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21.公表
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「そういえば、長洲さんって天野さんの学生時代の後輩なんでしたっけ」
「うん。私立の中高一貫学校通ってたんだけど、そのときの。俺が中一のとき天野さんが高一で」
「え。中学高校のときの知り合いなんですか」
起業後一緒に働いていることや、最初に三歳年が離れていると言っていたことから、何となく大学の先輩後輩をイメージしていたので驚いた。いや、よく考えたら19歳で石鷲見家に働きに行っていたんだから、天野社長は大学には行っていないのか。
「うん。当時の天野さん今と全然違ってさぁ。冷たいし、笑わないし、同級生の首絞めたとかいう噂も流れてくるしで、危ない人扱いされてた」
「え、本当ですか?想像つきませんけど。長洲さんはよく仲良くなれましたね」
「いや、全然仲は良くなかった」
長洲さんはあっさり否定する。
「じゃあ、どうして一緒に働くことに?」
素直に疑問を口に出すと、長洲さんはゆっくりと口を開いた。
「星井君、天野さんの父親が小学生の頃刃物を振り回す不審者に殺されたって聞いた?」
「え……っ」
突然聞かされた事実に思考が停止する。
そういえば日記に「幼少期の父の事件」などと意味深なことが書かれていたのを覚えている。ほかの話に気を取られて頭の隅に追いやっていたけれど。思いがけず意味がわかって、心臓がドクドクと脈打ち始めた。
反応で僕が知らないとわかったのか、長洲さんは続けた。
「本人の目の前で殺されたんだって。それはトラウマにもなるよね。天野さんと同じ小学校から来た生徒も多かったから、その話は学校でも有名だった。あ、それでね、俺も小学生のとき父親が投身自殺してるんだ」
あまりにもあっさりと言うので、一瞬聞き流しそうになった。小学生の頃、父親が自殺。
「あの、それは」
「ああ、大丈夫大丈夫。もうずっと昔のことだから気を使わないで。でも、中学生の頃は全然気持ちに折り合いがつけられなくてさ。なんで俺のうちだけこんな重いものを抱えてるんだろうってやるせない気持ちだった。
そんな時に、高等部の先輩に父親を殺された人がいるって知ったんだ。その人はいつも犯罪に関する本を読んでた。多分、この人も過去との向き合い方を探してるんだろうって感じて……、何だろう、親近感が湧いたのかな。三つも上の高等部の先輩に、それを素直に言う勇気はなかったんだけど」
長洲さんは少し寂しそうに、けれど懐かしそうに語る。僕は黙って頷いた。
「天野さんが卒業してからは会うこともなかった。でも、ある日新宿の喫茶店で、天野さんに似た人を見かけたんだ。声をかけてみたら本人で。そのとき、天野さんは雑誌を作るために会社を作るつもりだって話してた。
それを聞いたとき、天野さんは今も過去に向き合ってるんだとわかったんだ。天野さんのそばにいたら、俺も何かわかるんじゃないかって期待した。それで、一緒に働かせてほしいって強引に頼みこんじゃった」
「そんな経緯があったんですか」
天野さんの過去も長洲さんの過去も僕には衝撃的で、飲み込むのに時間がかかった。なんて言葉をかけようか考えていると、長洲さんは急に声のトーンを変えて言った。
「あと、単純に天野さんに報われない片思いしてるからってのもあるんだけどねー」
「……え?」
「あ、星井君は気づいてなかったか。よかった。野々原さんには初日で見抜かれちゃって焦ったよ。あの子、あんまり考えてなさそうに見えて結構鋭いよね」
長洲さんは少し気まずそうに笑いながら言う。
「僕はそう言うの全然わからなくて……」
「あはは。イメージ通り。報われなくていいんだけど、天野さんには死んでほしくないから」
「死……?どういうことですか」
「星井君、天野さんの言葉に違和感持ったことない?やたら烏丸玲佳の記事を書いたら終わりにする、あくまで自己満足のための会社だって強調して」
「あ、確かに、今日もどこで終わりにしたらいいんだろう、終わったら会社を畳むのになんて言ってました」
僕はついさっきの社長との会話を思い出す。
「でしょ?そういう話してるときの天野さんがなんか、小学生の時に見た父さんの最後の時期の表情と重なって、不安だったんだよね。何かやらかしそうだったら止めようと思ってるんだけど」
長洲さんは眉をひそめて、どうしたもんかね、と言う。
「なんだか記事を書き続けるのが不安になってきました。それだと、社長が満足しちゃったらまずくないですか」
「あ、ごめんね。星井君は気にせず書いていいよ。俺が見張っとくから」
「そう言われましても」
「ちなみに、終わったら会社畳むのにって言われてなんて答えたの?」
「ええっと……終わりなんか探さないで、成果が出るやればいいじゃないですかって。あと、僕はまだ働きたいので早々に会社畳まないでくださいねって言いました」
会話を思い出しながら答えると、長洲さんは吹き出した。
「はははっ。素直!ストレート!」
「ちょっと笑わないでくださいよ」
僕はお腹を抱えて笑っている長洲さんに不満の意を唱える。
「いや、ごめん。よく言ってくれたよ。俺もそう言いたかった」
「本当ですか?」
「本当だって」
なんだか馬鹿にされてる気持ちになりながらも、仕方なく納得する。長洲さんはひとしきり笑い終えると、腕時計を見て言った。
「そろそろ事務所に行かないと。天野さんが生きてるか確認しに。星井君、気を付けてねー」
「あ、はい。お疲れさまでした!」
「また次の出勤日に」
長洲さんはひらひら手を振りながら去って行った。
「うん。私立の中高一貫学校通ってたんだけど、そのときの。俺が中一のとき天野さんが高一で」
「え。中学高校のときの知り合いなんですか」
起業後一緒に働いていることや、最初に三歳年が離れていると言っていたことから、何となく大学の先輩後輩をイメージしていたので驚いた。いや、よく考えたら19歳で石鷲見家に働きに行っていたんだから、天野社長は大学には行っていないのか。
「うん。当時の天野さん今と全然違ってさぁ。冷たいし、笑わないし、同級生の首絞めたとかいう噂も流れてくるしで、危ない人扱いされてた」
「え、本当ですか?想像つきませんけど。長洲さんはよく仲良くなれましたね」
「いや、全然仲は良くなかった」
長洲さんはあっさり否定する。
「じゃあ、どうして一緒に働くことに?」
素直に疑問を口に出すと、長洲さんはゆっくりと口を開いた。
「星井君、天野さんの父親が小学生の頃刃物を振り回す不審者に殺されたって聞いた?」
「え……っ」
突然聞かされた事実に思考が停止する。
そういえば日記に「幼少期の父の事件」などと意味深なことが書かれていたのを覚えている。ほかの話に気を取られて頭の隅に追いやっていたけれど。思いがけず意味がわかって、心臓がドクドクと脈打ち始めた。
反応で僕が知らないとわかったのか、長洲さんは続けた。
「本人の目の前で殺されたんだって。それはトラウマにもなるよね。天野さんと同じ小学校から来た生徒も多かったから、その話は学校でも有名だった。あ、それでね、俺も小学生のとき父親が投身自殺してるんだ」
あまりにもあっさりと言うので、一瞬聞き流しそうになった。小学生の頃、父親が自殺。
「あの、それは」
「ああ、大丈夫大丈夫。もうずっと昔のことだから気を使わないで。でも、中学生の頃は全然気持ちに折り合いがつけられなくてさ。なんで俺のうちだけこんな重いものを抱えてるんだろうってやるせない気持ちだった。
そんな時に、高等部の先輩に父親を殺された人がいるって知ったんだ。その人はいつも犯罪に関する本を読んでた。多分、この人も過去との向き合い方を探してるんだろうって感じて……、何だろう、親近感が湧いたのかな。三つも上の高等部の先輩に、それを素直に言う勇気はなかったんだけど」
長洲さんは少し寂しそうに、けれど懐かしそうに語る。僕は黙って頷いた。
「天野さんが卒業してからは会うこともなかった。でも、ある日新宿の喫茶店で、天野さんに似た人を見かけたんだ。声をかけてみたら本人で。そのとき、天野さんは雑誌を作るために会社を作るつもりだって話してた。
それを聞いたとき、天野さんは今も過去に向き合ってるんだとわかったんだ。天野さんのそばにいたら、俺も何かわかるんじゃないかって期待した。それで、一緒に働かせてほしいって強引に頼みこんじゃった」
「そんな経緯があったんですか」
天野さんの過去も長洲さんの過去も僕には衝撃的で、飲み込むのに時間がかかった。なんて言葉をかけようか考えていると、長洲さんは急に声のトーンを変えて言った。
「あと、単純に天野さんに報われない片思いしてるからってのもあるんだけどねー」
「……え?」
「あ、星井君は気づいてなかったか。よかった。野々原さんには初日で見抜かれちゃって焦ったよ。あの子、あんまり考えてなさそうに見えて結構鋭いよね」
長洲さんは少し気まずそうに笑いながら言う。
「僕はそう言うの全然わからなくて……」
「あはは。イメージ通り。報われなくていいんだけど、天野さんには死んでほしくないから」
「死……?どういうことですか」
「星井君、天野さんの言葉に違和感持ったことない?やたら烏丸玲佳の記事を書いたら終わりにする、あくまで自己満足のための会社だって強調して」
「あ、確かに、今日もどこで終わりにしたらいいんだろう、終わったら会社を畳むのになんて言ってました」
僕はついさっきの社長との会話を思い出す。
「でしょ?そういう話してるときの天野さんがなんか、小学生の時に見た父さんの最後の時期の表情と重なって、不安だったんだよね。何かやらかしそうだったら止めようと思ってるんだけど」
長洲さんは眉をひそめて、どうしたもんかね、と言う。
「なんだか記事を書き続けるのが不安になってきました。それだと、社長が満足しちゃったらまずくないですか」
「あ、ごめんね。星井君は気にせず書いていいよ。俺が見張っとくから」
「そう言われましても」
「ちなみに、終わったら会社畳むのにって言われてなんて答えたの?」
「ええっと……終わりなんか探さないで、成果が出るやればいいじゃないですかって。あと、僕はまだ働きたいので早々に会社畳まないでくださいねって言いました」
会話を思い出しながら答えると、長洲さんは吹き出した。
「はははっ。素直!ストレート!」
「ちょっと笑わないでくださいよ」
僕はお腹を抱えて笑っている長洲さんに不満の意を唱える。
「いや、ごめん。よく言ってくれたよ。俺もそう言いたかった」
「本当ですか?」
「本当だって」
なんだか馬鹿にされてる気持ちになりながらも、仕方なく納得する。長洲さんはひとしきり笑い終えると、腕時計を見て言った。
「そろそろ事務所に行かないと。天野さんが生きてるか確認しに。星井君、気を付けてねー」
「あ、はい。お疲れさまでした!」
「また次の出勤日に」
長洲さんはひらひら手を振りながら去って行った。
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