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番外編(後日談)

番外編5−8

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「わあああ、すごい……!」
「へェ……」

 会場は人、人、人で、埋め尽くされているけれど、氷像は人の目線よりも高く大きく作られているモノがほとんどだから、よく見える。
 蒼き神の祝福をうけて、蒼くキラキラと輝く氷の彫像は、とっても神秘的で美しい。ほわーって口をぽかんとあけて見とれていたら、危ないとレオルドに手を引かれた。

「――ったく、あんまりぽやんとしてるなよ?」
「う、うんっ」

 そうだよね。
 突っ立ってたら、人にぶつかりそうで危ないものね。

 南の入口側は比較的小さな氷像が多くて、北に行くほど大物になっていく。
 特に、北側の中央にある氷のお城は、毎年一番大きくて目立つ、特別なものだ。あれは氷切り場から運べるようなシロモノではないから、わざわざ大きな氷が作れる特大の魔道具を制作して、製氷してるんだよね。
 ちなみに、制作はソーウェル商会――つまり、ケリーたちのお家なわけだけれども。

「今年もすごいね……」

 あのお城は、すっごくおっきいから、公園の外からでもよく見える。だから、蒼き神の停日までは周囲を幕で覆って隠してるんだけどさあ。
 そびえ立つ、って言えばいいのかなあ。
 圧巻だよね……。
 遠目で見ても、その存在感にどきどきしてしまう。

 いつもはデグラ様式――つまり、ガッシリとしたちょっとレトロなお城が多かったけれど、今年はフィーリンナ様式――つまり、まるで妖精の女王の城のみたいっていうか、かなり繊細な見た目のファンタジックなお城だった。
 いくつかの尖塔は、高くそびえ立ち、強風にあおられたら折れてしまいそうでハラハラする。
 ――もちろん、強度は保たれてるとは思うけどね。この形は技術的に難しいから、フィーリンナ様式の氷のお城って不可能なのではって言われてたんだよね?
 氷彫技術も、いよいよここまできたかあって感心してしまう。

 今年は蒼き神の祝福もたっぷり注がれているのか、氷の輝きまで例年以上の気がする。
 こればかりは、人の手ではどうにもできないものだものね。
 祝福は、神の恩恵にして自然現象。神秘的な蒼い光で、正面のお城も至るところがきらきら輝き、夢の世界のお城みたいになっている。

 このお祭りは、フォ=レナーゼならではのものだ。他の国では、こうして蒼き神の祝福を直接目にする機会ってないらしい。
 だからレオルドも感心したように周囲を見回しながら歩いていく。


 花や鳥、神像や物語の風景など、様々なテーマの氷像を目にしながら、真っ直ぐ会場を北へ。
 いよいよメインのお城のごく近くまで辿りついたとき、そのお城には階段が取り付けられていて、なんと登れるようになっていることに気がついた。
 もちろん、安全のために柵で囲まれていて、中には入れないようになっているけれど。
 けれどもその柵だって、なんと氷彫でできていて、柵には蔓や花が巻きついているっていうとっても複雑なデザインだ。

「す……すごいね、ケリー? あなたの家どれだけお金かけてるの?」
「シェリルったら、思考が女の子じゃなくて商人よ」
「だって、気になるよ? 柵のところは遠目じゃ見えないし……」

 どう考えても、費用対効果がつりあわない気がする。細かいところまで贅沢にお金かけすぎだ。
 ほわーっとそのできばえに感動しながら、わたしはレオルドを引っ張って、ふらふらと完成されたお城に近づいた。


 人の波に沿うように、ちょうど城の正面に差しかかろうとしたそのときだった。
 わたしとレオルドの存在に気がついた街の人たちが「あっ」「ほら!」と声をかけてくる。

 ――あ、もちろんね。ずっとみんなの視線は感じていたんだよ?
 レオルドの赤髪も、わたしの黒髪は目立つから、どこの誰なのかこの街の人たちは確実に気がつくだろうし。

 みんなニヤニヤしながら、ざーっと道を開けてくれた。
 まるでこのまま前に進みなさい、と言わんばかりに。


「ここで待っていたか」

 レオルドがそう、短く言葉を切る。
 わたしも、いよいよかって唾を飲み込んだ。
 ほんとうに、一番人が多いところにいるなんてね……。

 城は、技術を凝らした柵までよく見えるようにと、4、5段ほどの段差の上に建てられているけれども、はあえて、そこには登らずに待っていたようだった。
 だから、人垣がわかれて、はじめてその姿が見える。
 柔らかい髪を後ろに流し、こんな寒さの中、かっちりとしたスーツに身を包んだ美しい青年は。


「ヒュー……!」

 ケリーが前に出ようとしたところを、わたしたちは制する。
 彼女と目をあわせて頷き、大丈夫だよって笑った。

「ふぅん。ほんとうに、連れてきてくれたんだ、姉さん」
「……そうね。私はあなたのお姉さんだもの。あなたが前に進むために必要だと思ったから、シェリルたちを誘っただけ」
「前に進む……?」

 遠回しな表現の意味をとらえかねたのか、青年――ヒューバートはぴくりと片眉をあげる。少し考え込むように視線をふっとそらし、すぐに首を横に振った。

「まあいいや、姉さん、ありがとう」

 ヒューバートの口からお礼の言葉がでて、ケリーはふるると瞳を震わせた。
 でも、彼女の役目はここで終わり。わたしたちの後ろへと一歩さがり、いよいよわたしとレオルドは、ヒューバートと対面する。

 淡い茶色の髪に、澄んだ緑色の瞳。こうして静かに立っていると、いったいどこの国の王子さま? っていう佇まいで。
 そんな彼は、わたしと目を合わせるなり、ふっと柔らかく微笑んだ。


 周囲の人たちが、ごくりと唾を飲んで見守っている。
 このところ、すっかり街中の噂の的だったものね。
 どこで情報を仕入れたのか、わたしとレオルドが街に出かけるたびに、ヒューバートはどこからともなくやってきたし。

 ただ、アプローチされるたびに、決定的なことを言われないようにってかわしてきた。ヒューバートも深追いはしてこなかったしね。
 多分、この日を待っていたのだと思う。

 こうして真っ正面から対峙するのって、最初にカフェで告白されたとき以来なんじゃないかな。
 わたしよりも、ヒューバートの方がよっぽど緊張した面持ちで、まっすぐこちらを見つめてくる。

 きらきらと、氷の結晶がまたたいた。
 ――ああ、神さままで、わたしたちの様子を見守ってくれているみたい。
 空気中に光の粒が弾けるようにまたたき、きら、きら、と流れてゆく。
 それはとても幻想的な光景で、ヒューバートの格好もあいまってか、彼の方が物語の主人公のようだった。
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