魔女の虚像

睦月

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21.公表

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***

アパートに着いてから、僕は悶々と考えていた。長洲さんから聞いた話が頭から離れない。小学生の頃に父親が殺され、その後姉が自殺し、天野社長はどんなにそのことで苦しんできただろう。

もう全て消し去りたいと思ってしまうのも無理はないのかもしれない。

着替えもしないままベッドに寝ころんで、天井をぼーっと眺めた。なんでこんな風に、理不尽なことが起こるんだろう。

罪もない人が殺されて、罪を着せられて。好き勝手言われて。そんなやるせない出来事、世の中から消え去ってくれたらいいのに。

けれど、そんなこと思っていても、現実は何も変わらないんだろう。

現に、あれだけ社長たちが地盤を固めて、僕たちが数か月かけて発表した烏丸玲佳の記事だって、人々の認識を変えるまでには至ってない。変えたいなら、ただひたすら暗闇に光を当て続けるしかないのかもしれない。

ふともう一人、別の理不尽に悩まされている人のことが頭に浮かんできた。

「……野々原さん」

教授のせいで、今もあらぬ噂を立てられ、大学に行けないでいる野々原さん。考えてみれば、彼女の立場は烏丸玲佳に似ている。

僕は心の中で、ひとつ決意した。


***

18時ちょっと過ぎ、事務所から出てきた野々原さんは僕を見て驚いた顔をした。

「あれ。星井君?今日バイト休みじゃなかった?」

「はい。今日は野々原さんに話があって」

「私に?」

野々原さんはきょとんとした顔で僕を見る。

「じゃあ事務所の休憩スペースでも貸してもらう?」

「いえ、駅まで歩きながらで大丈夫です」

隠すわけじゃないけれど天野さんたちに聞かれない方が良いと思い、僕は首を横に振った。


「ちなみに、天野さんは元気でしたか?」

「え。うん。普通に元気だったけど。中入って会ってく?」

「いえ。元気ならいいんです」

野々原さんの問いに僕は首を横に振った。昨日長洲さんの話を聞いてから少し心配だったのだ。安心したところで、本題に入ることにする。

口に出すとき、少し迷った。おせっかいかもしれない。野々原さんは僕の介入なんて必要としていないかも。

けれど、例えそう思われても状況を変えられる可能性があるなら言うべきだと自分に言い聞かせた。


「野々原さん。突然なんですが、大学に久瀬先生のこと直談判しに行きませんか」

「え?」

思い切って口に出したら、野々原さんの表情が固まった。そして、わずらわしそうな顔で僕を見る。

「嫌だよ。どうして急に?しばらくはアイトの活動に集中できればいいの。変な噂されてるうちは行きたくない」

「しばらくっていつまでですか?久瀬先生はずっといると思うし、野々原さんずっと大学に戻れないじゃないですか」


久瀬先生がこの先すぐに大学を辞めることは考えにくい。それに、噂がなくなるまでと考えたら、いつになるだろう。野々原さんと同学年の人たちが卒業するまで?どうして野々原さんがそこまで耐えなきゃならないのか。
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