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 ドクン!
 目覚めの心音が響く。

 実に千年ぶりに鼓動することを思いだした心臓が、ティキの体に血を廻らせていく。
 永き眠りから覚めた古代種の娘は、両目を見開いたそのとき、自分がなにかの液体の中で溺れていることを知った。


「××××××……!!」

 歓喜をふくんだだれかの声が耳に届いた瞬間、彼女の体は地面に崩れ落ちる。ざばあああ! という水音とともに。
 彼女を閉じ込めていた筒状のガラスが音を立てて地面に潜ってゆく。
 その筒の中に満たされていた水が室内に溢れ、床をびしょびしょにするが、この部屋の主はそのようなことを気にしていなかった。

「××、××××古代種フィンエールxx……!!」

 フィンエール?
 歓喜を隠しきれないといったような声が届いたが、そもそも言語形態がちがうのか、ティキにはその意味がわからない。
 地面に崩れ落ちたまま、ティキはパチパチとまたたいた。
 だが、フィンエールとは? ――ティキのフルネームはティキ・フィーエイル・エスティアルナ。種族をあらわす銀命族フィーエイルのことを言われたのだろうか。

 ぼんやりした頭のまま、立ち上がろうとする。
 魔力の廻りが悪い。永き眠りからさめたばかりのためか、手足にも力が入らない。
 ばしゃり、と水びたしの床の上で、ティキはどうにかこうにか上半身を起こした。


 ああ……みたことのない空間が広がっている。
 永き時を越えて、ほんとうに、目がさめたらしい。

 原因不明の病に侵され、一族の者が次々と倒れていったなか、種の保存を目的にティキだけが永き眠りへとついた。
 銀命族の遺伝子を未来へ繋がなければいけない。フィーエイルとも呼ばれた特殊な魔力を持つ一族は、その役割を族長の娘であるティキに委ねたのだ。
 どうか未来に、少しでも銀命族の魔力を持つ子を産み落とすようにと、願いを託された。
 そして、一族総出でかけられた眠りの呪文は、ティキの体内を侵していた病が消えたときに目が覚めるようにとされたのだ。
 ティキが穏やかに生きられる未来へたどりつくようにと、願いをこめて。

 ……その術式が本当に成功しているのだとすれば、ここは遠い未来ということだ。
 そして、ティキの身体すらも蝕んでいた病は消えている……はず。
 実際、意識はぼんやりしているし、身体も重たいが、魔力脈を直接傷つけられるような病による痛みは消えている。

(みんな。……みんな、私は……生きてる……!)

 じわりと、寂しさと喜びがぐちゃぐちゃに混ざり、胸の奥に痛みを残す。そしてティキは皆に感謝した。
 きっと、一族の者はもう誰ひとりとして生きてはいないだろう。
 たったひとりになってしまったけれど、ティキにはみなの想いを背負って生きていかなければいけない。
 銀命族の血を繋ぐために、だれか……そうだ。だれか、よきひとを見つけて、子を成して……。
 血は薄くなってしまうだろうけれども、それでも、銀命族の魔力を絶えさせてはいけない――そう、自分に言い聞かせる。


 ――それにしても、ここはどこだろうか。
 眠りについた場所からはかけ離れているというか、見たこともない雰囲気の部屋の中だ。鉄のような石のような、硬質な床と壁には一切の歪みがない。動力がわからない青いランプがいたるところで輝いており、部屋全体を薄暗く灯している。
 そして、見たことのない不思議な装置や管が、至るところに設置されているわけだが――、

 と、ぼんやりしていたとき、ティキはだれかに両肩を掴まれ瞬いた。
 すぐにわかった。
 先ほど、歓喜の声をあげていた人物だ。
 上半身をぐいっと引き上げられる。――と思えば、すぐに視界に影が落ちてきて。

「!」

 唇に重なる。だれかの、唇。
 目を閉じる余裕すらなくて、ぼんやりしていた頭が一気に覚醒する。

「ぁ……ん……っ」

 無理矢理唇をこじ開けられる。
 ティキの舌を探すように口内を暴れ回っていた厚い舌が、ティキのそれを見つけた。
 唾液と唾液を絡ませるようにねっとりと押しつけてくる。ぐちゅ、ぐちゅ、と口内をかき混ぜるような乱暴なキス。それとともに、強い魔力が流されて、ティキは目を白黒させた。

 舌になにかが焼き付くような痛みを覚え、身体が跳ねる。
 体内をぼんやりと廻りはじめていた魔力が一気に覚醒する。ティキの唇を奪った男の魔力に引きずられていき、慌てる。
 ようやく満足したのか、男は唇を離し、感極まったといった風に告げた。

「ああ――目が覚めた! とうとう、目が……僕の、僕の古代種フィンエールちゃんっ!!」
「……古代種ちゃん? ええと……?」

(ん……???)

 混乱から、さらに困惑。
 よくわからないけれども、めちゃくちゃ感激されている。

 ――そして、だ。
 さきほどまでわからなかった言葉の、意味がわかるようになっているのは、どういうことか。

「ふあっ!? やった。僕やりました古代種ちゃんっ! 言葉っ。言葉が通じました術式成功です! ふぉ……古代種ちゃんが僕のこと見てる……んんん瞳の色っ」
「ひえっ」

 なにかに気がついたらしい男は、ティキの両頬をがっちりとらえて、ぎゅんっと顔を近づけてくる。

(ち、近い近い近い近いっ!!)

 先ほどがっつりキスされたけれども、それはそれ、これはこれ。超至近距離でマジマジ両眼を覗かれて、

「わっ!」

(眩しっ!!)

 今度は光彩を確認するようにどこからともなくペンライトかざされて、さらに驚く。

 ――もちろんティキにとってはペンライトなどというものは見たことのない文明の産物だった。
 ゆえに、目の前の男は、器用に魔法技術を使用することができるひとなのだと瞬時にすり込まれてしまう。

「銀色っ! ほんとうに銀色っ! 青に――ピンク、水色、灰色……なんとすばらしいっ。なんという複雑な色の虹彩! 体内に魔力が廻って、虹彩の色が変化しているっ、素晴らしい! やっぱり今の人間とは全然ちがう魔力の輝きウツクシーッ!!」
「は……はあ……?」

 とうとう目の前の男が滂沱の涙を流しはじめて、ティキはますます困惑した。
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