥん」

 ぐいん、とあごを掴まれて、無理矢理首を後ろに向けさせられる。目が合うと、彼は赤い目を細めて、くっくとのどで笑った。

「まあいい。オレはこの魔法が解けねェかぎり、一生コレだ。そんなオレの前に、モノを知らねェ世間知らずのえさがホイホイやってきて、逃げられるわけねェって、わかってるか?」
「……っ」
「ま。嬢ちゃんソコソコ可愛いし? あと五、六年経ったらオレの好みになるかもな。せいぜい可愛がってもらおうかね、飼い主さん?」
「飼い主とか、そんなのじゃ、ないっ! 首輪は外したでしょ。そもそも、わたしはあなたを奴隷とも思ってない」
「ハァ? ……ああ、フォ=レナーゼは、そうか」

 彼は再び考えるようにぶつぶつと呟く。
 そう。わたしの母国フォ=レナーゼはそもそも身分制度がないから、奴隷もいない。奴隷の証明となる黒い首輪をめられていたとしても、意味を成さない。せいぜい、他国で奴隷として扱われていたのかって同情されるくらいだ。
 フォ=レナーゼでは能力のある人間は評価される。シンプルだ。実際、他国の奴隷出身でも成功した者は何人もいる。
 そんな場所だから、首輪すらしていないレオルドは、ただの一般人でしかない。
 すると考え込んでいたレオルドが、何かを思いついたようにぱっと顔を上げた。

「つまりだ。そうなると、オレがアンタをモノにしたところで、特に問題はねえってことか」
「は?」

 唖然とするわたしに、彼は先を続ける。

「だってそうだろ。オレはアンタがいねえと物理的に生きていくのが難しくなる。アンタが好きか嫌いかは別として、オレには嬢ちゃん、アンタが必要らしい」
「……ええ?」
「だったら、嬢ちゃんにこのまま好いてもらったほうが都合がいいだろ? ほら、覚悟しろ。アンタのここは、オレのモンだ」

 言うなり、レオルドはわたし下腹部あたりをすっとなでる。瞬間、ぞくぞくぞく、と身体の芯から何かがこみ上げてきて、わたしは身をよじった。
 聞く人が聞いたら、強烈なプロポーズにも聞こえるだろう。
 でも、彼の場合は完全に悪ふざけだ。わかっている。

「嬢ちゃん? 耳まで、真っ赤だな?」
「馬鹿っ」
「今さらだな? そーだよ。オレは馬鹿なんだ。だが、そんなオレに自分から近づいて、本気で抵抗しねえ嬢ちゃんも、とことん馬鹿だよ」

 かぷ、と耳朶じだまれて、わたしは悲鳴をあげた。
 レオルドはそんなわたしの反応を楽しんでいるのか、満足そうに微笑む。

「いいね。エロい顔になってきた」
「や……」
「ん。悪くねえな、アンタをオレ好みに育てるのは楽しそうだ。――せいぜい、飽きさせないでいてくれよな」
「待って。レオルド。わたし、こんなことがしたかったんじゃ……」
「ア? そんな顔しといてよく言うな」
「うるさい! ちゃんと話を聞いて!」

 わたしは首をぶんぶん振って、少しだけ身体を離した。それから彼と目を合わせて、宣言する。

「取引をしましょう!」
「……ア?」

 ぴたりと手を止めたレオルドにびしりと指を突きつけ、にらみつける。

「わたしは〈結び〉の魔法使い。時間はかかるけれども、あなたを縛る魔法を全部解いてみせるわ」
「なんだって?」
「だから、あなたは別に、無理にわたしにびを売ったり、手に入れようってやっになったりする必要はないの。そのうち、離れられるようになるから」
「……ほぉ」

 ぽかんとするレオルドに、わたしは意気込んで言葉を続ける。

「そのうえで! あなたも、ちゃんと考えて。そのあとのことを。わたしは、必ずあなたを解放する。わたしはそのときに、あなたの意思で、わたしについてきてほしいの」

 しばらくの沈黙。
 わたしの言葉の意味を考えるように、レオルドはうーん、と口を引き結んだ。

「んあ? 正式に、オレを雇いてェとでも言うのか」
「そうじゃなくって……っ!」

 わたしは、ごくりとつばをのみ込む。
 自分でも先走りすぎだってわかっている。いきなりこんなこと言うつもり、全然なかった。
 でも、きっとこれはアルメニオの血なのだろう。何があっても絶対、本当の意味で彼を捕まえろと血が叫ぶ。

「だから。ちゃんと、わたしを好きになって! わたしと結婚して!!」
「…………は?」

 場が硬直した。レオルドも馬鹿みたいに口を開けたまま、ぱちぱちまばたいている。
 でも、わたしは言葉をやめずに、たたみかける。

「なし崩しになんかじゃなくて、ちゃんとわたしとのことを考えてほしいって言ってるの!」
「えっと。嬢ちゃん……どうした? 馬鹿か?」

 困った子供を見るような目に、わたしもぐっと詰まる。

「なんだか、あんまり、否定できないけど」
「自覚はあるのか……」

 ひく、と彼は頬を引きつらせた。彼はいたずらな手を完全に止めて、眉根を寄せてうなる。

「で? もし嬢ちゃんがこの魔法を解いてくれたとして? 別にオレがアンタなんか興味がないって言ったら?」
「そのときは――あなたを解放するよ」

 アピールをやめるつもりはないけれど。
 アルメニオ家の血はしつこいし、逃げられるとも思わないでほしいけれど。
 でも、別にわたしは、恩を売ってレオルドを縛りつけたいわけじゃないんだもん。
 手に入れるまで追いかけ続けるなら結果は一緒かもしれないけど、全然違う。わたしはわがままだから、彼の意思で一緒にいてほしいのだ。

「なんだか、オレに都合よすぎねえか? その取引」
「……そうだね」

 わたしの心の声を読み取ってくれるはずもなく、レオルドはあきれたように肩をすくめる。

「そもそも、アンタ持ってるんだろ? オレを従わせる魔道具」

 ええ、たしかに持っている。
 彼を奴隷商人から購入したとき、〈隷属〉魔法の仮契約のあるじになるための魔道具を譲り受けた。つまり、それでレオルドを従わせたらいいじゃないかということを言いたいのだろう。

「魔道具とあなたとの繋がりは、もう断ち切られてるよ」
「ハ?」

 きっぱりと言い切ったわたしに、レオルドは唖然としている。

「わたしは〈結び〉の魔法使い。だから〈隷属〉魔法にも干渉できるの。あなたの意識を取り戻すのと一緒に、魔道具に縛りつけてた契約もある程度は消しちゃった。たぶん、そのおかげで首輪も外れたんだと思うの。だから、あれはもう、意味がないガラクタよ?」
「なん、だって……」

 呆然とするレオルドをしっかりと見つめ、わたしは意志を込めて言う。

「わたしは絶対魔法であなたを縛らない。あんな魔道具も利用しない。わたしがほしいのは……ずっと、ずっと捜していたのはあなたなの、レオルド・ヘルゲン」

 レオルドはぐっと口を引き結ぶ。ごくり、とつばをのみ込んで、酔狂な……と続けた。

「あー……アンタは、つまり、あれか? オレに見返りを求めずに? オレを奴隷商人から買い取って、しかもこの厄介な魔法まで解いて? それに金銭も要求せずに、離れられるようになったら好きにしていいと?」
「わたしを好きになって、結婚してほしいと言いました」
「……くっ、くくく! ……すげえ、ガキ。愛とか? 恋とか? アハハ、まさか、そういうのをオレに求めてるって言うのか?」
「そうよ」
「くく……なんだそれ、青臭ェ」
「ロマンチストとか、乙女チックとか言ってよ」
「そんなわがままが通ると思ってるところがすげえ……くく、ハハハハハハ!」

 ばしばし背中を叩かれて、たいへん痛いのだけど。
 しばらくレオルドの笑いが止まることはなかった。ヒイヒイ笑いながらひとしきりわたしを馬鹿にして、最終的によしよしと頭をなでくり回される。

「一応、こんなツラしてても現役の頃はソコソコモテたが。嬢ちゃん、さては根っからのミーハーだな?」
「ブー。そういうのじゃありません。〈あか〉時代のあなたも格好よかったけど、わたしがずっとあなたを追っていたのは、別の理由だもん」
「ほぉ?」

 きっとレオルドは、なぜそうもわたしが彼にこだわるのか疑問に思っていたのだろう。彼の表情は興味に満ちていて、もっと話せとうながしてくる。

「昔、誘拐されてた女の子を助けたこと、ない?」
「数えきれねえほどあるな。なんだ、オレ、アンタを助けたことあるのか?」

 レオルドはきょうしんしんみたいだけど、わたしは別に、彼の知りたいという欲を満たしたいわけではない。

「話さないよ。わたしのこと、覚えてくれていないだろうなとは思ってたし。今話すと、笑って馬鹿にされそうだもん。いくらあなたにだって、わたしの思い出をけがしてほしくない」
「嬢ちゃん、ほんっと、わがままでガキだな」
大店おおだなの末娘に生まれて、そりゃあもう甘やかされて育ったわよ?」
「自分で認めちまうのか……くく、ああ、いい。うん、いいぜ。つまりだ」

 彼の挑発を受け流すと、ごちっとおでこをぶつけられた。
 彼の赤い瞳が、まっすぐにわたしをく。

「アンタは、オレの〈隷属〉魔法を解くまでに、オレからアンタについていきたいと言わせたいってことだよな」
「ええ。だから無理してわたしにびを――」

 彼はわたしの言葉をさえぎり、鼻頭がぶつかりそうなくらいの距離で宣言した。

「んじゃあ、オレはアンタが魔法を解いてくれるまでに、せいぜい、アンタのほうから股を開くぐらいには遊ばせてもらうかな」
「……は?」

 思いがけない切り返しに、わたしの頭は真っ白になる。
 え? つまり、さっきのイタズラは、わたしに気に入られようとした行為の延長じゃなかった、ってこと?

「嬢ちゃん、勘違いしているようだが、これはオレの都合だからな? 男ってモンをナメちゃいねえか?」
「えっ、えっ……」
「こんなえさが目の前にぶらさがってて、喰わねェ男がいるわけねェだろ。どうせ他の女のところにも行けねえしよ。――それに、嬢ちゃん、使? よくこんなうぶでやってこれたな」
「それは――」

 ちゃんと説明しようと思うけれど、そんな余裕を彼は与えてくれなかった。両手を掴まれ、顔を近づけられる。
 一体どこからこんな余裕が出てくるのだろう。
 こんなことをしてわたしに嫌われるとか、じんも思っていない。だいたんてきで、自分に正直な〈あか〉そのものだ。

(ええと、つまり。魔法が解けるまで待ってはくれないってこと? どっちみち、しくいただかれちゃうってこと?)

 格好よく結婚してほしいって宣言したつもりなのに、不発もいいところだ!
 こういうことも、好きになってもらってからって思っていたのに! レオルドってば、本当に乙女の夢を、バッサリ刈り取ってくれる。
 内心であわてまくるわたしをよそに、彼はにやりと笑った。

「交渉成立だな」

 破綻しかしてないよ! という言葉は、ぐっとのみ込んだ。

「じゃ、せっかくだし、早速続きをしようぜ?」

 いやいや待って、そんなつもりじゃ、と思うのに、彼に耳元でささやかれ、変な汗が流れる。
 けれども、世の中は結構うまくできているらしくて――

「何をやっているんだ、貴様――――ッ!!」

 どこからともなくキースの全力の制止が入ってきて、わたしはようやく全身の緊張を解くことができたのだった。


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