魔女の虚像

睦月

文字の大きさ
上 下
70 / 75
21.公表

3

しおりを挟む
「野々原さん……」

「ねぇ、それより、次の記事どうする!?そろそろ烏丸玲佳の真実出しちゃってもいいんじゃない!?」

野々原さんは、切り替えるように明るい声で言った。僕もそれに合わせる。

「そろそろいいかもしれませんね!記事の中でHさんに真相を語ってもらいましょうか」

コラムは、鳥居がお屋敷で出会ったHさんという元メイドの女性と話をする場面まで来ていた。四号目で登場した足音の正体は、Hさんだったという設定だ。Hさんは、19歳の時にお屋敷に働きに来て、石鷲見家の最後の場面に立ち会った人物。鳩羽ひまりがモデルだ。

「じゃあ、次号で、本題に入りましょう」

「……うん!」


そして僕たちは、満を持して烏丸玲佳の真実の載った記事を公表した。

記事の中では、鳩羽ひまりをモデルにしたHさんに、以前起こった殺人事件の犯人は烏丸玲佳ではなかったのだと話してもらった。その証拠に、社長が保管しておいた石鷲見氏から学園長に向けての手紙の写真や、石鷲見夫人が書いたというブログも掲載した。


雑誌発売後の反響は大きかった。

先月までと比べ物にならないほどさまざまなメディアで取り上げられ、人々の話題をさらった。

そして、今までは比較的好意的なものが多かった反響の中に、マイナスの反応が目立ち始めた。

話題作りのための捏造なのではないか。13年もわからなかった事件の真相を、弱小出版社の記者が調べただけでなぜ見つけられるんだ。そもそも鳥居なんて記者が本当に存在するのか。

さまざまな意見が寄せられた。最後の意見に関しては実際にそんな人物は存在しないため、反論の余地もない。


僕は本屋でアイトが平積みされている様子をじっと眺めた。発売日以外は雑誌コーナーの隅に二、三冊ひっそりと並べられているだけだったアイトが、今では特設コーナーまで作られて売り出されている。

鳥居のSNSにもコメントが殺到していて、野々原さんは返信が追いつかないと嘆いていた。全部返すのは諦めたらどうかと勧めたが、野々原さんはなかなか引かない。


『烏丸玲佳が犯人ではなかった』という話を世に出すことについては、成功したと思う。大学でも昼休みや移動時間にしょっちゅうその話題が出る。

けれど、これで真相を明らかにしたと言えるのだろうか。

アイトを疑う声は消えないし、みんなが記事を読んで烏丸玲佳は犯人ではなかったんだと納得したのかと言えば、そういうわけでもない。

そういう説もあるのかと考える人が増えた。その程度だろうか。


記事が発売されさえすれば、人々の認識がひっくり返るくらいに考えていた僕は、自分の甘さを思い知らされた。

講義が終わり、すっきりしない気持ちのままアイトに向かうと、野々原さんも長洲さんもいなかった。社長が一人、机でパソコンを叩いている。

「あ、星井君。こんにちは。今日も早いね」

「こんにちは。今日は社長一人なんですね」

「長洲君は外部ライターさんのところに行ってもらってるの。野々原さんは今日はお休み」

「なるほど」

僕は机に荷物を置いて、パソコンの電源をつける。

「星井君、石鷲見の記事、本当にすごい反響だよ。ここまで行くとは思ってなかった。ありがとう」

社長は笑顔を向けて言った。

「いえ、もともと社長たちが用意した地盤があったので」

「それにしたって、あなたのアイデアのおかげだよ。あの喫茶店で、怪しまれるの覚悟で星井君に声かけてよかったー」

社長は楽し気に言う。けれど、僕は素直に喜ぶことができなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

ピエロの嘲笑が消えない

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美から奇妙な相談を受ける。彼女の叔母が入院している精神科診療所「クロウ・ハウス」で、不可解な現象が続いているというのだ。患者たちは一様に「ピエロを見た」と怯え、精神を病んでいく。葉羽は、彩由美と共に診療所を訪れ、調査を開始する。だが、そこは常識では計り知れない恐怖が支配する場所だった。患者たちの証言、院長の怪しい行動、そして診療所に隠された秘密。葉羽は持ち前の推理力で謎に挑むが、見えない敵は彼の想像を遥かに超える狡猾さで迫ってくる。ピエロの正体は何なのか? 診療所で何が行われているのか? そして、葉羽は愛する彩由美を守り抜き、この悪夢を終わらせることができるのか? 深層心理に潜む恐怖を暴き出す、戦慄の本格推理ホラー。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...